上 下
38 / 42

答え合わせ

しおりを挟む
 午後5時20分。

 **駅前の選挙カーから安田総理は降りてきた。
 SPに警護されながら、公用車に乗り込む。

 この演説会では何事も起こらなかった。
 何かが起きることに期待していた野次馬たちは、がっかりしたかもしれない。

 ・・・まだ油断は出来ないが、ひとまずは安心だ。

 田村は安堵のため息を漏らした。

 ・・・宮下君が首尾よくやってくれたのかもしれないな。

 田村はすぐに宮下真奈美に電話をかけるが繋がらなかった。



 コスモエナジー救世会本部にようやく救急車が到着し、東心悟は病院に搬送された。
 境内はまだ多くの信者たちでごった返していた。

『教主・東心悟が急病のため、本日の因縁切りの儀式はこれにて終了といたします。皆様すみやかにご退場ください』

 場内アナウンスが繰り返されている。

 植山千里と東心学、そして御影、真奈美と、山科たち刑事一同は喫茶室に移動した。
 山科が警察手帳を掲げて、喫茶室から他の客を追い払う。

「さあ、みなさん座ってコーヒーを楽しみましょう。刑事さんたちはそっちのテーブル席に座って。探偵さんとそっちの彼女は私たちの向かいの席よ」

 完全に場を支配しているのは植山千里であった。
 山科は苦々しい顔をしているが、黙ってその指示に従った。
 そして全員が植山千里の指定する席に着いた。

 御影はもはや観念したかのように、リラックスしている。
 間もなく、香りの良いコーヒーが運ばれて来た。
 皆の沈黙を破り、口火を切ったのもやはり植山千里であった。

「さて、名探偵・御影純一さん、それにワトソン役のお嬢さん、宮下真奈美さんね。事件の解明、楽しみだわ。私、けっこう推理小説が好きなの。自分がこういう場に参加できるなんて夢みたい」

 植山千里は本気で楽しんでいるようだ。

「じゃあ答え合わせをしましょう。御影さんからどうぞ」

「その前にこういう話は子供には聞かせたくない。学君を離してくれませんか?」

「大丈夫よ。学は寝かしつけたから」

 見ると東心学は椅子にもたれたまま固く目を閉じている。
 これも植山千里による催眠なのだろう。

「さあ、どうぞ」

 植山千里が話を促す。
 御影はコーヒーを一口すすると話はじめた。

「では何から話せばいいかな?まずこの一連の事件の目的は、最初から東心悟さんを殺すことにあったのですよね」

「ええ、ご明察。そのとおりよ」

 植山千里は御影の発言を肯定した。
 それを聞いた山科が口を挟む。

「ちょっと待て。東心悟を殺すだけなら、何も無関係な者をふたりも殺したり、総理まで脅さなくても出来たはずだ」

「それはおそらく、動機に関わる理由ですね。なぜ東心悟を殺そうと考えたか?おそらくこの事件以前の植山さんの計画に狂いが生じたからだ」

 山科の問いに御影がそう答えると、植山千里がさらに言葉を重ねる。

「御影さん、さすがなかなかの洞察力のようね。私は何も世界を征服しようとか、愚かな人類を導こうとか、そんな大それた野望は持っていないのよ。私が欲しかったのは平凡な人生。愛する夫とかわいい子供と平和な家庭が持ちたかっただけなのよ。ささやかなものでしょう?でもそれにはお金が必要じゃない。私の生まれ育った家庭は貧しかったから、貧乏だけは絶対に嫌だったのよ」

「あなたほどの能力があればお金を手に入れるのはそう難しくなかったはずだ」

「御影さん、あなたは分かっているくせに。サイキックの悩みはあなたがいちばんご存知のはずよ」

「つまり、目立ちたくなかったということですか?」

 植山千里は満足気に微笑んだ。

「そう。御影さんなら分かってくれると思ったわ。サイキックが目立つと碌なことが無い。それにこの国では女性が大金を稼ぐと必要以上に騒がれますもの。私は有能な投資家の妻というポジションで十分だったのよ」

「だから東心悟さんの思考を操り、天才投資家に仕立て上げたわけですね。そのまま順調に進んでいれば今回のような事件は必要なかった。しかしおそらく東心悟さんが、あなたの意に反した行動を起こしたんですね」

「東心は病気だったのよ。幻聴や幻視が見え始めて、私がこっそり教えてあげていた投資の方針を『宇宙の声』が聞こえるとか言いだした。自分が何か特別な存在だと思いこんだのね」

 植山千里は悪戯っぽく目をくりくりと動かしながら周りを見回した。
 その様子はスーパーで働いていた千里とは、まるで別人のように若やいでいた。

「この馬鹿々々しい建物を見て。男の人っていくつになってもオモチャを欲しがるものね。せっかく何年もかけてコツコツ貯めた資産のあらかたを使って、この建物と宗教法人を買ったのよ」

 心を病んだ東心悟が生み出した妄想の産物がこの、コスモエナジー救世会だったのだ。
 御影は話を続けた。

「たしかにこれは平穏な生活を望んでいたあなたの意に反するものですね。金は使い果たすし、しかも悪目立ちもする。そこであなたは一気に軌道を修正しようと考えた。自らは離婚して世間から身を潜め、陰で東心悟さんを操り大金を稼がせた上で死んでもらう」

「そうよ。そしてどうせ悪目立ちするなら東心にはもっと目立ってもらうことにしたの。東心に自分が特別な能力ちからを持つサイキックだと信じ込ませた。吠えかかってきた犬を殺したりしてね」

 ・・・ああ、以前に植山千里が語っていた話は実際はそういうことだったのか。

 そう考えた真奈美に、植山千里は突然顔を向けた。

「宮下さん、あなたは他人の思考を読むことに慣れ過ぎて、人は心では嘘をつかないと思い込んでいたのね。でもあなたの能力で読めるのは心のほんの表面だけなの。いくらでも嘘はつけるわ」

 ・・・自分の心でも嘘をつき、東心悟の思考を操り、私たちの疑いを東心悟ひとりに向けさせたんだ。

「宮下さんと上司の方が初めてここに来たときね、私もここに居たのよ。コーヒーを運んで来たわ。それからも常に東心の陰には私が居たのよ」

 ・・・あのときの巫女が植山千里だったのか!

 真奈美たちは最初から植山千里の掌の中を飛び回っていたのだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

インビジブル(超・本格推理小説)

冨井春義
ミステリー
新本格推理はもう古い!あなたの脳みそをスクランブルする超・本格推理小説のシリーズ第二弾。 今回は、謎解き要素多目です。連続殺人の犯人と、動機と、犯行方法を推理してください。 サトリ少女におとずれた目に見えない少年との初恋。それから10年後に起きた見えない殺人者による恐怖の連続殺人事件の真相とは? 高精度なレンズを制作する小さな会社で、カリスマ社長・花城が自社ビル屋上から転落死するという事件が発生する。警察の検証により一度は事故として処理されるが、続けて二人目の転落死が起きると、なぜか警察上層部からの強い要請があり、県警刑事部捜査一係の山科警部と超科学捜査研究所(S.S.R.I)の宮下真奈美が殺人事件として捜査に乗り込むことになった。しかしその捜査を嘲笑うかのように新たな殺人が発生する。花城社長は着用すれば目に見えなくなる光学迷彩服、インビジブルスーツを研究開発していたというのだが、果たして犯人はこのスーツを着用し、人目に触れることなく犯行に及んでいるのか?他人の心が読めるサトリ捜査官・宮下真奈美、21世紀の金田一耕助の異名を持つ本格派名探偵・金田耕一郎、そして稀代のサイキック探偵・御影純一による三つ巴の推理バトルの行方は?いくつもの謎を散りばめた、おもちゃ箱のような超感覚ミステリイをお楽しみください。

三位一体

空川億里
ミステリー
 ミステリ作家の重城三昧(おもしろざんまい)は、重石(おもいし)、城間(しろま)、三界(みかい)の男3名で結成されたグループだ。 そのうち執筆を担当する城間は沖縄県の離島で生活しており、久々にその離島で他の2人と会う事になっていた。  が、東京での用事を済ませて離島に戻ると先に来ていた重石が殺されていた。  その後から三界が来て、小心者の城間の代わりに1人で死体を確認しに行った。  防犯上の理由で島の周囲はビデオカメラで撮影していたが、重石が来てから城間が来るまで誰も来てないので、城間が疑われて沖縄県警に逮捕される。  しかし城間と重石は大の親友で、城間に重石を殺す動機がない。  都道府県の管轄を超えて捜査する日本版FBIの全国警察の日置(ひおき)警部補は、沖縄県警に代わって再捜査を開始する。

リモート刑事 笹本翔

雨垂 一滴
ミステリー
 『リモート刑事 笹本翔』は、過去のトラウマと戦う一人の刑事が、リモート捜査で事件を解決していく、刑事ドラマです。  主人公の笹本翔は、かつて警察組織の中でトップクラスの捜査官でしたが、ある事件で仲間を失い、自身も重傷を負ったことで、外出恐怖症(アゴラフォビア)に陥り、現場に出ることができなくなってしまいます。  それでも、彼の卓越した分析力と冷静な判断力は衰えず、リモートで捜査指示を出しながら、次々と難事件を解決していきます。  物語の鍵を握るのは、翔の若き相棒・竹内優斗。熱血漢で行動力に満ちた優斗と、過去の傷を抱えながらも冷静に捜査を指揮する翔。二人の対照的なキャラクターが織りなすバディストーリーです。  翔は果たして過去のトラウマを克服し、再び現場に立つことができるのか?  翔と優斗が数々の難事件に挑戦します!

おさかなの髪飾り

北川 悠
ミステリー
ある夫婦が殺された。妻は刺殺、夫の死因は不明 物語は10年前、ある殺人事件の目撃から始まる なぜその夫婦は殺されなければならなかったのか? 夫婦には合計4億の生命保険が掛けられていた 保険金殺人なのか? それとも怨恨か? 果たしてその真実とは…… 県警本部の巡査部長と新人キャリアが事件を解明していく物語です

審判【完結済】挿絵有り

桜坂詠恋
ミステリー
「神よ。何故あなたは私を怪物になさったのか──」 捜査一課の刑事・西島は、5年前、誤認逮捕による悲劇で全てを失った。 罪悪感と孤独に苛まれながらも、ひっそりと刑事として生きる西島。 そんな西島を、更なる闇に引きずり込むかのように、凄惨な連続殺人事件が立ちはだかる。 過去の失敗に囚われながらも立ち向かう西島。 彼を待ち受ける衝撃の真実とは──。 渦巻く絶望と再生、そして狂気のサスペンス! 物語のラストに、あなたはきっと愕然とする──。

Star's in the sky with Blood Diamond

ミステリー
The snow of the under world の第二弾。 F県警が震撼した警察官拉致事件から、およそ一年。 捜査第二課に異動した遠野警部は、ある日、古巣であるサイバー犯罪対策課の市川警部に呼び出された。 「特命である人物の警護をしてほしい」と、言われた遠野は……。

アナグラム

七海美桜
ミステリー
26歳で警視になった一条櫻子は、大阪の曽根崎警察署に新たに設立された「特別心理犯罪課」の課長として警視庁から転属してくる。彼女の目的は、関西に秘かに収監されている犯罪者「桐生蒼馬」に会う為だった。櫻子と蒼馬に隠された秘密、彼の助言により難解な事件を解決する。櫻子を助ける蒼馬の狙いとは? ※この作品はフィクションであり、登場する地名や団体や組織、全て事実とは異なる事をご理解よろしくお願いします。また、犯罪の内容がショッキングな場合があります。セルフレイティングに気を付けて下さい。 イラスト:カリカリ様 背景:由羅様(pixiv)

WRONG~胡乱~【完結済】

桜坂詠恋
ミステリー
「それは冒涜か、それとも芸術──? 見よ。心掻き乱す、美しき狂気を──!」 コンテナ埠頭で発見された、「サモトラケのニケ」を模した奇妙な死体。 警視庁捜査一課の刑事、氷室と相棒内海は、その異様な光景に言葉を失う。 その直後、氷室たちは偶然にも激しいカーチェイスの末、車を運転していた佐伯という男を逮捕した。 そしてその男の車からは、埠頭の被害者、そしてそれ以外にも多くのDNAが! これを皮切りに、氷室と佐伯の戦いが幕を開けた──。 本質と執着が絡み合う、未曾有のサスペンス! 連続殺人事件の奥に潜むものとは──。

処理中です...