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唐突ランキング 『真夏の夜の怪談』
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唐突度 83 Aランク
実話怪談 『真夏の夜の怪談』
著 怪談野郎
◆ ◆ ◆
……それは、真夏のとてもとても蒸し暑い日のことでした。
私の住む築100年はあろうかという古びたアパートに、一本の電話が掛かってきたのです。
その時、台所で冷やした西瓜を切っていた私は、突然のスマホの呼び出し音に飛び上がらんばかりに驚き、手元を狂わせて包丁で指を切ってしまいました。
「あいたたた……絆創膏貼らないと……」
私の指からしたたり落ちる、赤い液体。
それと同じように、まな板に置かれた西瓜の断面からは、それはとてもとても鮮やかな、真っ赤な血のような汁がしたたり落ちていました。
あまりにその西瓜が美味そうに見えたため、私は絆創膏を探す前に、思わず西瓜にかぶりついてしまいました。
「う……美味い!!西瓜サイコー!!西瓜バンザイ!!」
私はわざとらしく部屋の中で叫びましたが、実は心中ではあることに気付きながら、気付かないふりをしていました。
そう、西瓜はあまり冷えていなかったのです。
私は洗い場のタライに水を張って、その中に西瓜を入れて冷やしていたのですが、これは一見とても冷えているかのように見えるものの、実はその内部に至るまではあまり冷えていません。
その事実に気付いていながら、私は気付かないふりをしていました。
何故なら、西瓜はたった一個しか買っていなかったからです。
経済的な問題もあり、その西瓜は今年の夏、私が口に出来る唯一と言って良い、『なけなしの西瓜』だったのです。
その『なけなしの西瓜』を、『冷やし』に失敗してとてもまずい仕上がりにまとめ上げてしまったとは、口が裂けても言えません。
口が裂けると言えば、丁度部屋のテレビからは、心霊番組の『口裂け女』の映像が流れていました。
画面の中の口裂け女は、マスクを取って「私って綺麗?」と質問を投げかけています。
知らねーよ!!
自分で考えろ!!
丁度境界線上にいてもそんなこと聞かないaikoを見習えバカ!!(?)
指のズキズキは治まらないし、大事な西瓜を無駄にしてしまったことに、私は腹を立てていました。
口裂け女には申し訳ないのですが、口裂け女の綺麗さについて考えをまとめる余裕など、今の狼狽した私にはなかったのです(まあ口裂け女本人には、そんなことは口が裂けても言えないのですが)。
それこそ、こんなまずい西瓜はカブトムシのエサにでもしてやろうかと私は思いました(aikoだけに。違うか!!わっはっはっは!!)。
……。
……。
……。
……その間も、電話の音は止むどころか、寧ろその音を増すような勢いで、部屋中に鳴り響いていました。
「うるせーし痛てーし西瓜はぬりーしよ!!一体どうなってんだこの国は!!保育園通った!!日本生きろ!!」
ついに堪忍袋の尾が切れた私は、2階のアパートの窓から西瓜を力任せに投げ捨てました。
すると、下にはなんと大家さんがいて、西瓜が顔面を直撃し、あろうことか西瓜の中に顔がすっぽりと収まってしまったのです。
遠目にはあたかも西瓜ヘルメットを被っているかのように見えるため、へへへ、気分はまるで出川哲朗の充電させてもらえませんか、これでノーヘルで充電バイクにも乗れるゼなどと、馬鹿な理屈は通用しません。
大家さんは西瓜型のフルフェイスヘルメットのような得体の知れない物を被ったまま、激怒して私の部屋に怒鳴り込んできました。
大家さんの怒りは当然でしたし、生来不感症の私にも十二分に理解出来得るものでしたが、だからといってドアを開けて会う謂われはないように、何故かその時の私には思われたのです。
当然大家さんは更に怒りを増幅させて、ドアを壊れんばかりの勢いで叩きましたが、私は存在しない設定になっているのです。
どんなに激怒しようと、どんなに西瓜を目深に被ろうと、そこにいないものはいないのです。
それから何分が経過したでしょうか、怒り疲れたように大家さんは去っていきましたが、その程度で諦めるぐらいなら、最初からツッパってんじゃねえよ!!俺は!!お前の怒りに合わせて生活を左右されるほど!!生温い人間じゃねえ!!このゴク潰し西瓜トラウマ悪たれ坊主がッ!!
自分でもちょっと何言ってるか分かりませんでしたが、少し恫喝してやればすぐに音を上げるだろうといった、その大家さんのどこまでも甘ったれた島国根性が、その時の私にはどうしても許せるものではなかったのでした。(?)
が、私が許そうが許すまいが、今後大家さんの生活に何か支障が起きる訳でもないですし、だったら初めから言わなければいいのにと思います。
私がそんな支離滅裂なことを考えていると、アパートの大家さんがやってきました。
先程の人物とは別の人物です。何故なら、先程の西瓜を被った人物は大家(おおいえ)さんという名前の一階に住んでいるいい歳した無職のオッサンであり、今来たのは本物のアパートの大家さんだからです。
本物も何も大家さんは一人しかいないのですが、おおいえさんみたいな人がいるから、このアパートは紛らわしいことになるのです。
いっそのことおおいえさんが大家さんになれば、こんな紛らわしいこともなくなるーーー滞納していた家賃の徴収でした。大家さんの来訪の目的は。
とてもとても払いたくなかったので、払いたくない→はらいたくない→腹いたくない→腹痛くない?ということで、お腹が痛いふりをして誤魔化しました。
このままやり過ごせるのかなー?そだねーと何となく思っていたら、見逃す気など露ほどもない阿修羅のような形相をした人が、そこに立っていました。気分はすっかりアウトレイジの役者気取りです。
状況は完全な修羅場。電話も相変わらず鳴り続けていますし、切ってしまった指は痛いし、もうほんと最悪な状況です。
しかし、そんな最悪の状況にも関わらず、その時私の脳裏には、まるで別のことが浮かんでいたのです。
『ア~イエオ~イエ俺入江~!!ア~イエオ~イエ俺入江~!!』
なんと、先程のおおいえさんとの一悶着のおかげで、極めてくだらないネタを演じるカラテカ入江の映像が、脳裏に浮かんで離れなくなってしまったのでした。
思わず吹き出しそうになるのをこらえた私でしたが、入江のくだらない動きと内容の威力は凄まじく、何秒も持ちそうにありません。
そうして、ついにはその場で腹を抱えて笑い転げてしまいました。
「わはははははは!!い、入江、なんで入江やねん、く、くだらなすぎるわ!!」
滞納された家賃の徴収という、どこまでもドライな目的を果たしに来ている大家さんに、そんな私のおちゃらけぶりが面白いはずはありません。
「なんだねチミは!!人が真剣な用事で来ているのに、ふざけてるのかね!!」
「い、いや、すいません、おおいえが入江と再開を果たしてネタがああ言えばおお言えでたまに相方矢部のしょーもない漫画のことも脳裏をちらついてしまいまして」
などと、訳のわからない弁解をしますが、激昂する大家さんに通じるはずはありません。
「一体なにを言ってるんだねチミは!!頭の方は大丈夫なのかね!!」
いや、大丈夫なのかね!!と問われると、当の私にも自信はありません。
しかし、自信がないからといって、これ以上今の自分をどうこうすることは出来ないのですから、この問いに答える意味はないように思われますし、だったら初めから意味のないことを聞くな!!じゃあ聞いて「大丈夫じゃありません」とでも答えたとして、その後一体どうすればいい!?お互いになんか気まずくなるだけだろ!!この金のことしか頭にない拝金愚銭争王(ハイキングウォーキング)が!!
頭に血が上った私は、エドはるみのネタのように、思わず大家さんの顔にグーパンチを何発もお見舞いしてしまいました。
後半のグーググーを言い終わるか終わらないかというタイミングで大家さんは昇天してしまいましたので、最後のコー!!の決めポーズを取ることはできませんでしたが、事実は小説より奇なり、そう何もかも自分の思い通りに事が進むはずはないため、ここは自重しようかと思いましたが、やはりどうしても決めポーズを取らなければエドはるみにも失礼と思いましたし、自分自身とても納得できるものではなかったので、倒れて意識のない大家さんを眼下に決めポーズを取り写真をSNSにアップさせて頂きました。
これらの私の行動は完全な自己満足によるものでしたが、それでもいくばくかの満足感は得られました。と思った矢先、騒ぎを聞き付けた周辺住民に警察を呼ばれましたので、ひとまず財布とスマホを持って行方をくらましました。
これってひょっとして傷害事件じゃね?更に逃亡して罪重くなんじゃね?と思いましたが、今更どうすることも出来ません。ここまで事が大きくなってしまった今となっては、自分にとってはエドはるみを模したほんのお遊びのつもりだったなどという、稚拙な言い訳は通用しないのです。
このまま私が逮捕でもされてしまえば、明日の朝刊に『日中のアパートで傷害事件発生。容疑者は誰かにグーググーを試したかったなどと、意味不明の供述をしている』などと、ブンヤに面白おかしく好き勝手なことを書かれてしまわないとも限りません。
いや、早く自首せいよという誰かの声が聴こえた気がしましたが、『入江とグーググーで逮捕』という本当に間抜けな逮捕理由だけは絶対に避けなければならなかったため、しばらくはこのまま行方をくらまさせて頂こうかと思いました。
と、ここまで考えて、まだ相変わらず電話が鳴り続けていることに私は気付きました。最初に電話が鳴り始めてから、ゆうに一時間は経過したと思いますが、ここまでずっと鳴り続けているというのは異常としか思えません。
私は震える手を何とか抑えると、恐る恐る電話を取りました。
そう、本当の怪談はここから始まるのです……(本当も何も前半くだらないことしか起こっていない気もしますが)。
「もしもし?あ、自分やっと電話取りよったな。こっちは一時間も鳴らしてたんやで!!」
いや、そこまで出ないなら、ひとまず電話切って後で掛け直せよとは思いましたが、別にどう掛けるかは向こうの自由かとも思いましたので、私はその言葉をぐっと飲み込みました。
「あのー、どちら様でしょうか?」
「わからんか?俺や俺、中学の時同級生やったYや」
「Yくん……?え!?あのYくん!?えらい久しぶりやなぁ!!」
Yくんは中学生時代、私の大親友だったのですが、別の高校に進学したことでその後は疎遠になっていました。そのYくんが久しぶりに電話をくれたことで、私は逃走中(テレビのようにお金でも貰えると良いのですが)であることも忘れ、すっかり上機嫌になってしまいました。
「嬉しいわぁ。電話ありがとう。ほんま懐かしいわぁ」
「うん。今俺の会社が休みやから、どうしてるんかなぁ思て。自分今何してるん?」
まさか大家を殴って逃走中とは、口が裂けても言えません。
「い、いや、まぁ入江とかグーググーとか色々ちょっとなぁ」
「あん?何訳わからんこと言うてんねん。自分もし暇なんやったら、俺の実家けえへんか?周りなんもない山ん中やから、ゆっくりできるで」
Yくんの申し出に、私は一も二もなく飛びつきました。
「ええなぁ!!そんな山ん中やったら警察……あわわ、人の目も気にならへんやろし、今から行くわ!!」
「おお、なんや、自分えらい乗り気やなぁ。ほんなら、場所は〇〇の〇〇やから、待ってるで」
そう言って電話を切ると、私は駅に向かって颯爽と走り出しました。
そう、今までのことは全て悪い夢だったのです。気がつくと、指の傷もすっかり塞がっており、痛みも完全になくなっています。
私は満面の笑みを浮かべると、光り輝く未来へ向かって颯爽と走り出すのでしYくんから再び電話が掛かってきました。
「ところで、さっき警察とかなんとか」私はすぐさま電話を打ち切り、また満面の笑みで颯爽と走り出しました。
駅に着き、しばらく電車を乗り継いで揺られていると、Yくんの言っていたド田舎村に辿り着きました。
ここでパトカーでも待っていたらある意味腹を抱えて笑えたのですが、ド田舎村の駅にはYくんが車で迎えに来てくれていて、誰かの期待通りの展開にはなりませんでした。
「おう!!久しぶり久しぶり!!」
「わざわざ迎えに来てくれたんか。ありがとうなぁ」
ひとしきり再会を喜ぶと、私たちはYくんの実家に向かって山中の道を走り出しました。
道中の車内で、Yくんは私にこう尋ねました。
「なぁ、たしか電話で警察とか……」
「うるせえッ!!黙って運転しやがれッ!!この人の言ったことは絶対に覚えるマンがッ!!」
そんな摩擦やすれ違いもありながら、およそ考え得る限り最悪の雰囲気で、私たちはYくんの実家に辿り着きました。
実家ではYくんのお母さんが暖かいお風呂とあまり美味しくなさそうな食事を用意してくださっており、その真心がささくれ立った私の胸に染み入りました。
遠慮することもなくYくん家のきったないお風呂を借りると、「へっへっへっ。赤の他人なのにこの家の一番風呂を頂いてやるゼ。それにしてもきったねぇ風呂だなぁ。大丈夫か?逆に身体が汚れたりして」とか冗談で言っていると、外から薪を焚いてくださっているお母さんの声が聴こえてきたので、慌てて口を閉ざして湯舟に飛び込みました。
「湯加減はどうかね?」
「あ、すいません、ありがとうございます!!ちょうどいい感じです!!」
本当は少し、いえ、大分かなりマジ寒かったので、普段の私であればババアの肛門に稲妻の如き浣腸を喰わせるところでしたが、季節はちょうど夏でしたので、まあ水風呂もたまにはいいかということで、温度調節を間違えたババアが期せずして季節に助けられた格好となりました。
その後、あまり美味しくなさそうに見えて、その実やはりあまり美味しくない食事を済ませると、山の中ということもあり、辺りはあっという間に暗くなり、私たちは就寝することになりました。
「オイ、オカンがお前のこと、あんまり感じ良くない言うてたで。お世辞言えとは言わんまでも、もう少し気ィ利かしてくれな困るで」
就寝前のこのYくんの一言には、就寝どころかババアを終身させたろかと思いましたが、さすがに色々ありすぎてババアの寝込みを襲撃する余裕もなく、私はそのまま泥のように眠りこけてしまいました。
その時、私は気付いていなかったのです。
この夏の夜、とてつもない恐怖が私の身に訪れていたことに……。
次の日の朝、あまりに心身共に疲れすぎていた私は、Yくんに身体を揺り動かされてようやく目覚めました。
「ようやく起きたか。自分、まるで眠ったように死んで……いや、死んだように眠ってたんやで」
まだ寝ぼけまなこの私は、全身を引っ掻きながらYくんの声に応じました。
「おはよ……。つーか痒っ。痒いな……」
私は寝ている間に、全身を無数に蚊に刺されていました……。寝ている間に掻きむしったのでしょう……全身の至るところから……昨日切った西瓜の断面のような……真っ赤な血が滲んでいます……。
「あれ?蚊取り線香消えてるやん。おかしいな、昨日確かに点けたはずやのに……」
点けたはずの蚊取り線香が、何故か消えている……。
しかし、そんなことより私を驚愕させたのは、Yくんの次の言葉でした……。
「自分めっちゃ刺されてんで。そない蚊ぁいたんか」
その時です……。
夏だというのに真冬の山中の冷気のように、冷たく禍々しい恐怖が、突然私の全身に覆いかぶさってきたのです……。
その全身から冷や汗が零れ落ち、ガタガタと全身を震わせる痙攣は、無限に続く悪夢のように思われてなりませんでした……。
「お、おい、どないしたんや!!大丈夫か!?」
私の頭はまるで譫言のように、その恐怖の呪文を繰り返していました……。
そない蚊ぁいたんか……蚊ぁいたんか……蚊いたんか……かいたんか……かいだんか……怪談か……。
……。
……。
……。
……そう、これが今回の怪談のオチであることに、私は震え上がっていたのです……。
これを見た方々の反応が、私にとっての一番の恐怖であることは、最早言うまでもありません……。
あと、語尾に……を付けると、少し怪談っぽく聞こえることを、今回初めて私は発見しました……。
あと、友人が関西弁であることから、今回のオチが読めたという人は、天才を名乗ってよいと思われます……。
◆ ◆ ◆
実話怪談 『真夏の夜の怪談』
~完~
いや、~完~じゃねえよ!!
実話怪談 『真夏の夜の怪談』
著 怪談野郎
◆ ◆ ◆
……それは、真夏のとてもとても蒸し暑い日のことでした。
私の住む築100年はあろうかという古びたアパートに、一本の電話が掛かってきたのです。
その時、台所で冷やした西瓜を切っていた私は、突然のスマホの呼び出し音に飛び上がらんばかりに驚き、手元を狂わせて包丁で指を切ってしまいました。
「あいたたた……絆創膏貼らないと……」
私の指からしたたり落ちる、赤い液体。
それと同じように、まな板に置かれた西瓜の断面からは、それはとてもとても鮮やかな、真っ赤な血のような汁がしたたり落ちていました。
あまりにその西瓜が美味そうに見えたため、私は絆創膏を探す前に、思わず西瓜にかぶりついてしまいました。
「う……美味い!!西瓜サイコー!!西瓜バンザイ!!」
私はわざとらしく部屋の中で叫びましたが、実は心中ではあることに気付きながら、気付かないふりをしていました。
そう、西瓜はあまり冷えていなかったのです。
私は洗い場のタライに水を張って、その中に西瓜を入れて冷やしていたのですが、これは一見とても冷えているかのように見えるものの、実はその内部に至るまではあまり冷えていません。
その事実に気付いていながら、私は気付かないふりをしていました。
何故なら、西瓜はたった一個しか買っていなかったからです。
経済的な問題もあり、その西瓜は今年の夏、私が口に出来る唯一と言って良い、『なけなしの西瓜』だったのです。
その『なけなしの西瓜』を、『冷やし』に失敗してとてもまずい仕上がりにまとめ上げてしまったとは、口が裂けても言えません。
口が裂けると言えば、丁度部屋のテレビからは、心霊番組の『口裂け女』の映像が流れていました。
画面の中の口裂け女は、マスクを取って「私って綺麗?」と質問を投げかけています。
知らねーよ!!
自分で考えろ!!
丁度境界線上にいてもそんなこと聞かないaikoを見習えバカ!!(?)
指のズキズキは治まらないし、大事な西瓜を無駄にしてしまったことに、私は腹を立てていました。
口裂け女には申し訳ないのですが、口裂け女の綺麗さについて考えをまとめる余裕など、今の狼狽した私にはなかったのです(まあ口裂け女本人には、そんなことは口が裂けても言えないのですが)。
それこそ、こんなまずい西瓜はカブトムシのエサにでもしてやろうかと私は思いました(aikoだけに。違うか!!わっはっはっは!!)。
……。
……。
……。
……その間も、電話の音は止むどころか、寧ろその音を増すような勢いで、部屋中に鳴り響いていました。
「うるせーし痛てーし西瓜はぬりーしよ!!一体どうなってんだこの国は!!保育園通った!!日本生きろ!!」
ついに堪忍袋の尾が切れた私は、2階のアパートの窓から西瓜を力任せに投げ捨てました。
すると、下にはなんと大家さんがいて、西瓜が顔面を直撃し、あろうことか西瓜の中に顔がすっぽりと収まってしまったのです。
遠目にはあたかも西瓜ヘルメットを被っているかのように見えるため、へへへ、気分はまるで出川哲朗の充電させてもらえませんか、これでノーヘルで充電バイクにも乗れるゼなどと、馬鹿な理屈は通用しません。
大家さんは西瓜型のフルフェイスヘルメットのような得体の知れない物を被ったまま、激怒して私の部屋に怒鳴り込んできました。
大家さんの怒りは当然でしたし、生来不感症の私にも十二分に理解出来得るものでしたが、だからといってドアを開けて会う謂われはないように、何故かその時の私には思われたのです。
当然大家さんは更に怒りを増幅させて、ドアを壊れんばかりの勢いで叩きましたが、私は存在しない設定になっているのです。
どんなに激怒しようと、どんなに西瓜を目深に被ろうと、そこにいないものはいないのです。
それから何分が経過したでしょうか、怒り疲れたように大家さんは去っていきましたが、その程度で諦めるぐらいなら、最初からツッパってんじゃねえよ!!俺は!!お前の怒りに合わせて生活を左右されるほど!!生温い人間じゃねえ!!このゴク潰し西瓜トラウマ悪たれ坊主がッ!!
自分でもちょっと何言ってるか分かりませんでしたが、少し恫喝してやればすぐに音を上げるだろうといった、その大家さんのどこまでも甘ったれた島国根性が、その時の私にはどうしても許せるものではなかったのでした。(?)
が、私が許そうが許すまいが、今後大家さんの生活に何か支障が起きる訳でもないですし、だったら初めから言わなければいいのにと思います。
私がそんな支離滅裂なことを考えていると、アパートの大家さんがやってきました。
先程の人物とは別の人物です。何故なら、先程の西瓜を被った人物は大家(おおいえ)さんという名前の一階に住んでいるいい歳した無職のオッサンであり、今来たのは本物のアパートの大家さんだからです。
本物も何も大家さんは一人しかいないのですが、おおいえさんみたいな人がいるから、このアパートは紛らわしいことになるのです。
いっそのことおおいえさんが大家さんになれば、こんな紛らわしいこともなくなるーーー滞納していた家賃の徴収でした。大家さんの来訪の目的は。
とてもとても払いたくなかったので、払いたくない→はらいたくない→腹いたくない→腹痛くない?ということで、お腹が痛いふりをして誤魔化しました。
このままやり過ごせるのかなー?そだねーと何となく思っていたら、見逃す気など露ほどもない阿修羅のような形相をした人が、そこに立っていました。気分はすっかりアウトレイジの役者気取りです。
状況は完全な修羅場。電話も相変わらず鳴り続けていますし、切ってしまった指は痛いし、もうほんと最悪な状況です。
しかし、そんな最悪の状況にも関わらず、その時私の脳裏には、まるで別のことが浮かんでいたのです。
『ア~イエオ~イエ俺入江~!!ア~イエオ~イエ俺入江~!!』
なんと、先程のおおいえさんとの一悶着のおかげで、極めてくだらないネタを演じるカラテカ入江の映像が、脳裏に浮かんで離れなくなってしまったのでした。
思わず吹き出しそうになるのをこらえた私でしたが、入江のくだらない動きと内容の威力は凄まじく、何秒も持ちそうにありません。
そうして、ついにはその場で腹を抱えて笑い転げてしまいました。
「わはははははは!!い、入江、なんで入江やねん、く、くだらなすぎるわ!!」
滞納された家賃の徴収という、どこまでもドライな目的を果たしに来ている大家さんに、そんな私のおちゃらけぶりが面白いはずはありません。
「なんだねチミは!!人が真剣な用事で来ているのに、ふざけてるのかね!!」
「い、いや、すいません、おおいえが入江と再開を果たしてネタがああ言えばおお言えでたまに相方矢部のしょーもない漫画のことも脳裏をちらついてしまいまして」
などと、訳のわからない弁解をしますが、激昂する大家さんに通じるはずはありません。
「一体なにを言ってるんだねチミは!!頭の方は大丈夫なのかね!!」
いや、大丈夫なのかね!!と問われると、当の私にも自信はありません。
しかし、自信がないからといって、これ以上今の自分をどうこうすることは出来ないのですから、この問いに答える意味はないように思われますし、だったら初めから意味のないことを聞くな!!じゃあ聞いて「大丈夫じゃありません」とでも答えたとして、その後一体どうすればいい!?お互いになんか気まずくなるだけだろ!!この金のことしか頭にない拝金愚銭争王(ハイキングウォーキング)が!!
頭に血が上った私は、エドはるみのネタのように、思わず大家さんの顔にグーパンチを何発もお見舞いしてしまいました。
後半のグーググーを言い終わるか終わらないかというタイミングで大家さんは昇天してしまいましたので、最後のコー!!の決めポーズを取ることはできませんでしたが、事実は小説より奇なり、そう何もかも自分の思い通りに事が進むはずはないため、ここは自重しようかと思いましたが、やはりどうしても決めポーズを取らなければエドはるみにも失礼と思いましたし、自分自身とても納得できるものではなかったので、倒れて意識のない大家さんを眼下に決めポーズを取り写真をSNSにアップさせて頂きました。
これらの私の行動は完全な自己満足によるものでしたが、それでもいくばくかの満足感は得られました。と思った矢先、騒ぎを聞き付けた周辺住民に警察を呼ばれましたので、ひとまず財布とスマホを持って行方をくらましました。
これってひょっとして傷害事件じゃね?更に逃亡して罪重くなんじゃね?と思いましたが、今更どうすることも出来ません。ここまで事が大きくなってしまった今となっては、自分にとってはエドはるみを模したほんのお遊びのつもりだったなどという、稚拙な言い訳は通用しないのです。
このまま私が逮捕でもされてしまえば、明日の朝刊に『日中のアパートで傷害事件発生。容疑者は誰かにグーググーを試したかったなどと、意味不明の供述をしている』などと、ブンヤに面白おかしく好き勝手なことを書かれてしまわないとも限りません。
いや、早く自首せいよという誰かの声が聴こえた気がしましたが、『入江とグーググーで逮捕』という本当に間抜けな逮捕理由だけは絶対に避けなければならなかったため、しばらくはこのまま行方をくらまさせて頂こうかと思いました。
と、ここまで考えて、まだ相変わらず電話が鳴り続けていることに私は気付きました。最初に電話が鳴り始めてから、ゆうに一時間は経過したと思いますが、ここまでずっと鳴り続けているというのは異常としか思えません。
私は震える手を何とか抑えると、恐る恐る電話を取りました。
そう、本当の怪談はここから始まるのです……(本当も何も前半くだらないことしか起こっていない気もしますが)。
「もしもし?あ、自分やっと電話取りよったな。こっちは一時間も鳴らしてたんやで!!」
いや、そこまで出ないなら、ひとまず電話切って後で掛け直せよとは思いましたが、別にどう掛けるかは向こうの自由かとも思いましたので、私はその言葉をぐっと飲み込みました。
「あのー、どちら様でしょうか?」
「わからんか?俺や俺、中学の時同級生やったYや」
「Yくん……?え!?あのYくん!?えらい久しぶりやなぁ!!」
Yくんは中学生時代、私の大親友だったのですが、別の高校に進学したことでその後は疎遠になっていました。そのYくんが久しぶりに電話をくれたことで、私は逃走中(テレビのようにお金でも貰えると良いのですが)であることも忘れ、すっかり上機嫌になってしまいました。
「嬉しいわぁ。電話ありがとう。ほんま懐かしいわぁ」
「うん。今俺の会社が休みやから、どうしてるんかなぁ思て。自分今何してるん?」
まさか大家を殴って逃走中とは、口が裂けても言えません。
「い、いや、まぁ入江とかグーググーとか色々ちょっとなぁ」
「あん?何訳わからんこと言うてんねん。自分もし暇なんやったら、俺の実家けえへんか?周りなんもない山ん中やから、ゆっくりできるで」
Yくんの申し出に、私は一も二もなく飛びつきました。
「ええなぁ!!そんな山ん中やったら警察……あわわ、人の目も気にならへんやろし、今から行くわ!!」
「おお、なんや、自分えらい乗り気やなぁ。ほんなら、場所は〇〇の〇〇やから、待ってるで」
そう言って電話を切ると、私は駅に向かって颯爽と走り出しました。
そう、今までのことは全て悪い夢だったのです。気がつくと、指の傷もすっかり塞がっており、痛みも完全になくなっています。
私は満面の笑みを浮かべると、光り輝く未来へ向かって颯爽と走り出すのでしYくんから再び電話が掛かってきました。
「ところで、さっき警察とかなんとか」私はすぐさま電話を打ち切り、また満面の笑みで颯爽と走り出しました。
駅に着き、しばらく電車を乗り継いで揺られていると、Yくんの言っていたド田舎村に辿り着きました。
ここでパトカーでも待っていたらある意味腹を抱えて笑えたのですが、ド田舎村の駅にはYくんが車で迎えに来てくれていて、誰かの期待通りの展開にはなりませんでした。
「おう!!久しぶり久しぶり!!」
「わざわざ迎えに来てくれたんか。ありがとうなぁ」
ひとしきり再会を喜ぶと、私たちはYくんの実家に向かって山中の道を走り出しました。
道中の車内で、Yくんは私にこう尋ねました。
「なぁ、たしか電話で警察とか……」
「うるせえッ!!黙って運転しやがれッ!!この人の言ったことは絶対に覚えるマンがッ!!」
そんな摩擦やすれ違いもありながら、およそ考え得る限り最悪の雰囲気で、私たちはYくんの実家に辿り着きました。
実家ではYくんのお母さんが暖かいお風呂とあまり美味しくなさそうな食事を用意してくださっており、その真心がささくれ立った私の胸に染み入りました。
遠慮することもなくYくん家のきったないお風呂を借りると、「へっへっへっ。赤の他人なのにこの家の一番風呂を頂いてやるゼ。それにしてもきったねぇ風呂だなぁ。大丈夫か?逆に身体が汚れたりして」とか冗談で言っていると、外から薪を焚いてくださっているお母さんの声が聴こえてきたので、慌てて口を閉ざして湯舟に飛び込みました。
「湯加減はどうかね?」
「あ、すいません、ありがとうございます!!ちょうどいい感じです!!」
本当は少し、いえ、大分かなりマジ寒かったので、普段の私であればババアの肛門に稲妻の如き浣腸を喰わせるところでしたが、季節はちょうど夏でしたので、まあ水風呂もたまにはいいかということで、温度調節を間違えたババアが期せずして季節に助けられた格好となりました。
その後、あまり美味しくなさそうに見えて、その実やはりあまり美味しくない食事を済ませると、山の中ということもあり、辺りはあっという間に暗くなり、私たちは就寝することになりました。
「オイ、オカンがお前のこと、あんまり感じ良くない言うてたで。お世辞言えとは言わんまでも、もう少し気ィ利かしてくれな困るで」
就寝前のこのYくんの一言には、就寝どころかババアを終身させたろかと思いましたが、さすがに色々ありすぎてババアの寝込みを襲撃する余裕もなく、私はそのまま泥のように眠りこけてしまいました。
その時、私は気付いていなかったのです。
この夏の夜、とてつもない恐怖が私の身に訪れていたことに……。
次の日の朝、あまりに心身共に疲れすぎていた私は、Yくんに身体を揺り動かされてようやく目覚めました。
「ようやく起きたか。自分、まるで眠ったように死んで……いや、死んだように眠ってたんやで」
まだ寝ぼけまなこの私は、全身を引っ掻きながらYくんの声に応じました。
「おはよ……。つーか痒っ。痒いな……」
私は寝ている間に、全身を無数に蚊に刺されていました……。寝ている間に掻きむしったのでしょう……全身の至るところから……昨日切った西瓜の断面のような……真っ赤な血が滲んでいます……。
「あれ?蚊取り線香消えてるやん。おかしいな、昨日確かに点けたはずやのに……」
点けたはずの蚊取り線香が、何故か消えている……。
しかし、そんなことより私を驚愕させたのは、Yくんの次の言葉でした……。
「自分めっちゃ刺されてんで。そない蚊ぁいたんか」
その時です……。
夏だというのに真冬の山中の冷気のように、冷たく禍々しい恐怖が、突然私の全身に覆いかぶさってきたのです……。
その全身から冷や汗が零れ落ち、ガタガタと全身を震わせる痙攣は、無限に続く悪夢のように思われてなりませんでした……。
「お、おい、どないしたんや!!大丈夫か!?」
私の頭はまるで譫言のように、その恐怖の呪文を繰り返していました……。
そない蚊ぁいたんか……蚊ぁいたんか……蚊いたんか……かいたんか……かいだんか……怪談か……。
……。
……。
……。
……そう、これが今回の怪談のオチであることに、私は震え上がっていたのです……。
これを見た方々の反応が、私にとっての一番の恐怖であることは、最早言うまでもありません……。
あと、語尾に……を付けると、少し怪談っぽく聞こえることを、今回初めて私は発見しました……。
あと、友人が関西弁であることから、今回のオチが読めたという人は、天才を名乗ってよいと思われます……。
◆ ◆ ◆
実話怪談 『真夏の夜の怪談』
~完~
いや、~完~じゃねえよ!!
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でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
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