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2019年7月

S.S.R.I本部

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「と、まあここまでが21世紀の金田一耕助こと、金田耕一郎の供述の一部始終だ。コピーを渡しておくよ」

 山科警部は田村所長に供述書のコピーを手渡すと、ちゃぶ台に置かれた湯呑を手に取りほうじ茶で喉を潤した。それに続き、田村も茶を啜る。

「ふーむ。なるほど、インビジブルスーツですか。それなら立派な科学犯罪ですね。『超』の要素がありませんから、S.S.R.Iの出番はなさそうです。科捜研ほんしゃに行かれると良いでしょう」

「いや、実はもう行ってきた。鼻で笑われたよ。町工場レベルの施設でインビジブルスーツなど出来るわけがないってな。それは「超」科学だから、S.S.R.Iに行けって追い返された」

「おやおや・・・」

 田村はアメリカ人の仕草を真似たように両手の平を上に向けて、肩をひょいと持ちあげて見せた。

「あいかわらず科捜研ほんしゃの人間は頭が固いようですな。それで、その後・・二人目の転落死体が出てからはどうなったんですか」

「当然、警察がすぐに駆けつけて現場検証したさ。鑑識によると井土は花城と同じく、アスファルトの路面で全身を強打して即死だったそうだ」

「また柵にもたれてバランスを崩したんですかね」

「ああ、そこだけが花城のケースとは違うんだ。柵にもたれたのはその通りなんだが、このビルの屋上の鉄柵はかなり錆で腐食していたんだな。そのせいで柵が折れて井土は転落した。金田の推理・・透明人間による殺人というのは一笑に付されたからな、これも事故死で片付けられるだろうさ」

「それにしても井土さんはいったい何をしに屋上に上ったんですかね?屋上には何も無いんでしょう」

「さあな。社長がやり残したペンキ塗りの続きでもやろうとしたんじゃねえか」

 その言葉を聞いた田村は含みのありそうな笑顔を浮かべた。

「警部、あなたはその結論で納得しておられるのですか?」

 山科は大きくため息をついた。

「あのな、俺の長年の経験で言うと、実際の殺人事件というのは推理小説とは違って実に単純な物なんだ。金田のような自称・名探偵が活躍できる事件というのはな、警察が介入すればあっという間に解決できるものばかりだ。嵐の山荘だの絶海の孤島だのでの殺人事件を、警察が介入する前に探偵が幼稚な推理とやらで解決して見せても、本来の科学捜査を用いれば容易にわかることを、ちょっと先回りして説明しているに過ぎないんだよ。不可能犯罪なんてものはない。どうやっても不可能に見えるならやはり不可能なんだ。つまり花城レンズ工芸ビルでの二度の転落死、これはどちらも単なる事故なんだよ」

 山科の話を聞いている田村の顔は、露骨に楽し気な表情になっている。

「ふふ・・いや失礼。では警部はいったい何をしにここを訪れたのですかね」

「田村さん、あんたも性格悪いなあ。ああそうだよ、昨年のコスモエナジー救世会事件でな、俺は不可能を可能にする能力を持つ者たちの戦いを見ちまった。おかげで不可能なものは不可能、ゆえに事件性は無いと、簡単には思えなくなっちまったんだ」

「なるほど、それは災難なことでしたな。ところで失踪中の、ええと・・山口肇さんは見つかったのですが」

「それが実はまだなんだ。なぜか会社に保管されているはずの履歴書が紛失しているし、社員名簿にある住所はかなり以前に引き払っているし。ハワイ旅行の写真でも顔がはっきり写っているものが一枚も無いときているから、顔すらわからないんだ。しかしまあ海外旅行に行ったわけだから出入国カードが管理局に残っているはずだ。そろそろ正体が割れるころだろう」

「なるほど。名探偵さんの推理では彼こそが真犯人ですからね、早く見つかるといいですね」

 山科はあまり面白くなさそうな苦い笑顔を見せた。

「そうだ名探偵と言えば、あんたらと同類の名探偵はどうしている?」

「ああ御影君ね、今日スリランカから彼の絵葉書が届きましたよ。昨年の事件の結末に不満があるから、若い頃に修行した寺院で修行をやり直していると書いてました」

 御影純一は昨年世間を騒がせた、コスモエナジー救世会事件の謎を密かに解明した、稀代のサイキック探偵である。少年時代にはマスコミの寵児となったほどの超能力を、青年期にスリランカでの修行によりさらに高めており、現在ではどれほどの能力を隠し持っているのか底が知れない。

「スリランカ?今、御影君はスリランカに居るのか」

「いえ、三日ほど前には帰っていますよ。郵便が届くのが彼が帰るより遅かったんです。今ちょうど宮下が彼の事務所を訪ねている頃ですな。スリランカ土産を貰いにね。御影君の意見も聞きたいから、この供述書はスキャンして宮下のノートPCに送付しましょう。あ、次回はこいうのはPDFでいただけませんかね?」

「なんだそのピーデーエフてのは」

「あ、いやいいですよ、これで・・・」
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