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海賊編 第五章 李祝

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「な!」

 チャナは、狼狽した。

「そんな。チャナの家臣達が……」

 チャナは、衝撃のあまり一人で立っていられなくなった。
 倒れそうになったチャナを護衛の人達が支える。

「…つき」

 チャナは、涙を目浮かべて、ラセを睨み付けた。
「嘘吐き!闇の霧より、李祝を助けてくれるのではなかったか!」
「……」
「そちは、嘘吐きである。大嘘吐きである!」

 チャナは、泣き叫んだ。
 ラセは、泣き続けるチャナを見つめる事しか出来なかった。
 闇の霧から、李祝を救いたいと思った気持ちは本当だった。
 だけど、何年かかってもウェイル一人すら救えないラセには、初めから困難な事だったのかもしれない。

 王国でテールと呼ばれ闇の霧の関係者を懲らしめて来た。
 人よりも、体術が得意で、身体が身軽で、精霊の力も借りることが出来る。
 おまけに、セントミアも闇の霧から守ってくれるから、調子に乗っていたのかもしれない。闇の霧をあなどっていたのかもしれない。
 チャナの家臣を闇の霧に侵させたのは、間違いなくウェイルである。
 そして、ウェイルを逃したのは、ラセ自身である。

 チャナを慰める権利など、ラセにはなかった。
 嘘吐きと呼ばれても、否定出来なかった。
 ラセは実際、李祝の家臣を救えなかったし、敵であるウェイルとのつながりを隠しているのだから。

「こっちの闇の霧は無くなったのか?」

 クレイが、走ってやって来た。

「後、茶畑の闇の霧も始末しました。これで安心ですね」

 チャナの代わりに、チャナの護衛が答えた。

「おい。浜辺の闇の霧はどうなった?誰か対応に向かっているのか?」
「浜辺の闇の霧?何の事ですか?」

 護衛は、情報に無いと首を傾げた。

「もしかして、誰も対処してないのかよ!」

 クレイは舌打ちを打った。

「ルイが、ラセを迎えに浜辺に向かったんだ。このままだと、ルイが危ない!」
「ルイが……あぶない」


―俺も待っているよ。ラセが戻ってくるのを―

 待っているって言っていたのに。
 どうして、危険を冒してまで、ラセを迎えに行こうなどと考えるのだろうか?

「精霊お願い!ルイの居場所まで案内して!」

 周りに人がいることなど、気にしていられなかった。
 ラセが風と水の精霊にお願いすると、誘導するように、前を飛んでいく。
 その後を、ラセとセントミアは追いかける。

「今のは?」

 精霊が見えていない人々にとっては、ラセが奇妙な事を口走り勝手に走って行ったようにしか、見えなかっただろう。
 だが、チャナは、唇をかみしめた。

「ラセは、精霊が見えるであるか?」

 水の精霊が見える者は、優遇される。
 フォーチューン国本島の王家が常に求める人材である。

「ラセを使えば、きっと王家はチャナの言うことを聞くである」

 国家の宝を失い、海の加護を得られなくなり、国力の落ちたフォーチューン国。
 フォーチューン国は、常に水の加護を求めている。
 チャナは、壊れた人形のように笑い出した。

 利用してやるである。家臣を救えなかったラセを。

 ラセに対する憎しみが芽生えたチャナは、どうやってラセを苦しめようかと、歪な笑みを浮かべた。







 精霊達に案内されて、ラセは、浜辺への道を走っていた。
 闇の霧がだんだんと濃くなっていく。
 浜辺から発生した闇の霧の範囲が急激に広がっていると精霊が教えてくれた。
 ラセはいまだにルイの元へとたどり着けずに、焦っていた。
 ウェイルを失った時の悲しみを知っているから、ルイを失いたくなかった。

 闇の霧が不自然に晴れた場所を発見した。
 確認すると、精霊達が力を合わせて、闇の霧を追い払っていた。
 そして、地面に横たわって居たのは、見慣れた金髪の髪の少年だった。

「ルイ!」

 精霊に守られているルイの元へと駆け寄った。

「ラセ。良かった無事で」
「ルイの方こそ、大丈夫?闇の霧に侵されてない?」
「だい…じょうぶだ。俺には見えてないけど、精霊達が助けてくれたんだよな」

 ルイは、見えていないはずなのに、精霊達に微笑んだ。

「ルイは精霊を信じるの?」
「少なくとも、魔法はこの世界に存在するのを、この前棺を発見した洞窟で見せつけられたからな。魔法の素である精霊がいてもおかしくはないだろ」
「ルイ」

 ルイが無事だったことも、ルイが精霊の存在を認めてくれたことも嬉しかった。

「船に戻ろうか?」

 ラセは、ルイを抱き上げた。

「ちょ!立場が逆なんじゃ!」
「ルイは、安静にしていて」

 照れて腕の中であばれるルイをなだめる。

「一人で歩けるって」
「先まで、倒れていた人のセリフじゃない」
「っ」

 ルイは悔しそうな顔をして、ラセに身を委ねた。
 恥ずかしいのか、顔を下に向けている。
 髪の隙間から見える耳が真っ赤に染まっている。
 それを可愛く思いながら、ラセは、ルイを抱えて海賊船へと戻る道を歩いた。



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