空手バックパッカー放浪記

冨井春義

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ニコラの身の上話

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「トミーはさあ・・・なんでこんなスリランカくんだりに来たんだよ?」

酔うほどにニコラは饒舌になります。
私はここに来るまでのあらましをざっと説明します。

「・・・というわけさ。ニコラは?」

先ほどはこれを聞いて激怒されたんだけど・・・

「離せば長くなるけど、オレは子供のころからフレンチボクシングを練習していてね。つまりキックボクシングさ。18くらいのころにはプロのリングにも上った。すぐに5戦して5勝、5KOよ。もう誰も相手にならないんだ。弱いのばっかでさあ。オレもうつまんなくてね。フランスにオレより強い奴なんているのかよ・・・てね」

・・・まあフランス人には珍しいこの体格ですから、確かに敵なしだったかもしれません。

「だからストリートファイトもやったね。1対1じゃ勝負にならないから、必ず複数相手で。ナイフや銃を持った奴とやったこともある。まあ若気の至りなんだけど無茶してたねえ。地元のヤクザ者にも一目置かれてたからね。しまいにはオレとケンカしようなんて奴、居なくなっちまった」

「それからオレはもっとスマートにケンカできる方法を思いついたんだ。そのころオレの地元もちょっとした空手ブームでさ、ブルース・リーとか日本の空手映画の影響よ。わかるだろ?」

「ああ、僕もモロその影響受けてるもん。それで?」

「だからつまり道場破りよ。ちょうど今のコロンボみたいにさ、空手道場はそこらじゅうに在ったから、片っ端から飛び込んでね、『入門したいんだけど』って言うわけ。そしたら応対に出た野朗はオレのガタイ見てちょっとビビってるんだが、とりあえず入門の手続きとか、会費とかの話をするわけよ。そこで言うの『ここの道場強い人居るのかい?』って。『オレより弱い奴にカネ払って習うもんなんかないからね。強い人出せよ』って」

「当然向こうは怒るわな。最初ビビっててもなにしろ向こうの道場だから。その道場の強い奴らでいざとなりゃ総がかりでやればいい・・・ってんで、『ナマイキな野朗だ。よし来い相手してやる』ってなる。そこで道場に上げられたら大声で『先生はどいつだ?』って聞くんだ。『なんだ、お前は?』と返事したら最期。さっと飛んでいってバカッと・・・大抵前蹴り一発で終わりだった。そういえばトミー、お前よくオレの前蹴りかわしたよなあ・・・」

「いや、まあなんとか。。。」

ちょっと照れくさいがなるほど。あの凄まじいスピードの送り足と前蹴りは、その当時すでに身につけていたものだったのか。

「一発で先生がやられたら道場に何人いても戦意喪失よ。いままで神様みたいに強いと思ってた先生が一発だもん。もうシーンと静まり返るんだ。そのまま悠々と道場を後にする。次に行ったらその道場は無くなってるけど」

「ニコラ、その先生たちだって生活かけてやってるんだろ?かわいそうじゃない」

「いや、今考えるとそうなんだけどさ。でも気の毒だけど、生活の為なら工場にでも行けばいいんで、道場やるなら、やっぱそのくらい覚悟が必要なんじゃないの?」

・・・たしかに一理あるっちゃあるか。

「まあオレしばらくそういうことばっかやってたからね、有名になっちまったのよ。それでフランスの空手連盟がオレの地元に偉い先生を派遣したんだね。オレの地元はちょっとヤバイ地区だってことでパリから呼んだんだ」

「オレはそんなことも知らずにいつものように道場破りやってたわけ。街外れにある倉庫を改造したような道場があってそこは強い!って評判だったから行ったのよ。『入門したいんだけど』って」

「そしたら、応対に出た男が『待ってたぞ』って。『お前が来るのを首を長くして待ってたんだよ』って言うわけよ。それで道場に上るとなるほど強いという評判だけあって、練習している連中もみんな筋骨隆々でさ、組手なんかガンガン殴り合っててもうケンカそのもので・・・そいつらがオレのことを一斉に睨むんだよ。さすがにオレもこれはヤバイところに来ちゃったかなあ・・・って。で、とにかく早く終わらせて、さっさと退散しようと思ったの」

「そこで大声で叫んだよ『先生はどいつだ!』って。そしたら練習生たちの間から『私に用か?』って声がして・・・見るとなんだ、東洋人の小男なんだよ。身長はせいぜい170cmそこそこで、すこし小太りの中年男だ。ちょっと拍子抜けしたんだが、とにかく飛び込んで前蹴りで倒そうとしたんだ。ところがよ、これが空振りしたんだ。向こうは構えてもいなかったのによ。オレが目算を誤ったのかと思って、殴りかかったんだけどパンチが当たったと思ったら目の前に居ないんだよ。それで後ろからポンポンと背中を叩かれて・・・・あわてて振り返ったら、そこに立ってるんだ。まるで幽霊と戦ってるみたいだったぜ。そこからオレはキックボクシングの蹴りでガンガン責めていったんだけど、ぜんぶ空振り。3分ほど攻撃していたんだけど、当たらないもんだから疲れきっちまってね」

「そしたら『それでもう終わりか?』ってその東洋人が聞くんだ。『終わりならこっちから行くよ』って・・・・・そこからがもう地獄でさ・・・・腕の付け根のあたりをピシッて叩かれたらもう腕が上がらないんだ。そこで顔に何発もビンタ貰ってさ、足を蹴られてズデーンとひっくり返ったら、『何やってる。ほら立て』って言って待ってるんだ。オレももう意地だけで立つけど、胸にコツコツとノックするみたいに拳を当てられると激痛でね。身長2mのネズミが170cmのネコにいたぶられているわけよ。オレは生まれて初めて恐怖を感じたね。この男は殺そうと思えばいつでもオレを殺せるんだ・・・って。わざと急所をはずしてなぶり殺しにしているんだ・・って。・・・・気がついたらオレは床に這いつくばって両手を合わせて命乞いしてたよ・・『殺さないで下さい』って」

「男はオレを見下ろして言ったんだ『では、その命は私に預けなさい。君はここに入門に来たんだろう?今日から私の元で空手修行に専念しなさい』って。その男がオレの空手の先生だよ。オレは思ったね。オレはずっとこういう本当に強い先生に出会いたかったんだなって。この人こそオレの先生だってね、思ったわけよ」

「オレはその日から先生の奴隷みたいなもんよ。クルマの運転から、買出し、掃除・・・なんだってやったさ。もちろん空手の稽古もつけて貰った。厳しい稽古だったよ。朝3時間と夜3時間毎日だ・・・稽古が終わるとボロキレみたいになるんだが休ませてもらえない。雑用を言いつけられるからね。そんな生活を3年ほど続けた」

「まあそれだけ稽古したんだから、オレは強くなった。道場では敵なしになったよ。それで先生が全仏選手権に出場できるよう推薦してくれたんだね。オレはうれしくてさ、張り切ってますます稽古したよ。で、出場したよ全仏選手権。オレは井の中の蛙だったから、自分はフランスで一番強いくらいに思ってたけど、さすがに全仏から集まってきた猛者ばかりだろ?レベルが高いんだ・・・でも推薦してくれた先生の期待に答えなきゃって必死で戦ったよ・・・それで準決勝まで残ったんだ」

「準決勝で当たったのは、お前も名前くらい聞いたことあるだろ?**だよ。変幻自在の蹴りを操る野朗でさ。この試合はメジャールールだから相手に当てちゃいけなかったんだけど、こいつの蹴りって結構ピシピシ当たるのね。速いから審判も気付かないのか・・・それとも優勝本命だったから見逃していたのか。でもオレも反則をアピールするのは嫌だったから、なんとか凌いで逆転のチャンスを狙ってたんだ。そのうち**が左の蹴りのフェイントから右の上段回し蹴りを飛ばしてきた。オレはカウンターで前蹴りを出したんだけど、あまりにも勢い良く飛び込んできたもんだから、モロに腹に入っちゃった。**は悶絶してひっくり返ってたよ。それで結局オレの反則負け。で、まあオレは三位決定戦で勝ってなんとか三位に滑り込んだんだよ」

「まあ反則負けは痛かったけど、先生は手放しで喜んでくれたしね。それに全仏で三位ってことはナショナルチーム入りはほぼ確定だ。オレはうれしかったよ。田舎で暴れてたゴロツキ同然のオレがフランスを代表する選手たちの仲間入りをするんだ。親元にも胸張って帰れるじゃない。あんたらの息子はナショナルチームでフランスの名誉を背負って戦うんだぜ・・・・みんなに自慢しろよ・・・って。生まれてこの方親孝行なんざしたことなかったしな」

「プレスも寄って来てパシャパシャとシャッター切るし、オレはでかいから話題性があると思ったんだろうね。お前らも見た”Black Belt”の写真もそのときのもんだよ。最高の気分だったね。まあ有頂天だったんだ」

「試合が終わって一週間ほどしたころだ。先生がなんか浮かない顔をしてるんだね。『どうしたんですか?』って聞いたら、『私はちょっとパリに行って来るよ』って。オレをナショナルチームに参加させるにあたって連盟と揉めてるって言うんだ。オレがこの大会以前にこれといった実績が無いこともあったんだけど、準決勝での反則が不評だとか・・・『先生。あれはあっちが先に直接打の反則を仕掛けてたんです。審判は無視してましたけど』と言うと先生が『ニコラ、お前昔道場破りやってたろ?あのころお前にやられた先生のひとりが連盟で強硬に反対してるんだよ』・・・身から出たサビってやつだけどさ・・・でも先生は『心配するな。私が行って必ず説得してくるから』ってね・・・・それでパリに行ってくれたんだよ」

「2,3日して先生が帰ってきたんだけどバツの悪そうな顔しててさ。『先生、どうでした』って聞いたら一言『ニコラすまん。除名されてしまった』って。びっくりしてね『先生、オレ除名されちゃったんですか?』って言うと『いや、違う。除名されたのは私のほうだ。ニコラの籍は連盟に残ってるから。今回のナショナルチーム入りはすまんが流れてしまったけど、連盟に残っていればまだチャンスはあるから』って」

「先生、どうも連盟の偉いさんと揉めたらしいんだね。オレのことが原因なんだけどさ、やっぱりあれこれ言われたみたいなんだよ。屈辱的なことをあれこれとね。それで先生もキレちゃって偉いさんのアタマを小突いちゃったらしいんだ。先生って温厚なように見えて結構ケンカ屋さんだったんだね。それで除名。ただオレのことは懇願して、連盟に残れるように頼んでくれたらしいんだよな。『そういうわけだから、お前道場を移ってガンバレ』って」

「オレは悩んだよ。ナショナルチームに入れないんなら、オレは連盟なんてどうでもいいわけだし。たしかに残っていれば、いつかはナショナルチーム入りできるかもしれないけど、オレは先生の強さに惚れて弟子入りしたんだから他の道場に移る気は無かったわけよ。それでオレは先生に言ったんだ。『オレはトロフィーが欲しくて先生の弟子になったんじゃありません』て『オレは先生の弟子を辞める気はないから、オレも連盟とは手を切ります』って。そしたら先生が泣くんだよ・・・あの強い先生がだよ」

「でもオレもそうは言ったものの、親にはでかいこと言っちゃった手前、のこのこ戻ってまたゴロツキやるわけにもいかないじゃない。なんとかカッコつく方法はないかと先生に相談したの。そしたら『じゃあお前、海外にでも行くか?』って。オレはてっきり日本にでもやってくれるかと思ったら、『スリランカに私の古い弟子がやっている道場があるからそこへ行って、強い選手を育ててくれよ』って。オレも他にやることないから『はい、行きます』って。それで来たんだ」

長い身の上話でした。
途中まではイイ話なんだけど、最後の方はニコラも私同様、流されてないか?
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