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2019年7月
運命の相手
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「御影さん、田村所長の許可が下りました。私、これから花城レンズ工芸に向かいます」
電話を終えた真奈美は気丈な顔つきでそう言った。
「わかったけど少し落ち着きたまえ。僕はもう少し推理を煮詰めたいから、行く前に山口肇君のことを少し聞かせてほしいんだ」
そう言う御影は、真奈美の態度の目まぐるしい変化をとても心配してるようであった。そのことは真奈美にも感じ取れたので、応接セットのソファに座り直して話し始めた。
「山口君は私が中学三年生のときのクラスメイトでした。彼は特殊な能力者で、誰にも彼の姿は見えないんです。いえ、見えてはいるのでしょうけど誰の記憶にも残らない、存在を認識されないんです」
「なんだって!」
御影はかなり驚いた顔をして立ち上がると、事務所の壁面にある大きな書棚に向かった。そしてしばらくすると、一冊のかなり古そうなハードカバーの英文書を手にして戻ってきた。
「この本は1950年代に米国ハーバード大学の心理学教授だったジョセフ・リッチフィールド博士が書いたものだ。ジョセフ博士は超心理学の第一人者だったのだが、彼の研究は一部のオカルトマニア以外にはまったく相手にされず、今でもトンデモ本扱いされているんだけどね。確かこの本にその能力のことが書いてあったと思う。ああ、ほらここだ」
御影が指さしたか所を真奈美は見た。
(・・・インビジブル【invisible】?これって、まさに山口君の能力だわ)
「金田探偵の供述書にも、山口君は失踪しているのに誰にも気にされていない様子が書かれている。彼は間違いなくインビジブル能力者だ。これはすごいことだよ。インビジブルはジョセフ博士も実際の能力者を見たことがないと言ってるし、僕も実在を疑っていたくらいだ。それがまさか宮下君の同級生に居たなんて。同じクラスにふたりもサイキックが居ること自体が奇跡的な確率なのに、それがさらに希少なサトリとインビジブルだなんて、これは運命としか思えない」
御影は興奮気味にそうまくしたてた。
(奇跡?運命?・・私たちの能力には何か意味があると山口君は言っていた・・)
「ん?・・ああ・・そうだったのか、宮下君。彼は初恋の相手だったんだね」
御影は今度は静かに、そう言った。
(また心を読まれている・・でももうそんなことどうでもいい)
「いや、これは重要なことだよ。彼は今、意識的に能力を使って姿を消しているから、誰にも見えないんだ。しかし宮下君。君にだけは彼の姿が見えるはずだ。十年前のようにね」
心の何かが決壊したように、宮下真奈美の両目から涙があふれ出した。
「御影さん、私ずっと今まで恋なんかしたこと無かったと思っていたし、これからもあり得ないと思っていました。でも私にもちゃんと初恋の相手が居たんですね。なのにその彼が殺人犯かもしれなくて、容疑者として彼を探さなければならないなんて・・運命ってなんて残酷なんですか」
御影はそっと白いハンカチを真奈美に手渡すと、力強い声で言った。
「心配ないよ、宮下君。僕が断言しよう、山口肇君は殺人犯なんかじゃない。だから苦境に陥っている彼を救うんだ。運命の相手である宮下君、君がね」
御影のその言葉を聞いた真奈美はゆっくりと立ち上がった。その顔には涙ではなく、強い意志が溢れていた。
「御影さん、ありがとうございます。私、行ってきます」
「ああ、行くがいい。僕はもう少し金田探偵の供述を基に推理を組み立ててみる。場合によっては、僕も花城レンズ工芸に出向くよ」
これまで黙ってふたりのやり取りを聞いていた穂積恵子が真奈美を優しく抱擁した。
「頑張ってね宮下さん。初恋の相手を救いに行くなんて素敵なことじゃない。ちょっとうらやましいくらい。応援してるから」
真奈美は恵子に明るい笑顔を見せた。
「ありがとうございます。私も穂積さんを応援していますよ」
「えっ?」
御影探偵事務所のドアを開けて、真奈美は出て行った。
真奈美が事務所を出て行った直後に、恵子が御影に尋ねた。
「所長は山口肇君は犯人ではないって断言されましたが、その根拠はなんなんですか」
御影はとぼけた顔をして答えた。
「根拠だって?考えてもみたまえ、これが仮に推理小説だったとしよう。ストーリーの半ばで脇役が犯人であると指摘した人物が真犯人であるはずがないだろう」
「ええっ!根拠はそれだけなんですか」
「十分な根拠じゃないか。最後に真犯人の名前を口にするのは真の名探偵・御影純一の役目だからね」
「・・・はあ。。」
恵子はあきれ果てたといった顔をした。しかし御影は気にしない。
「それに僕は予知したじゃないか。宮下君には恋人が現れるってね。だから大丈夫」
電話を終えた真奈美は気丈な顔つきでそう言った。
「わかったけど少し落ち着きたまえ。僕はもう少し推理を煮詰めたいから、行く前に山口肇君のことを少し聞かせてほしいんだ」
そう言う御影は、真奈美の態度の目まぐるしい変化をとても心配してるようであった。そのことは真奈美にも感じ取れたので、応接セットのソファに座り直して話し始めた。
「山口君は私が中学三年生のときのクラスメイトでした。彼は特殊な能力者で、誰にも彼の姿は見えないんです。いえ、見えてはいるのでしょうけど誰の記憶にも残らない、存在を認識されないんです」
「なんだって!」
御影はかなり驚いた顔をして立ち上がると、事務所の壁面にある大きな書棚に向かった。そしてしばらくすると、一冊のかなり古そうなハードカバーの英文書を手にして戻ってきた。
「この本は1950年代に米国ハーバード大学の心理学教授だったジョセフ・リッチフィールド博士が書いたものだ。ジョセフ博士は超心理学の第一人者だったのだが、彼の研究は一部のオカルトマニア以外にはまったく相手にされず、今でもトンデモ本扱いされているんだけどね。確かこの本にその能力のことが書いてあったと思う。ああ、ほらここだ」
御影が指さしたか所を真奈美は見た。
(・・・インビジブル【invisible】?これって、まさに山口君の能力だわ)
「金田探偵の供述書にも、山口君は失踪しているのに誰にも気にされていない様子が書かれている。彼は間違いなくインビジブル能力者だ。これはすごいことだよ。インビジブルはジョセフ博士も実際の能力者を見たことがないと言ってるし、僕も実在を疑っていたくらいだ。それがまさか宮下君の同級生に居たなんて。同じクラスにふたりもサイキックが居ること自体が奇跡的な確率なのに、それがさらに希少なサトリとインビジブルだなんて、これは運命としか思えない」
御影は興奮気味にそうまくしたてた。
(奇跡?運命?・・私たちの能力には何か意味があると山口君は言っていた・・)
「ん?・・ああ・・そうだったのか、宮下君。彼は初恋の相手だったんだね」
御影は今度は静かに、そう言った。
(また心を読まれている・・でももうそんなことどうでもいい)
「いや、これは重要なことだよ。彼は今、意識的に能力を使って姿を消しているから、誰にも見えないんだ。しかし宮下君。君にだけは彼の姿が見えるはずだ。十年前のようにね」
心の何かが決壊したように、宮下真奈美の両目から涙があふれ出した。
「御影さん、私ずっと今まで恋なんかしたこと無かったと思っていたし、これからもあり得ないと思っていました。でも私にもちゃんと初恋の相手が居たんですね。なのにその彼が殺人犯かもしれなくて、容疑者として彼を探さなければならないなんて・・運命ってなんて残酷なんですか」
御影はそっと白いハンカチを真奈美に手渡すと、力強い声で言った。
「心配ないよ、宮下君。僕が断言しよう、山口肇君は殺人犯なんかじゃない。だから苦境に陥っている彼を救うんだ。運命の相手である宮下君、君がね」
御影のその言葉を聞いた真奈美はゆっくりと立ち上がった。その顔には涙ではなく、強い意志が溢れていた。
「御影さん、ありがとうございます。私、行ってきます」
「ああ、行くがいい。僕はもう少し金田探偵の供述を基に推理を組み立ててみる。場合によっては、僕も花城レンズ工芸に出向くよ」
これまで黙ってふたりのやり取りを聞いていた穂積恵子が真奈美を優しく抱擁した。
「頑張ってね宮下さん。初恋の相手を救いに行くなんて素敵なことじゃない。ちょっとうらやましいくらい。応援してるから」
真奈美は恵子に明るい笑顔を見せた。
「ありがとうございます。私も穂積さんを応援していますよ」
「えっ?」
御影探偵事務所のドアを開けて、真奈美は出て行った。
真奈美が事務所を出て行った直後に、恵子が御影に尋ねた。
「所長は山口肇君は犯人ではないって断言されましたが、その根拠はなんなんですか」
御影はとぼけた顔をして答えた。
「根拠だって?考えてもみたまえ、これが仮に推理小説だったとしよう。ストーリーの半ばで脇役が犯人であると指摘した人物が真犯人であるはずがないだろう」
「ええっ!根拠はそれだけなんですか」
「十分な根拠じゃないか。最後に真犯人の名前を口にするのは真の名探偵・御影純一の役目だからね」
「・・・はあ。。」
恵子はあきれ果てたといった顔をした。しかし御影は気にしない。
「それに僕は予知したじゃないか。宮下君には恋人が現れるってね。だから大丈夫」
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