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教主・東心悟

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 神殿のある建物内に設けられた喫茶室に田村と真奈美は通された。
 東心悟に勧められた席に着くと、髪の長い巫女姿の女性がウェイトレスのように水を運んでくる。

「お二人とも、コーヒーでよろしいでしょうか?ウチのコーヒーは豆にこだわっていますので自慢なんですよ」

 東心悟が穏やかな口調で言う。

「はい、コーヒーをいただきます」「私もコーヒーお願いします」

 しばらくすると東心悟が自慢するだけあって、非常に香りのよいコーヒーが運ばれてきた。
 田村は一口そのコーヒーを啜ると、話を切り出した。

「本部というからには、もっとたくさんの信者さんがおられると思ったのですが、静かなものですね」

「誤解されやすいのですが、コスモエナジー救世会は無理に信者を勧誘して会費を巻き上げるような団体ではありません。あくまでも悩める人々を救済するのが目的ですから」

 田村と東心悟の会話を聞きながら、真奈美は懸命に東心悟の心を探ろうとしていた。しかし東心悟の心はまるで空っぽであるかのように、思考が読めない。

「それにしてはこの本部は立派なものですね。失礼ですが建造費用も安くはないでしょう?資金はどのようにして集めたのですか?」

「投資ですよ。私には宇宙の意思を読み取る力がありますから、投資で失敗することは無いのです。資金はいかようにも集められます。だから私には金銭欲が無いのです」

 田村も真奈美同様に東心悟の表情を読み取ろうとしているが、やはり読めない。

「金銭欲が無いにしては、福成さんからはかなりの額のお金を受け取られたようですね」

「あれは福成さんが、私たちに感謝の意を表してご寄進くださったお金です。もちろん公益のために使わせていただきます。私利私欲とは無縁です」

 田村は真奈美に目を向けた。真奈美はかすかに顔を横に振る。やはり真奈美にも手掛かりは掴めていないようだ。

「あなたがたのウェブサイトで予告された人物が次々に心不全で亡くなっています。助かったのはあなたがたに寄進したという福成さんだけだ。あれはどういうことなのでしょうか?」

「ははは・・まるで私たちが予告殺人をしているような言い回しですね。それは違いますよ。私は予知夢を見るのです。特定の人物に迫る危険を察知し、警告しているのです。私ならその危険を回避させることができるからです」

 東心悟はコーヒーを美味そうに啜ってから話を続けた。

「先のお二方をお救いできなかったことは非常に残念です」

「そうですか・・・ところで今朝の告知では安田首相の身に危険が迫っているとか」

「はい。まさに国家的危機です。あなた方のお力で、なんとか首相が私にコンタクトを取るように取り計らっていただけませんか?」

 田村は苦笑いを浮かべた。

「残念ながら、私たちにそれほどの力はありません。別の方法で危機回避を試みてはみますがね」

 そう言って田村はやや挑発的な視線を東心悟に送ったが、東心悟の表情は相変わらず掴みどころがなかった。

「美味しいコーヒーをありがとうございました。今日のところはこれで失礼いたします」

 田村はそう言って席を立った。真奈美も後につづく。


 玉砂利の敷き詰められた庭を通って駐車場に向かうと、東心学少年が走り寄って来た。

「お姉さんたち、もう帰るの?」

「ええ、お父さんのお話を聞かせてもらったから、もう帰るわ」

「お父さん、お話が上手でしょ?毎日誰かがお父さんのお話を聞きに来るんだよ。お父さんのお話を聞くと、誰でも幸せになれるんだって。お姉さんたちにもきっといいことがあるよ」

「そうならいいわね。学君から見てお父さんはどういう人?」

 学は少し首をかしげて考えてから答えた。

「いつもはとても優しいよ。お勉強には厳しいけどね。ゲームをやりすぎだって怒られるときもある。でもだいたいは優しい」

 学にとって東心悟は、いたってごく普通の父親のようである。

「お母さんはどんな人?」

 学の顔が悲し気に曇った。

「お母さんは僕がもっと小さかったころに、遠くに行ってしまったよ。もう顔も覚えてない」

 学の深い悲しみの感情の波が、真奈美の意識に流れ込んで来る。

「ごめんなさい、もしかしたらお姉さんたち、また来るかもしれないから、覚えていてね」

 学は明るい声で応えた。

「うん、絶対、きっと、また来てね!」


 コスモエナジー救世会の門を出た乗用車の車内で、真奈美は田村に話しかけた。

「東心悟は思考で人を殺せる超能力者サイキックなのでしょうか?もしそうだとしたら、どうやって止めるのですか?法では裁けませんよね?」

「そのとおり、法では裁けない。だからこちらも超法規的な解決をしなきゃいけないだろうな」

「それは東心悟を病院などに一生拘束するってことですよね?そうなったら学君はどうなるんだろう・・母親が見つかるのかな?」

「彼には気の毒なことになるかもしれないが、我々の使命は犯罪を防ぐことだ。ん?電話だ」

 田村は携帯電話を手に取った。

「ああ、田村さん?山科だ。例の男、御影純一な。確保したよ」

「おおっ!御影純一が見つかったのですが、それで今どこに?」

「ウチに居るよ。留置所に放り込んである」
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