空手バックパッカー放浪記

冨井春義

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どっちが夢?

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いかん・・目を見張れ・・・闇が晴れて見えたものは、道場の天井でした。

私は必死で意識を戻しました。
見るとニコラは腕組みをして突っ立ったまま、上から私を見下ろしていました。

「うわあーっ!」

私は悲鳴だか気合だかわからない声をあげて道場の床を転がり逃れようとします。
が、しかし。体が動かない!どうやら私はニコラの上段回し蹴りをモロに食らったようです。
体中の神経がマヒしてしまっている・・・・。
しかし、立たなければ。

必死で手を道場の床につけて、起き上がろうとしますが腕をつかえようとするとズキンと腕全体に痛みが走ります。

「ううーーーっ!」

ダメだ・・・全然身体に力が入らない。
私は力なくふたたびあおむけにひっくり返ります。
突然ゴンと肋骨に響く激痛が・・・

「ぐあああああっ・・・!」
ニコラが私の胸を、その大きな足で踏みつけたのです。

「どうしたトミー。もう終わりか?」

・・・くそ!ダメだ・・・どうしようもない・・・デワ・・・デワは何をやってるんだ?後からでもニコラに飛びかかれよ!
私は痛む首を動かしてデワの姿を探します。目がかすんできたぞ・・・。
私はようやく道場の隅にぼんやりとふたりの人影を見つけました。デワ!ボウイ!?・・いや違う。。

「ああトミーさんは、せっかくの私の教えを全然生かせなかったようですね。こうなったら最期の手段です。そのまま絶対、死んでもまいったと言ってはなりませんよ」

カッサバ先生?そんな無茶な・・・このままでは本当に私は殺されてしまう・・・ぐわあ!

ニコラは私の胸をガンガンと踏みつけます。息が止まる・・・肋骨が数本は折れたんじゃないか?!

「ほらほら死ぬぞお前!早く負けを認めてラクになったらどうだ?」

・・・ダメだ。やはり私は身の程知らずだったのです。
体力も技もはるかに上の相手に勝てると思っていたのか?
いくらなんでも・・・殺されるのは嫌です。『まいった』と言ってしまおう。ニコラに命乞いをしよう。

「冨井!お前何やってんだ?絶対負けちゃダメだって言ったろうが!勝てないんならな、そのまま死ね!お前は日本の空手全部に恥をかかせたんだから、死んで詫びろ!」

・・・中川先生???いつのまにここへ?
くそお・・・勝手なこと言いやがって・・・中川先生でもニコラには勝てないよ!
死んだら中川先生がカタキとってくれるのかよっ!
・・・・ああ、また目の前が暗くなってきた・・・死ぬのか?・・・・僕は死ぬのか?
・・・・・・・・・・。

はっ!
闇が晴れて見えたものは道場の天井・・・いや、違うぞ?似ているけど違う。
ここは・・・デワの書斎兼、私の寝室だ。
窓からは日が差し込んできています。
・・・夢だったのか?・・・しかし、どっちが?

ベットに寝たままでしばらく考えました。
・・・ここに中川先生がいるわけが無い・・・うん。やはり、そっちが夢だ。
僕はそう、間違いなくニコラに勝ったんだ!それでニコラと和解して、レストランで会食して・・・
よし!とりあえず起きよう。

ゴロリと横向けに転がりベットから立ち上がろうとします。

「ぐわっ!」

膝がガクンと抜けて、床に転がってしまいました。

「いててて・・・」

どうしたことか、右手が動かない。左手もしびれています。首もヘンだ。痛くて首が動かせません。
急に胸が苦しくなって咳き込みます。ズキンと肋骨が痛む・・・折れているのか?!!

やはり!勝った方が夢だったのか?
そうだ・・・冷静に考えてみれば、僕のようなヘナチョコ大道芸人が全仏三位の空手家に勝てるわけがない。僕は負けたのだ!・・・・そう考えると急にものすごく悲しくなってきました。

「うおおおおおおおっ!!中川先生ーっ!おおおおおおおおおおおっ!!!!」

私は床に転がったまま大声を上げて泣きました。

ドンドン!激しいノックの音が響きます。

「どうしました!大丈夫ですか!!」ホテルの従業員の声です。

「おおおおおおおおおおっ!先生を!中川先生を呼んでください!おおおおおおおっ!!」

ガチャガチャと扉の開く音。
従業員と一緒に飛び込んできたのはデワでした。床に倒れている私を見てあわてて駆け寄ってきます。

「センパイ!どうした?大丈夫か?しっかりして!」

「おお・・・デワ!・・・すまない。僕はダメだった・・・先生は?中川先生はどこに?」

デワは屈み込んで私の様子をうかがいます。

「中川先生?センパイ、一体どうしたんだ?」

「すまないデワ。僕はせっかく日本から来たのに・・・ニコラにやられてもう身体が動かない・・・僕はもうダメだよ。なあデワ・・僕は”まいった”って言ったのか?生きているってことは、負けを認めちゃったのか?ああ先生を呼んでくれ!中川先生に詫びてカタキを取ってもらう。中川先生はどこに?」

「センパイ、とにかく水でも飲んで落ち着いて」

デワは従業員が運んできた水をコップにそそぎ、私の首を持ち上げて水を飲ませます。
冷たい水の感触が喉にここちよい。

「ありがとう・・デワ」

「センパイ、昨日の晩はピンピンして飯食ってたのに、一晩明けてダメージが襲ってきたんだね」

「ああ、散々やられたからなあ。特に右腕が全然動かない。首もムチウチになったみたいだし肋骨も折れている」

「え・・・?そんなにひどくはないだろ?首はまあニコラに蹴られたから仕方ないとして、右手はふりかえりざまのカウンターパンチが強かったからじゃん。ニコラの腹の方が痛かったろうに。ニコラの足を極めるのに力を振り絞ったから、前身筋肉痛なだけだよ、きっと」

・・・・・え?

「なあデワ・・・中川先生は?」

「さっきから中川先生呼べって何だよ?日本から呼べっての?」

「・・・・デワ、カッサバ先生は?来てたよね?」

「・・・・センパイ、大丈夫か?やはり頭打ってるからなあ・・・医者呼ぼうか?」

「すまんデワ。ニコラと僕は戦ったよね?どっちが勝った?」

「センパイ・・・・本当に覚えてないの?ヤバイよそれ。勝ったのはセンパイだよ」

「本当か?・・・間違いないんだな!」

「ああ、たしかにセンパイはニコラに勝ったよ。僕ははっきりいってセンパイを今までで一番尊敬したよ。ニコラの足をぎゅうぎゅう絞めてギブアップさせたんだから、恐ろしい人だよセンパイは。これでいいか?じゃあ、肩を貸すからベットに戻ろう。少し寝た方がいい。あとで医者呼ぶから安静にしたほうがいいぞ」

デワに担がれるようにして、私はベットに戻りました。

「じゃあ、センパイ。僕は仕事があるから。デモンストレーションは身体が治ってからにしようよ。またね」

デワは部屋を出て行きました。

・・・・本当に勝ったのか?・・・・でもしばらくは眠りたくない。。。
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