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海賊編 第七章 昔の名前
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しおりを挟むルイと別れた後。
自室の前まで来たラセをチャナは、海賊を引き連れて待ち構えていた。
「チャナ様何か御用ですか?」
ラセが、チャナに問いかけると、使用人服を投げつけられた。
「え?」
ラセは状況がわからずに、困惑した。
チャナが堂々と立っていて、後ろに居る海賊達は下品な笑みを浮かべている。
「今日から、チャナの使用人をするである!」
「えっと、はい?」
ここから、悪夢が始まるとは、ラセはこの時まだ気付けなかった。
「使用人!チャナに服を着せるである!」
「使用人!チャナの靴を磨くである!」
「使用人!床が汚れている!拭け!」
フォーチューン国から船が出航してから、ラセは、チャナの使用人として、働いた。
海賊達も調子に乗り、チャナをまねてラセを使用人として扱うようになった。
ラセは、文句ひとつ言わずに働いた。
始めのうちは当番制を守るようにクレイから言われていたので反論したが、クレイがあっけなくチャナ嬢は特別だからと告げると、仕事は瞬く間にラセに集中した。
他の海賊達は、チャナに媚を売り、遊び、だらけまくっている。
時々わざと汚されたり、仕事の邪魔をしてきたりする。
全てチャナの差し金であるとわかっていたが、ラセはひたすらに耐えた。
仕事をしている時は、余計な事を考えずにすんだ。
だから、ラセは仕事に没頭した。
「最近やつれたんじゃないの?」
元から細いラセの手首を握り、トタプは、心配した。
「……大丈夫だから、気にしないで」
「そう?あまり無理はしないでね」
「わかった。トタプの食事はいつもおいしいから好き」
ラセがパンを頬張るとトタプは安心して去って行った。
ラセは食事を終わらせると甲板へと出た。
そこで、立ち止まり空を見上げる。
満天の星空。
前にルイと見張り台の上で眺めた光景を思い出した。
ルイは今日はいるのだろうかと、探すと見張り台に姿を発見した。
「ル……」
声をかけようとして、言葉が続かなかった。
見張り台に居たのは、ルイだけではなかった。
ルイに支えられて、夜空に手を伸ばして楽しんでいるのは、チャナだ。
ルイととても親しげに会話をしている。
ラセは、とっさに自室へと逃げ帰った。
鍵を閉めて、寝台に潜り込む。
頭からルイとチャナの姿が消えない。
-俺と一緒のときは、こっそりまた見張り台に、あげてやるからよー
ルイと約束した言葉が蘇る。
あの時の約束は、まだ果たされていない。
「息苦しい」
ラセは、首元を伸ばした。
ルイとチャナが仲良くしていると、なぜか胸が痛む。
ウェイルとホークが親しく話している時も、切ない気持ちになった。
新入りだった頃は、海賊船の人達はとてもよくしてくれた。
クレイもラセが仕事をしすぎないように注意してくれたし、危険な事はさせなかった。
でも、チャナが来てから、ラセは可愛がられなくなった。
気を使われなくなったし、それどころかただ仕事をこなすだけの道具のような生活をしている。
帰りたいと思えた場所だったはずなのに、海賊船に居るのが辛い。
すがる物の無くなったラセは、眠りへと逃げ込むしかなかった。
辛い夢を見た。
王国から追われる夢。
逃げ出す事しか出来なかった幼い自分。
精霊とセントミアに生かされて、死ぬことさえ許されない生活で、闇の霧を追い続けた。
「ウェイル」とすがろうとして、居ないことに気付く。
水の大精霊の命令で、ラセを構ってくれていたウェイル。
対価の為に、ラセを守るセントミア。
一人ぼっちの暗闇に立ちつくすラセ。
「ラセちゃん?」
何もない暗闇の中、おいしい匂いがした。
ラセは、その匂いに誘われて、目を覚ました。
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