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2009年7月
見えない少年2
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下校時、真奈美が校門を出てしばらく歩くと、前を行く山口肇の後ろ姿が見えた。
真奈美は小走りで肇に近づき話しかける。
「山口君、ちょっとお話させてもらってもいい?」
肇は歩みを止めずに真奈美の顔をちらりと見てから口を開いた。
「歩きながらで良ければいいよ。話って?」
不思議である。真奈美には肇が何を考えているのかわからないのだ。傍にいる他人の心の声がが聞こえないなんて、この1年あまり無かったことである。
「あの、さっき話しかけたとき『僕が見えるのかい?』って言ったじゃない?あれはどういう意味?」
肇の無表情な顔に、かすかな笑みが浮かんだように見えた。
真奈美は少し胸の鼓動が早まったように感じた。笑みを浮かべた肇の顔はそれまでのの印象とは違い、色白の細面に切れ長の目と薄い唇を備えた美少年だったからだ。
「僕はね、いうなれば影がすごく薄いんだよ。存在感があまり無いのさ。だからクラスのみんなも僕の存在を認識していない。僕が見えてないんだ」
「見えないって、透明人間じゃないんだから見えるよ。私にはちゃんと山口君が見えているもの」
「だから少し驚いたんだ」
(驚いていたんだ。全然わからなかった。。)
「僕は子供の頃から影が薄くて、遠足なんかでよく置いてきぼりにされたりしたんだけど、中学生になってますます薄くなったみたいで、最近は親にすら存在を忘れられそうになるよ」
「そんな・・信じられない。いくらなんでも親にまで忘れられるなんて」
「宮下君だって、僕に話しかけたときまで僕のことを忘れていたんじゃないか?こうやって話をすれば記憶が甦るみたいなんだけど、日ごろはみんな忘れているんだ」
確かに肇の言う通り、真奈美は教室で話しかけるまで肇のことをすっかり忘れていた。しかし・・・
「それってでも・・・すごく孤独なんじゃない?誰からも存在を忘れらるなんて。。」
肇は小さく声を出して笑った・
「ふふふ・・宮下君、同情してくれたんだ。ありがとう。でも僕はこれはたぶん、神に与えられたギフトじゃないかと思っているんだ」
「ギフト?」
「たとえばだよ、君たち女子が教室で体育の着替えをしている。当然男子は全員外にいるはずだよね?でもその教室に僕が居ても君たちは誰も僕に気づかない」
真奈美は顔が紅潮するのを覚えた。
「山口君!女子の着替えを覗き見しているの?」
「ふふふ・・たとえだよ。でもそのくらい僕は誰にも見えないのさ。これは僕だけの持つ特別な能力だと思わないかい?」
(能力?誰からも存在を認識されないことが?忘れ去られてしまうことが?)
「それより、宮下君のほうこそどうして突然話しかけてきたんだい?こんなこと、ここ数年なかったことだよ」
真奈美はいったいどう話そうかと少し考えた。
(山口君にならありのままを正直に話してもいいかもしれない。。)
「ちょっと変なことを言うけどごめんね。私、他人の心の声が聞こえるの。ううん、最近では聞こえるというより読めると言った方が近いかもしれない。その人が考えていることが映像で見えることもある」
肇は興味深そうに真奈美の顔をみた。
「それはすごい能力だ。それこそが宮下君に与えられたギフトだよ」
「ギフトですって?私、こんなギフトいらない!人の醜い心の声が聞こえてしまうって、とても苦痛なことなのよ」
すると肇は急に立ち止まって真顔で真奈美の目を見つめた。その真っ直ぐな瞳に真奈美の鼓動は大きく高鳴った。
「何か意味があるんだよ。宮下君の能力にも僕の能力にも。それで宮下君は僕の心の何を読み取ったんだい?」
「あ・・ええと・・・そう。『完全に消えてしえないものか』・・確かにそう聞こえたの。あれはどういう意味?まさか自殺を考えているとか?」
肇は今度はかなり大きな声を出して笑った。
「ははは・・・違うよ。それは言葉通りさ。僕はこの神に与えられた能力をもっと高めたいんだ。だからそういうことをいつも考えている」
「そうなの?」
「心配してくれてありがとう。でも僕は死ぬつもりはないから大丈夫だよ」
それを聞いて真奈美は大きな安堵感を覚えた。
「でも不思議なのよ。私、山口君の心の声が聞こえたのはその一度きり。今も山口君の心はまったく読めないわ」
「僕はできるだけ気配を消すように心がけているからかもしれないな。そのとき聞こえた声はつい強く考えてしまったから、宮平君の心の耳に届いたんじゃないかと思うよ」
「完全に消えてしまうってどういうこと?」
「ほら、今日も宮下君に存在を気づかれてしまっただろ?稀にだけど勘のいい人には存在を気づかれてしまう。僕は完全になりたいんだ。宮下君にも見えないくらいにね」
そのとき、背後から真奈美を呼ぶ声が聞こえた。
「真奈美~!ひとりなの?一緒に帰ろ~」
真紀が後方から早足で近づいてくる。
「彼女には僕が見えていない。僕はここで失礼するよ」
肇は小声で真奈美にそう告げた。
「あ、はい。今日は突然声をかけてごめんなさい。でもお話できて楽しかった」
「僕もこんなに人と話したのは久しぶりだったよ。楽しかった。ありがとう」
「ええ・・・じゃあ、また明日」
肇はなぜか少し寂し気な表情をして、真奈美のその言葉には応えなかった。真奈美はそのとき思ったことを肇に伝えようとしたが、なぜか声にならなかった。
(山口君、消えてしまわないで。見えなくならないで。私の目からは。。。)
真奈美は小走りで肇に近づき話しかける。
「山口君、ちょっとお話させてもらってもいい?」
肇は歩みを止めずに真奈美の顔をちらりと見てから口を開いた。
「歩きながらで良ければいいよ。話って?」
不思議である。真奈美には肇が何を考えているのかわからないのだ。傍にいる他人の心の声がが聞こえないなんて、この1年あまり無かったことである。
「あの、さっき話しかけたとき『僕が見えるのかい?』って言ったじゃない?あれはどういう意味?」
肇の無表情な顔に、かすかな笑みが浮かんだように見えた。
真奈美は少し胸の鼓動が早まったように感じた。笑みを浮かべた肇の顔はそれまでのの印象とは違い、色白の細面に切れ長の目と薄い唇を備えた美少年だったからだ。
「僕はね、いうなれば影がすごく薄いんだよ。存在感があまり無いのさ。だからクラスのみんなも僕の存在を認識していない。僕が見えてないんだ」
「見えないって、透明人間じゃないんだから見えるよ。私にはちゃんと山口君が見えているもの」
「だから少し驚いたんだ」
(驚いていたんだ。全然わからなかった。。)
「僕は子供の頃から影が薄くて、遠足なんかでよく置いてきぼりにされたりしたんだけど、中学生になってますます薄くなったみたいで、最近は親にすら存在を忘れられそうになるよ」
「そんな・・信じられない。いくらなんでも親にまで忘れられるなんて」
「宮下君だって、僕に話しかけたときまで僕のことを忘れていたんじゃないか?こうやって話をすれば記憶が甦るみたいなんだけど、日ごろはみんな忘れているんだ」
確かに肇の言う通り、真奈美は教室で話しかけるまで肇のことをすっかり忘れていた。しかし・・・
「それってでも・・・すごく孤独なんじゃない?誰からも存在を忘れらるなんて。。」
肇は小さく声を出して笑った・
「ふふふ・・宮下君、同情してくれたんだ。ありがとう。でも僕はこれはたぶん、神に与えられたギフトじゃないかと思っているんだ」
「ギフト?」
「たとえばだよ、君たち女子が教室で体育の着替えをしている。当然男子は全員外にいるはずだよね?でもその教室に僕が居ても君たちは誰も僕に気づかない」
真奈美は顔が紅潮するのを覚えた。
「山口君!女子の着替えを覗き見しているの?」
「ふふふ・・たとえだよ。でもそのくらい僕は誰にも見えないのさ。これは僕だけの持つ特別な能力だと思わないかい?」
(能力?誰からも存在を認識されないことが?忘れ去られてしまうことが?)
「それより、宮下君のほうこそどうして突然話しかけてきたんだい?こんなこと、ここ数年なかったことだよ」
真奈美はいったいどう話そうかと少し考えた。
(山口君にならありのままを正直に話してもいいかもしれない。。)
「ちょっと変なことを言うけどごめんね。私、他人の心の声が聞こえるの。ううん、最近では聞こえるというより読めると言った方が近いかもしれない。その人が考えていることが映像で見えることもある」
肇は興味深そうに真奈美の顔をみた。
「それはすごい能力だ。それこそが宮下君に与えられたギフトだよ」
「ギフトですって?私、こんなギフトいらない!人の醜い心の声が聞こえてしまうって、とても苦痛なことなのよ」
すると肇は急に立ち止まって真顔で真奈美の目を見つめた。その真っ直ぐな瞳に真奈美の鼓動は大きく高鳴った。
「何か意味があるんだよ。宮下君の能力にも僕の能力にも。それで宮下君は僕の心の何を読み取ったんだい?」
「あ・・ええと・・・そう。『完全に消えてしえないものか』・・確かにそう聞こえたの。あれはどういう意味?まさか自殺を考えているとか?」
肇は今度はかなり大きな声を出して笑った。
「ははは・・・違うよ。それは言葉通りさ。僕はこの神に与えられた能力をもっと高めたいんだ。だからそういうことをいつも考えている」
「そうなの?」
「心配してくれてありがとう。でも僕は死ぬつもりはないから大丈夫だよ」
それを聞いて真奈美は大きな安堵感を覚えた。
「でも不思議なのよ。私、山口君の心の声が聞こえたのはその一度きり。今も山口君の心はまったく読めないわ」
「僕はできるだけ気配を消すように心がけているからかもしれないな。そのとき聞こえた声はつい強く考えてしまったから、宮平君の心の耳に届いたんじゃないかと思うよ」
「完全に消えてしまうってどういうこと?」
「ほら、今日も宮下君に存在を気づかれてしまっただろ?稀にだけど勘のいい人には存在を気づかれてしまう。僕は完全になりたいんだ。宮下君にも見えないくらいにね」
そのとき、背後から真奈美を呼ぶ声が聞こえた。
「真奈美~!ひとりなの?一緒に帰ろ~」
真紀が後方から早足で近づいてくる。
「彼女には僕が見えていない。僕はここで失礼するよ」
肇は小声で真奈美にそう告げた。
「あ、はい。今日は突然声をかけてごめんなさい。でもお話できて楽しかった」
「僕もこんなに人と話したのは久しぶりだったよ。楽しかった。ありがとう」
「ええ・・・じゃあ、また明日」
肇はなぜか少し寂し気な表情をして、真奈美のその言葉には応えなかった。真奈美はそのとき思ったことを肇に伝えようとしたが、なぜか声にならなかった。
(山口君、消えてしまわないで。見えなくならないで。私の目からは。。。)
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