上 下
31 / 115

達人の技

しおりを挟む
通されたのは寺の本堂の裏手にある僧房のようなところです。
若い僧侶が数名出入りしています。
彼らは大先生を見るとうやうやしく合掌します。

「さあ、どうぞ。こちらにおかけください」

タイル張りの床に質素なテーブルと椅子が置かれた広間です。
私とボウイが言われたとおり席に着くと、すぐに若い僧侶のひとりがポットに入ったお茶を運んできます。

「さあ、まずはお茶でもどうぞ。気分が良くなりますよ」

「・・・ありがとうございます。。」

「私はカッサバと言います。法名ですがね。あなたは?」

「・・・・私は冨井といいます」

「んー?しかし、あなた。何を考え込んでいるんですか?何か問題でも?」

「・・・・・・・・」

「ふむ。。よろしければ私に話してみませんか?私はこれでも坊主ですから、何か智恵をお貸し出来るかもしれませんよ」

「・・・・ご親切に・・・ありがとうございます」

私はちょっと考えました。
たしかにこれは徳の高いお坊さんに相談してみるのも良いか。。。

「あのう・・・実は、私がスリランカに来たのは目的があるんです・・・・」

私はここに来るまでのいきさつ・・・デワの立ち上げる空手道場で指導をしなければならないこと、そしてさきほどの空手の稽古を見て、大変なショックを受けていること・・洗いざらい話しました。

「・・・それで僕は自信を失ったんです。もともと僕には人に教えるほどの実力はありません。失敗でした。調子に乗ってスリランカに来てしまったことは。もう早く帰ろうかと思います」

・・・カッサバ師はすこし考えてから、ゆっくり口を開きます。

「それは良くないことです。あなたはあなたの先生に言いつけられてこの国に来た。先生の期待を裏切るのは良くありません」

「・・・しかし・・・先生も多分、スリランカでこれほど空手が普及しているとは思っていなかったんだと思います」

「では、聞きますが、日本では空手が普及していないんですか?」

・・・・・?・・・・・

「先生は日本であなたに指導員をさせていたんでしょう?そのあなたをスリランカに送り込むのに何の矛盾もないじゃないですか」

・・・・・・・・・・・・。

「先生はあなたに、それなりに期待を掛けているんでしょう。それを裏切っちゃいけません」

・・・いや・・・あの先生はいい加減だし・・・とは言えなかった。

「あなたは自信が無いと言う。どの程度なのか見てあげましょう。気分は治りましたか?さ、立って」

いうとカッサバ師は先に立ち上がって、広間の中央に移動します。

「どうぞ、突くなり蹴るなりしてください」

そうは言われても・・・相手は60過ぎの高齢者です。しかも僧形の人を殴れないぞ。。

「さあ、遠慮なく」

「・・・押忍」

しかたなく私は構えます。
とりあえず軽く中段に逆付きを繰り出すと・・・・!
私の眉間の前にはカッサバ師の裏拳があります・・・いつの間に?見えなかった。。

「なにを遠慮しているんですか。私はあなたの突きを貰うほど耄碌していません。本気で来なさい」

言われて私も少しマジになりました。
今度はインステップを使っての逆突き・・・?・・・当たらない!
そのまま下段を蹴って技を繋ごうとしますが、これも空振りです・・・どうして??

カッサバ師が私の肩口をトンと押しましたので、私はよろめきます。
今のが顔面への突きだったら終わっていました。

体勢を立て直して後回し蹴りを放ちます・・・本気で倒すつもりの蹴りです。
しかし・・・ズテーンとぶざまにひっくり返ったのは私のほうでした。
ドタバタしているのは私だけで、カッサバ師はほとんど動いておりません。

・・・・達人だ!

私はそれまで老齢の名人・達人というのはお話の上のことだと思っていました。
あの最強の空手家が老人の拳法家に翻弄されたという有名なお話がありますが、多分に訓話的なもので、はっきり言ってフィクションだと思っておりました。

しかし、このカッサバ師はあきらかに名人・達人の域です。
いかに私がヘナチョコとはいえ、26歳の元気一杯の若者が本気で攻めているのに、彼は軽くいなして汗ひとつかいていません。。。完敗だ。。。私は地面に手を付きます。

「・・・ま・・・」

「まいりました・・と言ってはいけません!あなたは先生の言いつけを守らねばならない」

・・・・先生の言いつけ?

「あなたは、手合わせをしたら絶対に負けてはならない・・・と言われたんでしょう?」

・・・・・・・・・。

「まあ、大体わかりました。さあ、もう一度座ってお茶でも飲みましょう。あなたに絶対負けない方法を教えます」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈 
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

お飾りの侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
今宵もあの方は帰ってきてくださらない… フリーアイコン あままつ様のを使用させて頂いています。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

【完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

君は妾の子だから、次男がちょうどいい

月山 歩
恋愛
侯爵家のマリアは婚約中だが、彼は王都に住み、マリアは片田舎で遠いため、会ったことはなかった。でもある時、マリアは、妾の子であると知られる。そんな娘は大事な子息とは、結婚させられないと、病気療養中の次男との婚約に一方的に変えさせられる。そして次の日には、迎えの馬車がやって来た。

本日、私の大好きな幼馴染が大切な姉と結婚式を挙げます

結城芙由奈 
恋愛
本日、私は大切な人達を2人同時に失います <子供の頃から大好きだった幼馴染が恋する女性は私の5歳年上の姉でした。> 両親を亡くし、私を養ってくれた大切な姉に幸せになって貰いたい・・・そう願っていたのに姉は結婚を約束していた彼を事故で失ってしまった。悲しみに打ちひしがれる姉に寄り添う私の大好きな幼馴染。彼は決して私に振り向いてくれる事は無い。だから私は彼と姉が結ばれる事を願い、ついに2人は恋人同士になり、本日姉と幼馴染は結婚する。そしてそれは私が大切な2人を同時に失う日でもあった―。 ※ 本編完結済。他視点での話、継続中。 ※ 「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載しています ※ 河口直人偏から少し大人向けの内容になります

処理中です...