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御影探偵事務所

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 真奈美が運転する乗用車はコスモエナジー救世会本部の門を出た。
 普段は饒舌な御影は先ほどからずっと押し黙っている。

 ・・・先ほどの東心悟との初対決は御影さんの完敗だったのだろうか?

 真奈美はそう思ったが、あえて本人に尋ねてみることにした。
 考えてみれば『サトリ』である真奈美が、他人の心の内を尋ねるなどということは新鮮な経験である。

「御影さん、結局のところ東心悟の何が分かったのですか?」

 御影は憮然とした表情だったが、ようやく口を開いた。

「東心悟の能力についてだね。どうやら思っていた以上にやっかいな相手になりそうだ」

「御影さんを上回るサイキック能力を持っているということですか?」

「まあそれもある。でも正直、サイキック能力についてだけなら、少々僕の能力を上回っているとしても打つ手はあるんだ。彼にはそれ以外にも能力がある」

「それ以外の能力ですか?」

「他人の思考と行動を操る能力だね。彼はサイキックでありながらメンタリストでもあるようだ。たとえば僕たちを襲撃した男たちは東心悟に完全に操られていた」

「それは催眠術ですか?」

「うん、その一種だ。しかしただの催眠術ではない。彼はテレパシーを用いて暗示を与える能力に長けている。さらに自己暗示も用いている可能性がある」

「自己暗示?」

「東心悟の心を読むことは宮下君も試したと思うんだけど、彼は我々のように意識の周りにファイアーウォールを巡らせているわけではない。心の所在すらわからなかった。まるで心が無いんだ」

 ・・・ああ、だから。。まるで心が空っぽのように感じたんだ。

「でも御影さんにもサイキック以外の能力がありますよね。御影さんがあんなに腕っぷしが強いとは知りませんでした」

「僕は子供のころ、日本中に顔が売れていたからね、どこに転校してもすごく虐められたのさ。それに対してサイキック能力なんかまったく無力だったよ。だから空手を習ったんだ」

 ・・・マスコミにインチキと叩かれた後の御影さんが過ごした少年時代は、かなり凄絶だったんだろうな。。

「それで御影さんはどうやって東心悟と戦うんですか?」

「それはこれから作戦を練らなきゃね。東心悟は僕が捜査に参加したことを知っていた。それで僕の能力を試したんだ。その結果、恐れるに足りないと判断してくれていれば、つけ入る隙があるだろう」

 ・・・じゃあ御影さんが東心悟に圧倒されていたように見えたのはわざとだった?それとも強がりを言ってるのかしら?

「とにかく今日の捜査活動はこれくらいにしよう。予告の日まではまだ5日も残っているからね。悪いが、僕の事務所まで送ってくれないか?お茶くらい出すからさ」

 御影純一の事務所は都心部のオフィス街にあった。
 弁護士、司法書士、会計士、税理士といった、いわゆる士業の事務所が多く入った高級なオフィスビルである。
 1階のエレベーターホールにあるステンレス製の階数表示板には、確かに『13階 御影探偵事務所』と書かれていた。
 御影が呼び出したエレベーターに2人は乗り込む。

「すごく立派なビルですね!S.S.R.Iの本部とは大違いだわ。でも家賃高いでしょう?」

「だからゴト師をやって家賃稼いでいるんだよ。暇な探偵業ではとても払えないもの」

「ゴト師ってそんなに稼げるんですか?」

「本物のサイキックなら金を得る方法はいくらでもあるよ。だから僕には金銭欲が無いんだ」

 ・・・まるで東心悟と同じことを言っている。

「たとえば君だってできる。宮下君ほどの能力があれば、ポーカーではまず負けない。テキサスホールデムの世界ランカーがどれほど稼ぐか知ってるかい?」

「いえ、知りません」

「野球のメジャーリーガーやバスケットボールのM.L.Bの選手、ボクシングの世界チャンピオンたちを凌いでいるんだよ。ランキング100位くらいまで、全員がミリオネアだ」

「そんなに・・・?」

「もっとも世界ランカーのうち何名かはやはりサイキックだから注意は必要だけどね。機会があればデビューしてみるといい」

「御影さんはやらないんですか?」

「僕はもうそういう目立つことはやりたくないんだ。だから細々とパチンコと麻雀で稼いでる。大学生のころに調子に乗って麻雀で30回連続で役満を上がったことがあって、かなり騒がれた。今は適当に加減してやってるよ」

 ・・・少年時代にマスコミの寵児になったことは、今でも御影さんのトラウマなんだろうか?

 エレベーターが13階に到着し扉が開くと、すぐ目の前に大きな事務所のドアがあった。
「御影探偵事務所」のプレートが掲げられている。

 御影がドアを開くと、そこはかなり広くて清潔な事務所だった。
 見晴らしの良い大き窓が広がっていて、窓以外の壁面部分には大きな書棚があり、法律関係の書籍などが並んでいる。

 非常に高価であると思われるデスクには『所長』と書かれたアクリル製の卓上プレートが置かれていた。

「所長おかえりなさい。今日は早かったですね・・あら、そちらはお客様?」

 童顔なので20代半ばくらいに見えるが、実際は30歳をちょっと過ぎた女性が出迎えた。
 いくら若く見えても、真奈美に年齢を隠すことはもちろんできない。

「こちらは今度一緒に仕事することになった科捜研の宮下真奈美君だ。宮下君、彼女はウチの秘書の穂積恵子《ほずみけいこ》君」

「はじめまして、宮下です」

「穂積です。よろしく」

 挨拶を交わす瞬間、真奈美の頭にピリッとした痛みが走った。
 これは何度も経験したことのある痛み。穂積恵子の持つ敵意である。

 ・・・穂積さんは御影さんに密かな思いを寄せている。だから自分より若い女性である私を敵視したんだわ。

 初対面でこんなことが瞬時にわかってしまう。
 真奈美が他人と心の底からはなかなか打ち解けられない理由である。
 これ以上、穂積の心を知るのはつらいので、真奈美は自らの心の目を閉じ、耳を塞いだ。

「穂積君、今日は何か変わったことはあったかい?」

「いいえ所長。昨日と変わらず依頼の電話は一本もありませんでした」

「そうか、なかなか名探偵・御影純一を必要とするクライアントには出会えないようだな。穂積君、すまないけど宮下君にお茶とお菓子を」

「いえ、穂積さんお構いなく。私、先ほどコーヒーをいただいたばかりですので。御影さん、私はこれから本部に戻ってウチの所長に今日の捜査経過を報告します」

「わかった。田村君によろしく伝えてくれたまえ。明日朝また本部に顔を出すよ」

「では、また明日」

 真奈美は御影探偵事務所を後にした。
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