空手バックパッカー放浪記

冨井春義

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バンコク再び

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バンコク・ドンムアン空港に降り立った私は入国手続きをすべて終えると、空港内の公衆電話から中田さんの携帯に電話しました。

「あ、トミーさん。帰ってきたんですね。では、**innに部屋を取ってください。僕もそこに滞在していますので。夕方ごろには戻ります」
電話の向こうで中田さんが手早く言います。
中田さんは電話では余計なことは言わず、必要なことだけを喋るのです。

私は今回はバスを使わず、空港タクシーに乗りました。
あの熱帯満員バスに乗るには、体が弱り切っていたからです。
タクシーの窓から見えるバンコクの景色は、同じ熱帯の都市とはいえコロンボとまったく違います。ここは超高層ビルが立ち並ぶ近代的な大都会でした。

中田さんが指定した**innは、ホテルというよりやや小綺麗なゲストハウスのような宿でした。
この宿にチェックインした私は、部屋に荷物を下してまずシャワーを浴びます。

汗を流してサッパリしたところで、タオルで体を拭いて、そのまま姿見の前に立ちます。

バンコクからスリランカに向かう前日も同様に姿見の前に立ちましたが、今回は自分で自分の姿にたいへん驚きました。

鏡の中には、黒く日焼けしているのにガリガリにやせ細った汚い男が立っていたからです。
体中に気持ちの悪いできものがあり、それらは不潔な膿を持っています。
胸板には筋肉が無く、骨と皮のようになっていました。
そしてアバラが不気味に浮き出ています。

・・・まるで餓死寸前の敗残兵だ。。

スリランカでは毎日お腹いっぱい食べていたはずなのに、私の身体は飢えきっていたのです。

ここまで体が弱ったのには、栄養失調のほかにも心当たりがありました。

汚い話ですが、私はスリランカ滞在の後半はずっと下痢状態でした。
便が固形であった日が無かったほどですが、なんとなくそれにも慣れてしまい、気にもしていなかったのです。
原因はスリランカの水だったと思います。
ガイドブックに「生水はぜったいに飲むな」と書かれていたにもかかわらず、最初の空港で見かけたスリランカ人はじめ、現地の人たちが普通に水道水を飲むのを見て油断していたのです。

・・・こんなひどい姿をサトミに見せるわけにはいかないな。早く元の身体を取り戻さなきゃ。

ひとまずは疲れたので夕方まで眠ることにします。

・・・・

「トミーさん居ますか?中田です」
ドアがノックされ、外から中田さんの声が聞こえます。

私はTシャツを着てからドアを開けます。

「トミーさん、おかえりなさい・・・あれ、トミーさん大丈夫ですか?ひどく痩せましたね」
中田さんもビックリしています。

「じつは・・・」
と、私はスリランカで重篤な栄養失調に陥ってしまったことを話しました。

「なるほど。スリランカって国民にも栄養失調が多いそうですよ。伝統的な食文化全般に問題があるのかもしれません」
中田さんは言います。
・・・そうなんだ。しかし本当かな?

「しかしタイに戻ったからにはもう安心してください。ここは食の国です。栄養失調なんかすぐ治ります」
私もそう考えてバンコク行きを急いだのです。

中田さんはちょっと思案するように虚空を見上げて、そして言いました。

「よーし。今夜はトミーさんの凱旋祝いに奮発して、最高級の薬膳料理を奢りましょう。栄養失調なんか一発で治ります」
・・・最高級の薬膳料理?

「佛跳牆(ファッチューチョン)をご馳走しますよ」

・・・ふ、佛跳牆!!
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