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海賊編 第十章 双子の王族

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「イハ王子。ティーラ姫をここに連れてくるわ。だから、どうか正気に戻って!」
「ティーラ」

 風精霊の威力が弱まる。
 その事に安堵しかけた時、突然、闇の霧が濃くなる。

「なんだ!」
「ひさしぶり。僕のお姫様」

 後ろから良く知ったぬくもりに抱きしめられた。

「ウェイル!」
「最近探してくれないから、着ちゃった」
「……ウェイル」

 ラセが、茫然としていると、ルイによって引き剥がされた。

「ラセから離れろ!」

 ルイに睨み付けられたウェイルは、平然とした表情を浮かべている。

「僕のお姫様は、意外と浮気性だよね。
 ホークに、パールに、そこにいる、海賊小僧に。
 そして、まさか、黒い棺の中身が、闇の帝国の守護魔神である黒煙竜だったなんてね。
 僕、焼いちゃうよ?」
「ウェイル冗談を言っている場合じゃないの」
「冗談など、言っていないよ。僕はいつだって本気だよ」

 ウェイルから、底知れぬ恐怖を感じる。
 ラセは、嫌な汗をかいた。

「僕、知ってしまったんだよね。真実を」
「真実?」
「そう、だから、これは、テストだよ。
 この試験に合格できなければ、君は、闇の帝国を倒すことも、僕を助けることも出来ない」
「……わかったわ。私はどんな試練でも、乗り越えてみせる!」
「それでこそ、僕の見込んだお姫様だよ」

 ウェイルは、闇の霧に溶け込みかけて、ルイの方へと目線を向けた。

「君は、いつまで、彼女の傍に居続けるつもり?」
「ずっとだ。お前みたいに、ラセを一人にしたくないから」

 ウェイルは、ルイの言葉に目を見張った。

「そう、なら、せいぜい頑張ることだね。ナイト気取りの小僧君」

 ウェイルは、今度こそ、闇の霧に溶け込んでいった。
 闇の霧は、室内に残ったままだ。
 イハ王子と、使役された風精霊にまとわりついている。
 闇の霧に取り込まれるのも、時間の問題だ。

「ロン。私をティーラ姫の元まで運んで!」

 今は、一刻も早く、ティーラ姫をこの場に連れてきて、イハ王子を正気に戻さなければ。
 



 怪我をしたゲオルグと気を失ったままのノーリア姫を、城の周りに待機していた救助班に託したラセ達は、黒煙竜の背中に乗り、夜の空を飛んでいた。
 港町をあっという間に越え、静まり返った海へと飛び出す。
 速度を落とすことなく、黒煙竜は、ティーラ姫が乗った船を目指して風を切る。

「あれ!」

 ルイが、船の明かりを見つけた。

「デチャニー船長の旗目印だ」

 二艘並ぶうちの一艘をルイが指差した。

「なら、もう片方の方が、ティーラ姫が乗っている船ね」

 ロンにお願いして、船の上空まで、移動する。
 黒煙竜に気付いた、船から大砲が放たれる。
 黒煙竜は避ける、そぶりすら見せずに、結界で大砲の弾を弾き飛ばした。

「これでは、船に降りられない」
「俺が何とかする」

 ルイは、懐に隠し持っていた筒に火をつけた。
 音を立てながら、空高く上がる光の玉。
 その玉を見た、デチャニーの船から、大砲が止んだ。

「やっぱり気付いてくれたか」
「この筒はなに?」
「これか。これは、緊急連絡用の火筒だ。海賊ごとに信号弾が異なりって、難しいことはともかく、これで、味方だと、デチャニーの船が認識してくれるんだ」
「なんだかよくわからないけれども、便利な物なのね」

 デチャニーの海賊船から、見知った人達が甲板に出て来た。
 その中にクレイもいて、ラセの背筋が凍りつく。

「取りあえず、俺だけ降りて事情を説明してくる。だから、ラセはここに居てくれ」
「私も行く」
「ラセ」
「だって、もう、逃げたくないもの」

 ラセは、帽子を取った。
 長いポニーテールの髪があふれ出す。
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