蛾は蝶に憧れていた

覗見ユニシア

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2.先生から母への贈り物を渡され困惑する

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 日差しが、眩しい。
 だがその日差しの中に、笑っている想い人の姿を見た気がして、目を細めた。

「そうだね。悲しませないよ。絶対にね」
 哮先生は、隠し持っている袋を握る手にギュッと力を込めた。
 それから、無事に裁縫セットを回収した助彦が、被服室から出てきたので、戸締りをした。

「じゃあ。哮先生また新学期な」

 助彦が、元気良く手を振る。
 勝もそれにならってお辞儀をした。


「……藤原待て」
 帰りかけた助彦を引き留めた哮先生は、隠し持っていた袋を手渡した。

「京子さんに渡してほしい」
 そっぽを向いた哮先生は、耳まで真っ赤に染まっていた。

「……哮先生。おれ」


 助彦は、困惑顔で差し出された袋と哮先生を交互に見た。
 哮先生が、助彦の母親、藤原京子(ふじわら きょうこ)に惚れている事実は知っていた。前に京子から、勤め先である着物屋の息子、哮先生から告白されたと聞いたからだ。

 京子は、ずっと独り身で助彦を育てて来た。
 なにがあったのかは知らないが、夫と早くに離婚したらしい。
 現に助彦の記憶の中に父親の姿は存在しないし、写真すら家に置いては居なかった。
 ただ、その話題を上げると、いつも京子が申し訳ないような、今にも泣きそうな表情をするので、いつも何も聞くことが出来なかったし、きっと京子自身も助彦に事実を告げるつもりがないことを感じ取っていた。

 京子は、助彦を産んだとは思えないほど若い外見を維持している。
 ちょっと前までは、結婚を申し込んでくる男性は大勢いた。
 けれど、その全ての誘いを断り、哮先生の告白も受けなかった。

 だが、哮先生は、勤め先の息子であることを逆手に取り、京子に贈り物を寄越して来た。
 その贈り物が、京子の好きな和風物でなければ、おそらく受け取りはしなかっただろう。
 けれど、助彦に対しては、普通の担任で居てくれた。

 助彦の前では、けして今まで京子の名前を出す事はなかった。
 だから、今までは、生徒と先生の関係で居られた。
 けれど、けして考えなかったわけではない。

 もし、京子の心が変わって哮先生が父親になったら。

 哮先生自身が嫌いなわけではない。むしろ人間的には、よく出来ている人だと思う。
 だけど、わからない。

 父親の存在を知らない自分にはわからない。
 どう対応したら良いのかわからない。

 なにより、自分だけの母親だった京子が誰かに取られるのが怖い。
 そういう所も含めて自分は子供なのだと思う。


「助彦。無理して受け取らなくていい。無視すればいい」

 困り果てた助彦に気付いたのか、勝が助太刀をした。

「十文字って時々、さらっと酷い事言うな」
 勝の言葉で、頭が冷えた哮先生が苦笑いを浮かべた。

「こんなやり方、卑怯だって知っている。職権を乱用しているよ。それでも、どうしても、京子さんの息子である、助彦から京子さんに渡してほしかったんだ。京子さんには、店でいつでも会えるけど、助彦には、夏休みが終わるまで会えないからな」

 京子にアプローチすることは、いつでも出来るけれど、その息子である助彦に、本気だと伝えるのは、今しかない。
 哮先生の切なる想いが、助彦に伝わった気がした。
 助彦は、差し出されたままになっていた袋を受け取った。

「母さんに渡してみる。でも、受け取るかを決めるのは、母さん自身だから」
「わかっている。ありがとう。助彦」

 哮先生は、うれしそうに笑った。

「じゃあ。気を付けて帰れよ。夏休みだからって羽目外しすぎるなよ」

 哮先生が職員室に戻っていく。
 その後ろ姿を見送りながら、助彦は、袋の中身を覗き込んだ。

 広げて見なければわからないが、着物だろうか?
 赤い生地に、金色で蝶緒が刺繍された、質の良い物だった。


「帰るぞ。助彦」

 勝がやさしく助彦の背中を押す。
 低い声で、いつも落ち込みそうになる自分を後ろから押してくれる。
 だから、元気に叫べるのだ。

「よし、帰ったらゲームするぞー」
「そうだな」

 微笑む親友。だが、肝心な事を忘れないのも勝だ。

「宿題も見てやる」
「うげっ」

 勉強が苦手な助彦は、変な悲鳴をあげた。

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