空手バックパッカー放浪記

冨井春義

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待ち続ける日々のあれこれ

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バンコクの宿の私の部屋。

私は姿見に向かってバッサイ大の型を演じていました。
私は伝統的な空手の型などあまり熱心に練習したことがありませんでしたので、ほとんどうろ覚えです。

空手をやめたはずの私が何でこんなことをしているのかというと、プノンペンでのショットガン強盗との一件で使った技が少し気になったからです。

あれはヌワラエリアでベビスに教わった、バッサイ大の用法に似ているように思います。
もっともプノンペンでは、そのような型を意識したわけではありません。
とっさに銃身を掴んで引き込みながら蹴飛ばしただけです。

何百年、あるいは何千年にわたる、拳法・空手のファミリーツリーがあるとしたら、私はとてもその列に加わっているとは言い難い存在です。
しかし、そんな私にも・・ほんのわずかでも空手の遺伝子が残っていたのだろうか?

・・・やめました。

私はもう空手をやめた。
いや、もしかしたら始めてすらいなかったかもしれない。
すべては単なるインチキだったのですから。

そんなことより、私にとって大切なのはサトミとの将来です。

そのためにも私は日本に帰ってからの生活を建て直さなければなりません。
空手などに関わっている場合じゃない。
仕事を探し、暮らしを安定させるのです。



カンボジアからバンコクへ戻ってからも、私は中田さんのアシスタントのように働いていました。
伝説のバイヤーである中田さんの仕事を間近で見ることは、私の将来に何か役に立つかもしれないと考えたからです。

中田さんとの仕事は驚きの連続でした。

企業秘密になりますので詳しくは書けませんが、ある村の市場では日本ではビンテージ・ジーンズと呼ばれ、数万円の高値が付いているものが、まるでボロ切れのような扱いで売られていました。
ファッション雑誌で「幻の」と書かれていた、日本には数本しか存在しないといわれるビンテージウォッチが、ある町の時計店で定価で陳列されているのを見ました。
中田さんは驚くべき情報収集力で、そういった埋もれたお宝を発掘し、買い付けるのです。

中田さんは大変仕事のできる人でしたが、私生活になるとこれがまた驚異的なものでした。

女好きであることは気づいていましたが、それは常人レベルではなかったのです。

中田さんには常に3人以上の彼女が居ました。
しかし、誰とも長続きはしません。彼女たちは常に入れ替わるのです。

中田さんは女性に対する「誠意」とか「誠実」とか「責任」というものがまるで欠落しているように思えます。
彼には日本に3人目の奥さんと、歴代の妻に産ませた数人の子供がいました。
しかし、中田さんがそれら妻子たちを顧みることはまるでありませんでした。

それでいて、機会を見つければ、挨拶のように女性を口説きます。

「僕には女性の好みが無いんです」

というように、中田さんはある意味、女性を差別しません。
美醜は問いません。さらに年齢も。
それが未成年の少女でも、老婆でも、まったく同じテンションで口説けるのです。

そんな調子ですから、女性絡みのトラブルにも事欠きません。
いわゆる刃傷沙汰もあります。
実際に私も何度か目撃しましたが、よくこれで無事に生きていけるものだと感心しました。
中田さんの日常に比べたら「空手バックパッカー」なんて、お遊びみたいなものだったかもしれません。

一方、私は恥ずかしながら、どちらかというと女性には一途なタイプです。
同時に複数の女性と付き合うなんて、まずあり得ません。
それはバンコクでサトミを待つ間も、中田さんにゴーゴーバーなどに誘われても断っていたほどです。

こうして私は中田さんの仕事を手伝いながら、サトミがバンコクに来る日を首を長くして待っていたのです。
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