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第9話
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ここで一つ質問がある。
何故女は昨日とは打って変わり、般若のような恐ろしい形相を見せているのか。
それはつい先刻、この家から去っていく若い女人を見たからだと、想像に難くない。
ここでまた一つ質問。
女は何故そこまで激昂したのか。
犯人に裏切られた憎しみは元より、女が何より激昂したのは、自分に向けられていたのは愛情でも何でもなく、ただ単に自身の犯行、金や欲望のために、利用されるだけの存在だったと気付かされたからではなかったか。
そうして、そのような嫉妬と憎しみの業火に焼かれた女が取る行動とは……。
次の瞬間、女は弾かれたように台所に走った。
私と犯人が恐怖で竦んで動けないでいると、すぐに女が戻ってきた。
手には怪しく光を放つ包丁を持っている。
「ま、待て!!誤解だ!!あいつはただの商売女だよ!!俺にはお前だけなんだ!!し、信じてくれ!!」
女は、けして聞く耳を貸さなかった。
そうして、かつて心から愛した男に何を呟くでもなく、包丁を持ったまま犯人に衝突した。
女が離れると、犯人の腹部には包丁が刺さっており、腹部からは真っ赤な鮮血がじわりと滲んでいた。
犯人はすぐには絶命出来なかったようで、ショックでその場に倒れると、耐えがたい激痛にのたうち回っていた。
腹部を刺せばすぐに死ぬと思っていたのか、犯人がまだ生きていることに女は一瞬戸惑ったが、やがて般若の形相から氷のような冷たい表情に変わると、腹部から包丁を引き抜き犯人をめった刺しにした。
包丁を引き抜いた瞬間、そして女が犯人を刺す度に、ゴミが散乱した汚い部屋に鮮血が飛び散り、女は犯人が絶命してもなお、この怨みを晴らすにはまだまだ足りぬとでも言わんばかりに、執拗に犯人を刺し続けた。
犯人と女、いや、今度は女の方が犯人、それも殺人犯となったのである。
殺人犯はようやく気が晴れたとでも言わんばかりに、男を刺すのを止めると、今度は風呂に入り全身に浴びた血を洗い流し始めた。
もう既に気でも触れているのか、風呂場からは如何にも上機嫌そうな口笛など聴こえてくる。
既に命を奪われる心配のない私だからこそ正常でいられたものの、常人であれば恐怖で一瞬たりともこの場にいられないような、異常な状況であったことは間違いないだろう。
最も、殺人犯の方もまさか犯行の瞬間を、私のような第三者に目撃されているなどとは、夢にも思っていない訳だが。
殺人犯は風呂から上がると、まずは男に刺さったままになっている凶器から、至って冷静に自身の指紋を拭き取った。
その後、返り血を浴びた服を全て男が持っていた鞄の中に隠し、現場から離れたところに掛けられていた男の私服の中から、女人が着ていても違和感がないような服を選んで、その服に着替えた。
先刻は既に気が触れているものと思われたが、その実風呂場で口笛など吹きながら必死に動揺を抑え、自身の犯行を隠匿する策を練っていたのであろう。
明確に証拠を隠滅しようとしているところから、判断能力は充分にあるものと思われる。
一通り証拠を隠滅すると、最後の仕上げのつもりだろうか、物取りの犯行に見せ掛けるため、殺人犯は財布の中の私と数枚の小銭を奪うと、服の入った鞄を持ってその場から逃走した。
私のような第三者の視点から行けば、物取りがこのようなゴミ屋敷を狙うとは到底思えず、殺人犯の偽装はいくら何でも苦肉の策としか思えなかったが、逆か?鍵もロクに掛かっていないような屋敷だからこそ、狙われたという見方も場合によっては考えられるかもしれない。
いずれにしても、今の私には警察に通報することも周りの人を呼ぶことも出来ない、犯行の瞬間をこの目に収めておきながら、私は完全なる無力であった。
こうして犯行現場を離れた殺人犯は、すぐにその場を去りたいのは山々だったのだろうが、さすがに証拠となり得る男の自転車を借りることはしなかった(まあ借りるも何も、肝心の持ち主が絶命してしまっているため、借りたところで返す相手はいないのだが)。
犯行現場から立ち去る際には、『目撃者』というものが何より危険だということをこの殺人犯は熟知しているようで、すぐには戸口から出ることなく、物陰に隠れて周囲に誰もいないことを確認しながら、極めて慎重にその場を離れた。
なにしろ、屋敷を出る瞬間は勿論のこと、この周辺を歩いているところを誰かに目撃されるだけでも危険である。
殺人犯にとっては幸いにも辺境の田舎であったため、人通りは少なく、注意するものといえばたまに通る自動車と、畑で作業をしている農家の住民ぐらいであった。
が。
次の瞬間、殺人犯にとって極めて不測の事態が起こる。
何故女は昨日とは打って変わり、般若のような恐ろしい形相を見せているのか。
それはつい先刻、この家から去っていく若い女人を見たからだと、想像に難くない。
ここでまた一つ質問。
女は何故そこまで激昂したのか。
犯人に裏切られた憎しみは元より、女が何より激昂したのは、自分に向けられていたのは愛情でも何でもなく、ただ単に自身の犯行、金や欲望のために、利用されるだけの存在だったと気付かされたからではなかったか。
そうして、そのような嫉妬と憎しみの業火に焼かれた女が取る行動とは……。
次の瞬間、女は弾かれたように台所に走った。
私と犯人が恐怖で竦んで動けないでいると、すぐに女が戻ってきた。
手には怪しく光を放つ包丁を持っている。
「ま、待て!!誤解だ!!あいつはただの商売女だよ!!俺にはお前だけなんだ!!し、信じてくれ!!」
女は、けして聞く耳を貸さなかった。
そうして、かつて心から愛した男に何を呟くでもなく、包丁を持ったまま犯人に衝突した。
女が離れると、犯人の腹部には包丁が刺さっており、腹部からは真っ赤な鮮血がじわりと滲んでいた。
犯人はすぐには絶命出来なかったようで、ショックでその場に倒れると、耐えがたい激痛にのたうち回っていた。
腹部を刺せばすぐに死ぬと思っていたのか、犯人がまだ生きていることに女は一瞬戸惑ったが、やがて般若の形相から氷のような冷たい表情に変わると、腹部から包丁を引き抜き犯人をめった刺しにした。
包丁を引き抜いた瞬間、そして女が犯人を刺す度に、ゴミが散乱した汚い部屋に鮮血が飛び散り、女は犯人が絶命してもなお、この怨みを晴らすにはまだまだ足りぬとでも言わんばかりに、執拗に犯人を刺し続けた。
犯人と女、いや、今度は女の方が犯人、それも殺人犯となったのである。
殺人犯はようやく気が晴れたとでも言わんばかりに、男を刺すのを止めると、今度は風呂に入り全身に浴びた血を洗い流し始めた。
もう既に気でも触れているのか、風呂場からは如何にも上機嫌そうな口笛など聴こえてくる。
既に命を奪われる心配のない私だからこそ正常でいられたものの、常人であれば恐怖で一瞬たりともこの場にいられないような、異常な状況であったことは間違いないだろう。
最も、殺人犯の方もまさか犯行の瞬間を、私のような第三者に目撃されているなどとは、夢にも思っていない訳だが。
殺人犯は風呂から上がると、まずは男に刺さったままになっている凶器から、至って冷静に自身の指紋を拭き取った。
その後、返り血を浴びた服を全て男が持っていた鞄の中に隠し、現場から離れたところに掛けられていた男の私服の中から、女人が着ていても違和感がないような服を選んで、その服に着替えた。
先刻は既に気が触れているものと思われたが、その実風呂場で口笛など吹きながら必死に動揺を抑え、自身の犯行を隠匿する策を練っていたのであろう。
明確に証拠を隠滅しようとしているところから、判断能力は充分にあるものと思われる。
一通り証拠を隠滅すると、最後の仕上げのつもりだろうか、物取りの犯行に見せ掛けるため、殺人犯は財布の中の私と数枚の小銭を奪うと、服の入った鞄を持ってその場から逃走した。
私のような第三者の視点から行けば、物取りがこのようなゴミ屋敷を狙うとは到底思えず、殺人犯の偽装はいくら何でも苦肉の策としか思えなかったが、逆か?鍵もロクに掛かっていないような屋敷だからこそ、狙われたという見方も場合によっては考えられるかもしれない。
いずれにしても、今の私には警察に通報することも周りの人を呼ぶことも出来ない、犯行の瞬間をこの目に収めておきながら、私は完全なる無力であった。
こうして犯行現場を離れた殺人犯は、すぐにその場を去りたいのは山々だったのだろうが、さすがに証拠となり得る男の自転車を借りることはしなかった(まあ借りるも何も、肝心の持ち主が絶命してしまっているため、借りたところで返す相手はいないのだが)。
犯行現場から立ち去る際には、『目撃者』というものが何より危険だということをこの殺人犯は熟知しているようで、すぐには戸口から出ることなく、物陰に隠れて周囲に誰もいないことを確認しながら、極めて慎重にその場を離れた。
なにしろ、屋敷を出る瞬間は勿論のこと、この周辺を歩いているところを誰かに目撃されるだけでも危険である。
殺人犯にとっては幸いにも辺境の田舎であったため、人通りは少なく、注意するものといえばたまに通る自動車と、畑で作業をしている農家の住民ぐらいであった。
が。
次の瞬間、殺人犯にとって極めて不測の事態が起こる。
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