上 下
40 / 115

インチキ空手デモンストレーションの準備

しおりを挟む
ふたたびホテル内に戻った私は、フロントにいる青年に声をかけます。

「何か御用でしょうか?」

私はオーナーの息子・・いや、現オーナーであるデワの客ですから、当然ここではVIP・・・のはずです。

「なあ君、スイカが手に入らないか?」

「スイカ・・・でございますか?」

「うん。そうだなあ・・・出来るだけよく熟れたやつがいい。3つ4つ・・・いや、5つほど持ってきてくれない?」

青年はメモに控えます。

「かしこまりました。後ほどお部屋にお運びいたします。他には何か御用はございませんか?」

「あとは・・・あ、そうだ。サッカーボールをふたつ。無理言うけどなんとか用意してくれない?」

「・・・サッカーボール・・と。これもお部屋にお持ちすればよろしいですか?」

「ああ、頼むよ」

部屋に戻ってまたベッドに寝転びながら、”Inside Kung Fu”をひろげます。

・・・おお、これなんかも頑張ればできそうだ・・・
剣を持った女性が身体を横倒しにして水平に飛び上がり、足を前後に伸ばしている写真です。
要するに自分の正面と横に立っている敵を、飛び上がって同時に蹴っている型でしょう。
いわゆる「三角跳び」というやつです。マンガやお話にはよく出てくる技ですが、実際にやっている写真を始めて見ました。

余談ですが、かなり後年になって、タイのTVでジャッキー・チェンが2mくらいの間隔でふたつのサンドバッグを吊るして、片方のバッグに跳び足刀を決めると同時に、上半身をひねりもう片方のバッグに突きを入れるのを見ました。
これなども三角跳びのひとつと言えるでしょう。ジャッキーは40代の半ばを過ぎていたと思いますが、大したものです。

私はあそこまで器用な技は出来ませんが、学生時代によく「水平二段蹴り」というのを、余興でやりました。
相方にキックミットを持ってもらい、それに向かって跳び足刀蹴りを、身体を完全に水平にして跳んだ状態から左右連続に決めるという技です。もちろん足から着地できませんので、両手で受身を取ります。
こんなのは単なる軽業ですので、実戦にも試合にも使えませんが、ウケは良かったです。
・・・あの技は左右の足を同じ方向に伸ばしていたけど、前後に伸ばせば「三角跳び」出来るんじゃないか?

ドアがノックされます。

「どうぞ!」

ドアが開きます。3人のボーイが・・・スイカを切って大皿に盛り付けたものを両手に持って入ってきます。

「・・・・・・・・・?」
「お待たせしました。スイカです」

これは確かに私の説明不足でした・・・しかし。

「あのさあ・・・君、僕がひとりでこんなにスイカが食えると思うか?」

「あ、いや・・・しかし、あなたは確かに五つと・・・」

「数はいいんだけど・・・まあいいや。一皿だけ置いていって、後は君たちが食べてくれ。それで何度もすまないけど、今度は切ってないスイカを5つ持ってきてよ・・・・代金はいくら?」

代金とチップを払って帰ってもらいます。

まあちょうどのどが渇いていたので、スイカを頬張ります。
「よく熟したもの」と指定しましたので、割と甘いです。そして青い皮の部分が薄くなっている。
これなら割りやすいでしょう。
スイカを食べてゴロゴロしていると、「センパーイ。入りますよ」・・・デワの声だ。

「センパイ、なに?スイカをたくさん注文したんだって?そんなにスイカ好きだったっけ?」

デワは先ほどのスーツ姿から、 ヨーロッパのブランドのロゴの入ったスポーツウェアに着替えています。

「馬鹿。デモンストレーション用に注文したんだよ。明日、スイカを割るんだ」

「へえ。スイカ割りですか。どうやって?」

「ひとつは貫き手で、ふたつは蹴りで割る。残りふたつは今日の稽古でやってみる」

デワはちょっと驚いた表情です。

「貫き手って・・・あの本に載ってるやつ?センパイ、そんなのできるの?」

「出来るわけないじゃん!あの本の人は二本指で逆立ちできるくらい指が強いから出来るんだ」

「じゃあ、どうするわけ?」

「貫き手で突くふりをして、拳でスイカを叩き割るんだよ。割れた瞬間に指を伸ばせば貫き手で割ったように見えるんじゃないか?」

「はあ・・・・でも、それってインチキじゃ?」

私もデワのおとぼけぶりには少々いらだってきました。声を荒げて言います。

「いい加減気づけ!僕らのやっていることは全部インチキなんだよ!」

身も蓋も無いことを言っておりますが、事実です。
第一デワのような何も出来ないボンボンを、あろうことか空手の先生に仕立てようというところからインチキです。そのインチキの片棒を担ぎに、はるばる日本からやってきた私がインチキでないはずないだろうが。

まもなくサッカーボールが届きました。

「センパイ、そのサッカーボールは?」

「最初からスイカで練習したんじゃもったいないだろ?まずこれで練習してからスイカに挑戦するんだよ」

「なるほどー。じゃあスイカのほうは僕が道場に運ばせときますよ」

「わかった。じゃああと一時間ほどしたら道場に行くわ」

「オス。じゃあ道場で」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

夫の不貞現場を目撃してしまいました

秋月乃衣
恋愛
伯爵夫人ミレーユは、夫との間に子供が授からないまま、閨を共にしなくなって一年。 何故か夫から閨を拒否されてしまっているが、理由が分からない。 そんな時に夜会中の庭園で、夫と未亡人のマデリーンが、情事に耽っている場面を目撃してしまう。 なろう様でも掲載しております。

十年目の離婚

杉本凪咲
恋愛
結婚十年目。 夫は離婚を切り出しました。 愛人と、その子供と、一緒に暮らしたいからと。

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈 
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

選ばれたのは美人の親友

杉本凪咲
恋愛
侯爵令息ルドガーの妻となったエルは、良き妻になろうと奮闘していた。しかし突然にルドガーはエルに離婚を宣言し、あろうことかエルの親友であるレベッカと関係を持った。悔しさと怒りで泣き叫ぶエルだが、最後には離婚を決意して縁を切る。程なくして、そんな彼女に新しい縁談が舞い込んできたが、縁を切ったはずのレベッカが現れる。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

愛されていないのですね、ではさようなら。

杉本凪咲
恋愛
夫から告げられた冷徹な言葉。 「お前へ愛は存在しない。さっさと消えろ」 私はその言葉を受け入れると夫の元を去り……

婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。

束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。 だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。 そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。 全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。 気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。 そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。 すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。

処理中です...