空手バックパッカー放浪記

冨井春義

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元・空手バックパッカー VS ショットガン強盗

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男は銃口をこちらに向け銃身を横に振って「後ろを向け」というゼスチャーをしました。

私たちは両手をあげて抵抗しないというポーズのまま後ろを向きます。 

読者の皆様の中で、銃を突きつけられる経験をお持ちの方はどれほどおられるでしょうか?

銃を突きつけられるというのは、言葉で言いあらわせないほど本当に怖いです。

私の場合は膝がカタカタ笑い出し、全身の血が逆流しはじめ声もでないし完全にパニック状態です。

強烈な尿意をもよおし失禁しそうでした(したかもしれない)。

・・・抵抗しちゃいけない。抵抗しちゃいけない。抵抗しちゃ・・

ただひたすらこの言葉を、念仏の様に頭のなかで唱えておりました。

 

一方、中田さんは少なくとも私よりは落ち着いているのか(それともパニックのなせる技か)男になにやら話し掛けています。

「オーケー・アイ・ギブ・ユー・マネー。プリーズ・セイブ・マイ・・・うがっ!」

なんと男は銃の台尻で中田さんの頭を殴り付けました。

崩れ落ちる中田さん。

思わず振り返ろうとする私に再び銃口を向け「動くな。向こうを向け」と威嚇するやいなや、今度は私の頭めがけて殴り掛かってきました。

生兵法は怪我のもと、といいますがこの時つい空手のくせというか・・殴り掛かってくるものをとりあえずかわす、というふうに体がかってに反応してしまいました。

 

思わず相手の銃を左手で横に押さえながら右にまわりこむ動きをする私。

・・・しまった!抵抗しちゃった。抵抗しちゃった!・・殺される!!・・・

死の恐怖が限界を越えて、私の頭の中のヒューズがけしとびました。

・・・・

取り込み中にもかかわらず、話がちょっと横にそれますが、私は日本で自動車を運転していて、交差点で信号を無視して突っ込んできたクルマに運転席側から追突されたことがあります。

私のクルマはひっくりかえり、運転席が無くなるくらい潰れましたが、私はかすり傷ひとつ負わなかったので、ちょっとした騒ぎになりました。

その時の事はよく覚えていますが、ぶつかられると思った瞬間から、世界がスローモーションになったのです。

そのためクルマがひっくり返る間の時間が非常にゆっくりに感じられ、身体を安全な状態にもっていくことができたのです。

私はこのように死に直面したときには、脳内で何か特別なスイッチが入る体質(?)らしいです。

しかし、上記の状態は決して超常現象的なものではなく、人間の脳が本来持っている能力らしいです。

この脳内スイッチについて、以前この話を某掲示板に書いたときに、HN・久我重明さんという方が解説してくださいましたので、ここに引用いたします。

”人の目は死に直面したり凄まじい集中力を要する時、通常の30倍以上の処理能力を発揮するそうです。

私たちは日常生活において、五感(視覚・聴覚・嗅覚・味覚・触覚)を使って外界の情報を得ていますが、緊急事態に陥ると脳の前頭葉運動感覚野が四つ(聴覚・臭覚・味覚・触覚)の機能を強制的に遮断して、視覚に全能力を注ぎ込むそうです。(視覚以外の感覚が完全にオフになる代わり、視力が異常にアップする)

その時、目のレンズの部分が黒目の輪郭あたりまで開き、広角レンズ並みの性能を発揮します。そして広範囲に焦点が合い、通常の視力では捕らえきれないスピードでも認識できるそうです。

通常の30倍以上の情報を瞬時に処理する為、回りの景色がスローモーションの様に見えるそうです。(映画の高速撮影と原理は同じです)

但し、色の情報も無駄なデータと脳が判断する為、景色は白黒に見えるそうです。

上記の現象は、緊急事態の他にスポーツ選手等が凄まじい集中力を発揮した時にも起こります。(必要な能力によって、視覚が聴覚に置き換わったりします)”

※引用ここまで。

死に直面したときの私は、上記のような状態になったわけです。

・・・・

さて舞台はプノンペンに戻ります。

死の恐怖が限界を越え、理性のヒューズがけしとんだとき、脳内の特別なスイッチが入りました。

男はショットガンを構え直そうとしているので、その銃身を両手でつかみ、銃口を自分からそらしつつ相手に押し込むようなフェイントをかけ、逆にひっぱり込むと同時に男の左脇に横蹴りと後ろ蹴りの中間の角度でカカトを蹴り込みました。

男は大きく後ろによろめき(この一撃で倒せないのが私の空手の限界)私の手には男のショットガンが残りました。(脳内スイッチはここまで) 

「うるああああああああああああああああああ~っつ!!」

私は奇声をあげながらショットガンをこん棒のようにつかい男に殴り掛かったそうです。(このへんになると私はよく覚えていないのです)

男は手で頭をかばいますが、かまわず殴りつけます。

もしかしたら腕を折ったかもしれません。

男は後ろを向いて逃走しはじめました。

「まあてええええええええっこおおおおおらあああああっ!!!」

私があとを追って走り出そうとしたとき・・・・!

 

「トミーさん!追っちゃダメだっ!!」

中田さんの声です。私はこの一声で正気に戻りました。

 

騒ぎに気づいたホテルの従業員が数名出てきていました。

「な、中田さん!大丈夫なんですか?」

「殴られたとき、ふんばらずに倒れましたから気は失わずにすみました」

中田さんは頭に手を当て「いてて。こぶができてますよお」

・・・う~ん。やっぱりこの人、ただものじゃない。
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