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初稽古
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2~3日もすると私の身体は元通り回復し、特に痛むところも無く快調そのものでした。
これは私が若かったことに加え、デワが呼んでくれた医者にもらったカレーの匂いがするタイガーバームのような軟膏が効いたようです。
初日のデモンストレーションの反響もまずまずで、デワのもとには6名ほどの入門志願があったようです。
「というわけなんでセンパイ。今日から稽古つけてあげてよ」
「つけてあげてよって、お前先生なんだからお前がやらなきゃマズいでしょうに」
「どうして?指導するためにセンパイが派遣されたんじゃない。これはセンパイの仕事だよ」
「そりゃ、やるよ。でもさ、お前もちゃんと覚えて指導できるようにしないと。僕はいつまでもここに居るわけじゃないよ」
「まあ、ある程度カッコつくまでさ、センパイ頼むよ」
日本にいるときからそうでしたが、デワという男はあまり稽古をしたがらない。
私も別に稽古熱心というわけではありませんから人のことは言えないのだが、デワの場合限度を超えています。
・・・こいつ、ひょっとしていつまでも私にやらせるつもりじゃないだろうな・・・
私の計画としては約一ヶ月ほどの間にデモンストレーションをできるだけ多くやって生徒を集め、生徒が50名ほどになった時点で中川先生に報告して、デワにすべてを引き渡し帰国するつもりでした。
私は長く海外にいるつもりなどありませんでしたし、プロの空手指導者になる気も全然ない。
スリランカに来たのは私の平凡な人生の中での、ひとつのアクセントのようなものと考えていました。
帰ったらまた就職を探さなきゃいけませんので、のんびりもしていられません。
10年もしたら私にも奥さんがいて子供がいて・・・夕食後にTVの海外特番にスリランカの風景が写る。
照りつける日差し。コロンボの雑踏が。私は食後のお茶をすすりながら子供に話しかける。
「パパがママに出会う前にはここに居たんだよ。それでニコラっていう象みたいな大男をやっつけたんだよ」
「まあ、パパったらまたそんなホラ話を・・・もう何度も聞いてるわよねえ」
「うん。それでパパは毎日カレーを食べてたんだよね。でもボクはママのカレーが好きだな」
「そりゃママのカレーのほうがずっとおししいよな。あはははははは・・・・」
・・・・・・・・・・
「センパイ?センパイどうしたのぼーっとしてさ」
「あ?ああすまない。ちょっと考えことだ。えと、じゃあお前も稽古に顔くらい出せよ」
「わかった。じゃあよろしく」
「うん。またあとで」
問題はなんとか早くデワを指導者にでっちあげることなのだが・・・なに、空手の稽古というのは割りとシステマティックに出来ていますから、順番と要領さえ覚えれば、あとは号令をかけたりそんなものです。
強くなる奴は勝手に強くなるし・・・・まことにもって無責任なことを考えておりましたが、現実的に出来るのはそれくらいしかない。自慢じゃないけれど、私だってマトモな指導が出来る自信はありません。
夕刻に道場に行くと、ボウイのほかに6名の若者が道場の床に座っていました。
私が礼をして道場に入ると、彼らが一斉に立ち上がって私に向かって礼をします。
「オース!」
おお!どうやらボウイがちゃんと新入生たちに指導してくれていたようです。
んー。。。この間のニコラ戦での活躍といい、デワよりもボウイのほうが使えるんじゃないだろうか?
とはいうものの白帯をいきなり指導員にするわけにもいきません・・・・中川先生ならやりかねないけど。
「オッス!僕がこれからしばらくデワ先生にかわって指導するトミーです。よろしく」
挨拶して新人の名前を尋ねます。
「センパイ。彼と彼のふたりはオレと同じモンキー流なんです。今日からこっちに移ります」
ボウイがふたりを紹介します。
「ああそう。君らもモンキー流か・・・・。ボウイ、バトウ先生のほうは大丈夫なの?」
モンキー流の総帥(?)バトウ先生とは面識がありませんが、あまり派手に生徒の引き抜きをやるとモメる恐れがあります。できるだけ他流派とのトラブルは避けたい。
「大丈夫ですよ。オレたちがどこで稽古しようとバトウ先生に指図される言われはないっすよ」
「そーかあ・・・そんならなあいいけどさ・・・・ん?」
「オース!トミー!初稽古だってな。トミーがどんな指導するか見に来たぜ。稽古に参加してもいいか?」
ニコラです。
「ああ、構わないけどさ。なんか全仏の三位が見ている前で指導するなんて恥ずかしいな。ん?どうしたお前ら」
見ると新入道場生たちはニコラを見て目を丸くしています。
「みんなに紹介するよ。彼はニコラ先生。フランスの有名な空手家だ。ニコラの所属する**会コロンボ支部とウチは友好道場なんだ。しっかり教えてもらえ」
オース!とみんなが返事する。初日からいい雰囲気です。
「じゃあ稽古を始めるか・・・・しかし、デワがまだ来てないなあ・・・先生なのに。。仕方ない」
デワは放っておいて稽古開始です。
まずは準備運動から基本の稽古。
私たちの流派の稽古は、私と中川先生が以前所属していた流派の稽古体系をそのまま引き継いでいますので、基本がやたらと長い。延々一時間は基本に費やします。
「はい!気合いれてえ!」
「しゃあっ!」
さすがにモンキー流組はなかなか基本ができていますが、その他の生徒も思ったよりスジが良い。
多少なりと空手をかじっているのかもしれない。
しかし蹴りの稽古に入ると一様に身体が固いです。どうやらこれはスリランカ人全体の体質のようです。
「ほら、もっと足上げて!高く!もっと高く蹴るんだ!」
「よーし。はい、これで本日の基本の稽古を終わります」
生徒達を見ると早くもバテています。みんな肩で息をしている。
さらにここまでがベーシック・エクササイズであるという私の言葉に、かなりショックを受けている様子です。
ニコラが私の耳元で言いました。
「なあトミーよ。これ、基本が長すぎねえか?いやお前が基本を大事にしているのは分かるし、日本じゃこのくらい当たり前なんだと思うけど、これじゃ生徒がついてこないぞ」
・・・・そういうものなのか?
と私は思いました。
日本人は良くも悪くも鍛錬を重んじるので、こういうぶっ通しで基本をやるというスタイルもあまり苦にはならないのですが、外国人には精神的にきついものがあるのかもしれません。ましてや全仏三位のニコラまでそう言うのなら、そうかもしれない。
稽古メニューから作り直す必要がありそうだ・・・・
おいおい。この調子じゃいつ帰れるんだろうか私は。。。
これは私が若かったことに加え、デワが呼んでくれた医者にもらったカレーの匂いがするタイガーバームのような軟膏が効いたようです。
初日のデモンストレーションの反響もまずまずで、デワのもとには6名ほどの入門志願があったようです。
「というわけなんでセンパイ。今日から稽古つけてあげてよ」
「つけてあげてよって、お前先生なんだからお前がやらなきゃマズいでしょうに」
「どうして?指導するためにセンパイが派遣されたんじゃない。これはセンパイの仕事だよ」
「そりゃ、やるよ。でもさ、お前もちゃんと覚えて指導できるようにしないと。僕はいつまでもここに居るわけじゃないよ」
「まあ、ある程度カッコつくまでさ、センパイ頼むよ」
日本にいるときからそうでしたが、デワという男はあまり稽古をしたがらない。
私も別に稽古熱心というわけではありませんから人のことは言えないのだが、デワの場合限度を超えています。
・・・こいつ、ひょっとしていつまでも私にやらせるつもりじゃないだろうな・・・
私の計画としては約一ヶ月ほどの間にデモンストレーションをできるだけ多くやって生徒を集め、生徒が50名ほどになった時点で中川先生に報告して、デワにすべてを引き渡し帰国するつもりでした。
私は長く海外にいるつもりなどありませんでしたし、プロの空手指導者になる気も全然ない。
スリランカに来たのは私の平凡な人生の中での、ひとつのアクセントのようなものと考えていました。
帰ったらまた就職を探さなきゃいけませんので、のんびりもしていられません。
10年もしたら私にも奥さんがいて子供がいて・・・夕食後にTVの海外特番にスリランカの風景が写る。
照りつける日差し。コロンボの雑踏が。私は食後のお茶をすすりながら子供に話しかける。
「パパがママに出会う前にはここに居たんだよ。それでニコラっていう象みたいな大男をやっつけたんだよ」
「まあ、パパったらまたそんなホラ話を・・・もう何度も聞いてるわよねえ」
「うん。それでパパは毎日カレーを食べてたんだよね。でもボクはママのカレーが好きだな」
「そりゃママのカレーのほうがずっとおししいよな。あはははははは・・・・」
・・・・・・・・・・
「センパイ?センパイどうしたのぼーっとしてさ」
「あ?ああすまない。ちょっと考えことだ。えと、じゃあお前も稽古に顔くらい出せよ」
「わかった。じゃあよろしく」
「うん。またあとで」
問題はなんとか早くデワを指導者にでっちあげることなのだが・・・なに、空手の稽古というのは割りとシステマティックに出来ていますから、順番と要領さえ覚えれば、あとは号令をかけたりそんなものです。
強くなる奴は勝手に強くなるし・・・・まことにもって無責任なことを考えておりましたが、現実的に出来るのはそれくらいしかない。自慢じゃないけれど、私だってマトモな指導が出来る自信はありません。
夕刻に道場に行くと、ボウイのほかに6名の若者が道場の床に座っていました。
私が礼をして道場に入ると、彼らが一斉に立ち上がって私に向かって礼をします。
「オース!」
おお!どうやらボウイがちゃんと新入生たちに指導してくれていたようです。
んー。。。この間のニコラ戦での活躍といい、デワよりもボウイのほうが使えるんじゃないだろうか?
とはいうものの白帯をいきなり指導員にするわけにもいきません・・・・中川先生ならやりかねないけど。
「オッス!僕がこれからしばらくデワ先生にかわって指導するトミーです。よろしく」
挨拶して新人の名前を尋ねます。
「センパイ。彼と彼のふたりはオレと同じモンキー流なんです。今日からこっちに移ります」
ボウイがふたりを紹介します。
「ああそう。君らもモンキー流か・・・・。ボウイ、バトウ先生のほうは大丈夫なの?」
モンキー流の総帥(?)バトウ先生とは面識がありませんが、あまり派手に生徒の引き抜きをやるとモメる恐れがあります。できるだけ他流派とのトラブルは避けたい。
「大丈夫ですよ。オレたちがどこで稽古しようとバトウ先生に指図される言われはないっすよ」
「そーかあ・・・そんならなあいいけどさ・・・・ん?」
「オース!トミー!初稽古だってな。トミーがどんな指導するか見に来たぜ。稽古に参加してもいいか?」
ニコラです。
「ああ、構わないけどさ。なんか全仏の三位が見ている前で指導するなんて恥ずかしいな。ん?どうしたお前ら」
見ると新入道場生たちはニコラを見て目を丸くしています。
「みんなに紹介するよ。彼はニコラ先生。フランスの有名な空手家だ。ニコラの所属する**会コロンボ支部とウチは友好道場なんだ。しっかり教えてもらえ」
オース!とみんなが返事する。初日からいい雰囲気です。
「じゃあ稽古を始めるか・・・・しかし、デワがまだ来てないなあ・・・先生なのに。。仕方ない」
デワは放っておいて稽古開始です。
まずは準備運動から基本の稽古。
私たちの流派の稽古は、私と中川先生が以前所属していた流派の稽古体系をそのまま引き継いでいますので、基本がやたらと長い。延々一時間は基本に費やします。
「はい!気合いれてえ!」
「しゃあっ!」
さすがにモンキー流組はなかなか基本ができていますが、その他の生徒も思ったよりスジが良い。
多少なりと空手をかじっているのかもしれない。
しかし蹴りの稽古に入ると一様に身体が固いです。どうやらこれはスリランカ人全体の体質のようです。
「ほら、もっと足上げて!高く!もっと高く蹴るんだ!」
「よーし。はい、これで本日の基本の稽古を終わります」
生徒達を見ると早くもバテています。みんな肩で息をしている。
さらにここまでがベーシック・エクササイズであるという私の言葉に、かなりショックを受けている様子です。
ニコラが私の耳元で言いました。
「なあトミーよ。これ、基本が長すぎねえか?いやお前が基本を大事にしているのは分かるし、日本じゃこのくらい当たり前なんだと思うけど、これじゃ生徒がついてこないぞ」
・・・・そういうものなのか?
と私は思いました。
日本人は良くも悪くも鍛錬を重んじるので、こういうぶっ通しで基本をやるというスタイルもあまり苦にはならないのですが、外国人には精神的にきついものがあるのかもしれません。ましてや全仏三位のニコラまでそう言うのなら、そうかもしれない。
稽古メニューから作り直す必要がありそうだ・・・・
おいおい。この調子じゃいつ帰れるんだろうか私は。。。
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