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海賊編 第二章 義賊テール

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 ラセは、一歩後ろへと下がった。
 頭に付けた頭巾が揺れる。

「あら、おかしなことをおっしゃるのね。
 わたくしは、貴方が思うほど、美しくはなくってよ」

 ノーリアは、どこか遠くを見つめて悲しげな笑みを浮かべた。
 ラセは、その言葉を肯定したい気持ちを抑えて必死に下を向いたままでいた。
 あなたの汚さなど、私が一番よく知っております。

 ラセは、かつて、ノーリアと別の形で出会っていた。
 でも、それは所詮過去の事。
 今は、マムから与えられた任務を忠実にこなすだけだ。

「貴方は、わたくしの昔の友にとてもよく似ているの。
 貴方が、わたくしと仲良くしてくださったのならば、わたくしは、過去の過ちを許されると思っていたのだけれども」

 ノーリアは、目を悲しげにふせた。

「どうやら、それは、かなわぬ願いのようです」

 どこか諦めの表情を浮かべたノーリア。

「仕事は、忠実にこなします」

 ラセは、その言葉だけを告げて、ノーリアの部屋から失礼した。




 

 ノーリアは、本当にラセの事を諦めた様で、時々目が合っても、話しかけては来なかった。
 ラセは、あいかわらず、大量の仕事を頼まれていた。
 手の空いた使用人が、ノーリアの相手をしている。
 今のラセにとっては、仕事よりもノーリアの相手をしてくれている方がずっとありがたかった。

「まあ。舞踏会ですの」

 ノーリアは、王族が集まる舞踏会に招待されたらしい。
 掃除をしながら、ラセは、ノーリア達の話を盗み聞きしていた。

「お供は誰に致します。ノーリア姫」

 取り巻きの侍女達が、ノーリアのお供を狙っているのが窺えた。
 ノーリアは、悩むそぶりをした後、おもむろに、ラセを指名した。

「彼女に致しますわ」

 掃除道具を持ったラセは、他の使用人と比べても薄汚れた格好をしていた。
 その恰好のラセを見て、侍女と使用人達は、顔を歪めた。

「えっと、ノーリア姫。失礼ですが、ラセはふさわしくありませんわ」
「そうですわ。あのように、家事しか出来ず、ろくに会話も出来ない娘など」

 侍女達の話を黙って聞いていたノーリアは、首を横に振った。

「ラセに何かを喋ってほしいわけではありません。
 ただ、傍に控えわたくしを守って頂きたいのです。
 貴方達に、わたくしを守り通せますか?」

 ノーリアは、諭すような笑みを浮かべた。
 他の侍女や使用人は、知らないが、ラセは、闇の霧捜索部隊情報部の人間である。
 当然護身術など身を守るすべを身に着けている。

「そ、そのような、護衛は、騎士の仕事ですわ」
「そうですわ。姫君のお供は、姫君が社交する時に、困らないように支援することですわ。
 この娘に、そのような芸当が出来る訳がありませんわ」

 侍女達の意見は、もっともだ。
 ラセもその意見に賛成である。
 第一王族が集まる舞踏会に参加するなど、嫌悪しか感じない。

「姫君。お言葉ですが、侍女達の意見が正しく思います。
 どうか、姫君のお供を望むもの達からお選び下さい」

 ラセが、頭を下げて頼むと、ノーリアは、悲しげな表情を浮かべた。

「貴方は、なかなか落ちませんのね。
 殿方を落とすよりも、苦労致しますわ」

 ラセは、その言葉に微笑を浮かべるだけに止めた。

「しかたがありませんわ。さて、どなたをお供に致しましょうか?」

 ノーリアの言葉に、群がった侍女達は、自分がいかにふさわしいかを演説し始めた。
 その様子を微笑ましく思いながら、ラセは、別の掃除場所へと向かった。



「今度開かれる王族主催の舞踏会にて、闇の帝国の関与が予想されるとの報告があったよ。
 もしもの時に備えて、あんたは、会場を張っておいておくれ」
 マムに呼び出されて、ひさしぶりに情報屋を訪れたラセは、奥の部屋で、先ほどの言葉を告げられた。
「承知致しました。マム」

 部屋のドアノブに手を開ける。

「待ちな。まだ、話は終わっちゃいないよ」

 マムに呼び止められて、ラセは振り返った。


「あんた、ノーリア姫とあまり仲が良くないようだね」

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