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海賊編 第八章 棺

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 強引に逸らした反動で、イハ王子はバランスを崩す。

「セントミア!」

 イハ王子がバランスを崩している間に、ラセは、ペンダントの蓋を開けて、短槍を取り出す。
 使い慣れた短槍は手になじみ、ラセは戦闘態勢を整えた。

「イハ。この子を攻撃しては駄目」
「王妃。夢を見続けるのはいいかげんやめろ。

 セラ姫が死んでから何年たった?
 貴方は、セラ姫の事ばかり考えてすこしも、俺とティーラ姫を顧みなかった」

「……それは」

 イハ王子の言葉にロティーラはうろたえた。

「……そうね。

 確かにイハの言う通りだわ。
イハとティーラが生まれた時、わたしは丁度自分のやりたかったことを実行できる機会を与えられた。
わたしは、子育てを教育係りにまかせっきりにして、仕事に専念してしまった。
今思えばとても後悔しているわ。
だから、セラだけは、自分の手で育てあげてあげたかった」
 ラセの胸の中に、ロティーラ王妃の言葉が響く。
 ラセは、自分が大事に思われていたことを知った。

「セラ姫は、もうどこにも居ないのだ!
 どうして、今ここに居る俺とティーラ姫を大切に出来ないんだよ!」

 イハ王子の憤りが、ロティーラ王妃に向けられる。
 イハ王子もロティーラ王妃に大切に扱われたいのだ。
 ラセは、短槍を構えるのを止めた。
 同時に短槍が珊瑚色の光となり、ペンダントに戻った。

「……セラ姫は、公開処刑で死亡しました。
 ここにいるのは、ただの小娘です」

「セラ」

 ラセは、踵を返した。

「もう行きます」
「待って!これからセイハ達が来ることになっているの。
 会って行ってくれない?」
「……私ごときが、王に会う資格などありません。
 どうか、残されたご家族を大切にしてあげて下さい」
「セラ」

 拒絶をするラセに対して、ロティーラ王妃はイハ王子の手前強気に出られなかった。

「逃げるのか?」

 イハ王子はラセを睨み付けた。

「私の使命は闇の帝国を倒す事のみ。
手がかりである棺を入手する為に、侵入したまでです。
 王妃をたぶらかす気など初めからありません」
「お前が、闇の霧の間者ではないのか?」

 イハ王子は訝しげな眼差しをラセに向けた。

「……闇の霧の間者と疑われるのは、慣れています。
 けれど、私は闇の霧に侵される事すら、許されない者」

 ラセは、珊瑚色に輝くペンダントを握りしめた。


「真に闇の帝国を倒したいのであれば、私の邪魔をしないで下さい。
 闇の霧に侵された風の大精霊を解放出来るのは、私だけです」


 イハ王子は、ラセの気迫に圧倒された。

「マム。ガベルさん。荷台借りて行きます」

 ラセは、棺を積んだ荷台を押し始めた。

「おい、一人で行く気か?」
「私にはセントミアと精霊の加護があるから」

 ラセはペンダントをにぎりしめた。
 そこに婚約指輪が無くても、もう気にしなかった。
 闇の帝国と戦えるだけの力は、まだ残って居るのだから。

「あいかわらず、強情だね。
 それとも、誰も信じられなくなったかい?」

 マムに図星を言われて、ラセは足を止めた。

「何を信じれば、いいのですか?」

 振り返ったラセの目には、涙の跡が残って居た。
 家族だった王族に公開処刑させられて。
 家族だと言ってくれた海賊団に殺されかけて。
 恩師だったマムにも騙されて。
 何かを信じられる方が可笑しかった。
 だから、与えられた使命だけを忠実にこなすだけだ。
 荷台を押してこの場を去ろうとするラセを引き止められる者は、この場には居なかった。
 外へと続く門を潜ろうとした時、光の向こう側に人影が見えた。

「ラセ!」

 進行方向から聞き覚えのある声が聞こえた。

「……ルイ?」
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