上 下
109 / 115
海賊編 第十一章 黒煙竜

109

しおりを挟む
 神殿は、元黒煙竜の住処だけあって、上空から侵入出来る仕組みになっていた。
 竜の姿のままでも、余裕で通れる広い通路を進んでいくと、神域へとやって来た。
 所々に、黒煙竜の象が飾られており、床は、黒い大理石だ。
 正面には、広い台座があり、寝転がった髪の長い女性がいる。
 闇の霧を体にまとわせている女性は、ラセ達に気付くと、上半身を起こした。

「……あなたが、風の大精霊?」

 ラセの呼び声に答えて、風に乗って声が運ばれる。

『かつて、そう呼ばれた事もある。けれども、真の名は、違う。
 誰も、わたしの真の名を呼んでくれない。
 誰も、迎えに来てくれない。
 あの時、わたし一人で、この地に残るべきではなかった』
「真の名?」

 悲しそうな表情を浮かべる風の大精霊。
 ラセは、風の大精霊の真意がつかめなくて、困惑する。

『あなた達に、わたしの孤独、悲しみはわからない!』 

 風の大精霊が、叫ぶと、巨大な闇の塊が現れた。
 真っ黒に覆われた闇の塊は、風の大精霊と、ラセ達の間に立ちふさがる。
 と、同時に、闇の塊の周りに強風が吹き荒れる。
 闇の塊から、火の鞭が出現して振り下ろされる。
 黒煙竜が、当たらないように間を取ると、後方に、岩礫が降り注ぐ。
 出入り口が塞がれた事に、黒煙竜が舌打ちした。
 背後に気を取られていたせいか、前方から忍び寄る無数の蔓に、身体をからめ捕られる。
 身動きの取れなくなった、黒煙竜が吠える。
 目の前に迫る闇の塊に、口からブレスを吐き出す。
 闇の塊が放った、水しぶきに視界を遮られて、ブレスは直撃しなかった。

『つ、強い』
「黒煙竜でも、敵わない相手なのか?」
「五属性魔法の魔物?」
『いや違う。風、火、地、木、水の五つの精霊が闇化した集合体だ』
「おい、そんなのありかよ」
「黒煙竜。逃げられそう?」

 黒煙竜が、足を動かすが、蛇のように蠢く蔓は、外れそうになかった。

『私に任せて下さい』

 今まで黙って様子を見守っていたセントミアの身体が、珊瑚色に輝く。
 セントミアの光が、眩しいのか、闇の塊が動きを停止した。
 緩んだ蔦をブレスで焼き払った黒煙竜は、再び自由の身を取り戻した。

「ありがとう。セントミア」

 セントミアの機転のお蔭で、危機を脱出することが出来た、ラセは抱き着いた。

『まだ、闇の塊は蠢いています。気を付けて』
『今度こそ。ブレスを当てる!』

 黒煙竜が、大きく口を開けて、ブレスを解き放つ。
 ブレスが直撃した闇の塊は、五つの精霊に別れて、地面にくずれこんだ。
 それと、同時に通路を塞いでいた岩も姿を消す。
 黒ずんで動かなくなった精霊達から、顔を背けて、ラセは正面にいる風の大精霊を再度見据える。
 その時、パチパチと拍手を鳴らす場違いな音が響いた。


「おめでとう。まさか、五つの精霊集合体を差し向けても、生き残っているなんて、さすが黒煙竜。一筋縄ではいかないね」


 柱の影から姿を現したのは、見慣れた砂色の髪の青年だった。
 だが、いつも以上に、闇の霧を体内から放っている。

「ウェイル。どうして、ウェイルが、妨害してくるの?」
「どうして?愚問だよ。僕を追いかけてくれるのは、僕のお姫様だけで、よかったんだ。
 他の者など、いらない」
「ウェイル?ウェイルが、何をしたいのか、わからないよ」
「僕は、君だけが、居ればよかったんだ。
 それなのに、君は、僕以外の人と仲良くなって」

 ウェイルは、ルイと黒煙竜を睨み付けた。

「勇敢なお姫様が、捕らわれの王子様を求めて奮闘する。
 素敵なお話だったはずなのに、台無しだよ」

 ウェイルは、台座に居る、風の大精霊へと、手を振れる。
 ラセは、ウェイルが、風の大精霊の正確な位置を把握していることに違和感を覚える。
 そして、ラセの予想は的中した。

「やっと、ラセと同じように、風精霊も見えるようになったのに」

 ウェイルが、風の大精霊の肩を抱く。
 闇化して虚ろな表情をしている風の大精霊は、ウェイルを拒まない。
 それどころか、寂しさを紛らわすように、身を寄せる。

「もっと、早く気付いていたらよかった。
 そうしたら、闇の霧に侵されたふりなど、しなくてよかったのに」

 ウェイルは、指を見つめる。

「ラセ。僕は闇化した風の大精霊を手懐ける事に成功したんだ。だから」

 ウェイルが、自らの指に嵌められている、指輪を外す。


「何者にも従わずに、二人だけで生きて行こう」



「ウェイル、駄目――――――――――――――――――――――――――――――!」



 ラセの悲鳴が、響いたと同時に、闇化した精霊達が、ウェイルに群がった。
 大量の闇化精霊が押し寄せる。

『ひとまず、退散しよう』
「でも、ウェイルが!」

 暴れて黒煙竜から落とそうになるラセをルイは必死に抱きしめる。

「ラセ。落ち着くんだ」

 黒煙竜が台座から、遠ざかる。
 闇化精霊に取り囲まれて、既にウェイルの姿は確認できない。
 それでも、ラセは喉が枯れるまで、ウェイルの名前を呼び続けた。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

序盤でざまぁされる人望ゼロの無能リーダーに転生したので隠れチート主人公を追放せず可愛がったら、なぜか俺の方が英雄扱いされるようになっていた

砂礫レキ
ファンタジー
35歳独身社会人の灰村タクミ。 彼は実家の母から学生時代夢中で書いていた小説をゴミとして燃やしたと電話で告げられる。 そして落ち込んでいる所を通り魔に襲われ死亡した。 死の間際思い出したタクミの夢、それは「自分の書いた物語の主人公になる」ことだった。 その願いが叶ったのか目覚めたタクミは見覚えのあるファンタジー世界の中にいた。 しかし望んでいた主人公「クロノ・ナイトレイ」の姿ではなく、 主人公を追放し序盤で惨めに死ぬ冒険者パーティーの無能リーダー「アルヴァ・グレイブラッド」として。 自尊心が地の底まで落ちているタクミがチート主人公であるクロノに嫉妬する筈もなく、 寧ろ無能と見下されているクロノの実力を周囲に伝え先輩冒険者として支え始める。 結果、アルヴァを粗野で無能なリーダーだと見下していたパーティーメンバーや、 自警団、街の住民たちの視線が変わり始めて……? 更新は昼頃になります。

全能で楽しく公爵家!!

山椒
ファンタジー
平凡な人生であることを自負し、それを受け入れていた二十四歳の男性が交通事故で若くして死んでしまった。 未練はあれど死を受け入れた男性は、転生できるのであれば二度目の人生も平凡でモブキャラのような人生を送りたいと思ったところ、魔神によって全能の力を与えられてしまう! 転生した先は望んだ地位とは程遠い公爵家の長男、アーサー・ランスロットとして生まれてしまった。 スローライフをしようにも公爵家でできるかどうかも怪しいが、のんびりと全能の力を発揮していく転生者の物語。 ※少しだけ設定を変えているため、書き直し、設定を加えているリメイク版になっています。 ※リメイク前まで投稿しているところまで書き直せたので、二章はかなりの速度で投稿していきます。

聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい

金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。 私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。 勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。 なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。 ※小説家になろうさんにも投稿しています。

異世界でお取り寄せ生活

マーチ・メイ
ファンタジー
異世界の魔力不足を補うため、年に数人が魔法を貰い渡り人として渡っていく、そんな世界である日、日本で普通に働いていた橋沼桜が選ばれた。 突然のことに驚く桜だったが、魔法を貰えると知りすぐさま快諾。 貰った魔法は、昔食べて美味しかったチョコレートをまた食べたいがためのお取り寄せ魔法。 意気揚々と異世界へ旅立ち、そして桜の異世界生活が始まる。 貰った魔法を満喫しつつ、異世界で知り合った人達と緩く、のんびりと異世界生活を楽しんでいたら、取り寄せ魔法でとんでもないことが起こり……!? そんな感じの話です。  のんびり緩い話が好きな人向け、恋愛要素は皆無です。 ※小説家になろう、カクヨムでも同時掲載しております。

【完結】魔王様、溺愛しすぎです!

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
「パパと結婚する!」  8万年近い長きにわたり、最強の名を冠する魔王。勇者を退け続ける彼の居城である『魔王城』の城門に、人族と思われる赤子が捨てられた。その子を拾った魔王は自ら育てると言い出し!? しかも溺愛しすぎて、周囲が大混乱!  拾われた子は幼女となり、やがて育て親を喜ばせる最強の一言を放った。魔王は素直にその言葉を受け止め、嫁にすると宣言する。  シリアスなようでコメディな軽いドタバタ喜劇(?)です。 【同時掲載】アルファポリス、カクヨム、エブリスタ、小説家になろう 【表紙イラスト】しょうが様(https://www.pixiv.net/users/291264) 挿絵★あり 【完結】2021/12/02 ※2022/08/16 第3回HJ小説大賞前期「小説家になろう」部門 一次審査通過 ※2021/12/16 第1回 一二三書房WEB小説大賞、一次審査通過 ※2021/12/03 「小説家になろう」ハイファンタジー日間94位 ※2021/08/16、「HJ小説大賞2021前期『小説家になろう』部門」一次選考通過作品 ※2020年8月「エブリスタ」ファンタジーカテゴリー1位(8/20〜24) ※2019年11月「ツギクル」第4回ツギクル大賞、最終選考作品 ※2019年10月「ノベルアップ+」第1回小説大賞、一次選考通過作品 ※2019年9月「マグネット」ヤンデレ特集掲載作品

魔境へ追放された公爵令息のチート領地開拓 〜動く屋敷でもふもふ達とスローライフ!〜

西園寺わかばEX
ファンタジー
公爵家に生まれたエリクは転生者である。 4歳の頃、前世の記憶が戻って以降、知識無双していた彼は気づいたら不自由極まりない生活を送るようになっていた。 そんな彼はある日、追放される。 「よっし。やっと追放だ。」 自由を手に入れたぶっ飛んび少年エリクが、ドラゴンやフェンリルたちと気ままに旅先を決めるという物語。 - この話はフィクションです。 - カクヨム様でも連載しています。

神による異世界転生〜転生した私の異世界ライフ〜

シュガーコクーン
ファンタジー
 女神のうっかりで死んでしまったOLが一人。そのOLは、女神によって幼女に戻って異世界転生させてもらうことに。  その幼女の新たな名前はリティア。リティアの繰り広げる異世界ファンタジーが今始まる!  「こんな話をいれて欲しい!」そんな要望も是非下さい!出来る限り書きたいと思います。  素人のつたない作品ですが、よければリティアの異世界ライフをお楽しみ下さい╰(*´︶`*)╯ 旧題「神による異世界転生〜転生幼女の異世界ライフ〜」  現在、小説家になろうでこの作品のリメイクを連載しています!そちらも是非覗いてみてください。

処理中です...