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第5話
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なんと、そこにいたのはあのコンビニで働いていた、無愛想な中年女性店員であった!!
両者はいきなり抱き合うと、見ているこっちが眩暈を覚えるほどの、あまりに濃厚すぎる接吻を交わした。
それもそのはず、なにしろ両者を私が観察しているということは私しか知らない事実であるから、てっきり人目がないとでも思い込み、少々羽目を外してしまうのも無理からぬことではあろう。
いや、それよりも、一体全体これはどういうことなのか。
何故コンビニに強盗に入った犯人と、そのコンビニで働いていた店員が、このようなところで人知れず密会しているのだろう。
「まあ入れよ。お前のおかげで無事に成功したんだぜ」
犯人がそう言うと、女は如何にも嬉しそうに微笑んで、犯人に抱きついた。
ほんの数時間前まではあの、この上なく無愛想な店員だったとは、到底思えないほどの変貌ぶりである。
どうやら犯人の方はそうでもないが、女の方は犯人に相当のぼせ上がっているらしい。
居間と形容することすら憚られるような、先刻の汚部屋に戻ると、両者はそこで今回の『計画』の成功を祝杯した。
この女が犯人を手引きして、今回の犯行に至ったこと。
犯行を捉える位置にある防犯カメラは、故障と称して女が事前に壊してしまったこと。
店長が不在で店員が一人で店にいる時間帯を知らせ、影で犯行をアシストしたこと。
共犯であることを悟られぬよう、わざと女が退勤してから犯行に及んだことなど、そこでは両者が犯行に及ぶまでの、極めて生々しいやり取りが語られた。
「ねえ、アタシのおかげで成功したんなら、もっと褒めてよ」
「だからさっきから言ってるじゃねえか。はいはい、ありがとさん、お前のおかげでこうして金が手に入りましたよと」
「なによそれ~。もっと他に、言うことあるでしょ?」
そう言いながら、女が猫なで声で犯人の方にしな垂れかかってきたので、私は頭を抱えて……と言っても、以前語った通り手が描かれていないので頭は抱えられないため、その代わりに一切の視界情報を遮断するという手法で、ただただあまりに苦痛すぎる時間が過ぎ去るのを待った。
全く、本来は命など宿ることのないこの状態で、旅をさせて頂けること自体はありがたいのだが、やはり見たくもないものを見せられてしまったり、そういった場合にも自らの足で移動することができないのは、この上ないストレスであることは間違いない。
私はこのようなものを見せられるために、現世に舞い戻ったのではないのである。ないのである。ないのだ。ないはずだ……。
私には、本当に何もかもが分からなすぎる。
この世界に、再び生を受けた意味。
私はどこから来て、何をするために生まれてきたのか?
ただ単に、ある意味では進化して、ある意味では退化した、現代の人々の生活様式を観察するためだけなのか?
もし私を作り出したものがいて、私に何か『使命』のようなものがあるのだとしたら、是非教えてほしい。
私は、何をすればいい?
何を目的とし、どこに向かえばいい?
かつて人々に『学問のすすめ』など、他ならぬ『道』を説いていたこの私が、今は誰よりも進むべき道に迷っているとは、全く、笑い話にもならない話だ。
両者はいきなり抱き合うと、見ているこっちが眩暈を覚えるほどの、あまりに濃厚すぎる接吻を交わした。
それもそのはず、なにしろ両者を私が観察しているということは私しか知らない事実であるから、てっきり人目がないとでも思い込み、少々羽目を外してしまうのも無理からぬことではあろう。
いや、それよりも、一体全体これはどういうことなのか。
何故コンビニに強盗に入った犯人と、そのコンビニで働いていた店員が、このようなところで人知れず密会しているのだろう。
「まあ入れよ。お前のおかげで無事に成功したんだぜ」
犯人がそう言うと、女は如何にも嬉しそうに微笑んで、犯人に抱きついた。
ほんの数時間前まではあの、この上なく無愛想な店員だったとは、到底思えないほどの変貌ぶりである。
どうやら犯人の方はそうでもないが、女の方は犯人に相当のぼせ上がっているらしい。
居間と形容することすら憚られるような、先刻の汚部屋に戻ると、両者はそこで今回の『計画』の成功を祝杯した。
この女が犯人を手引きして、今回の犯行に至ったこと。
犯行を捉える位置にある防犯カメラは、故障と称して女が事前に壊してしまったこと。
店長が不在で店員が一人で店にいる時間帯を知らせ、影で犯行をアシストしたこと。
共犯であることを悟られぬよう、わざと女が退勤してから犯行に及んだことなど、そこでは両者が犯行に及ぶまでの、極めて生々しいやり取りが語られた。
「ねえ、アタシのおかげで成功したんなら、もっと褒めてよ」
「だからさっきから言ってるじゃねえか。はいはい、ありがとさん、お前のおかげでこうして金が手に入りましたよと」
「なによそれ~。もっと他に、言うことあるでしょ?」
そう言いながら、女が猫なで声で犯人の方にしな垂れかかってきたので、私は頭を抱えて……と言っても、以前語った通り手が描かれていないので頭は抱えられないため、その代わりに一切の視界情報を遮断するという手法で、ただただあまりに苦痛すぎる時間が過ぎ去るのを待った。
全く、本来は命など宿ることのないこの状態で、旅をさせて頂けること自体はありがたいのだが、やはり見たくもないものを見せられてしまったり、そういった場合にも自らの足で移動することができないのは、この上ないストレスであることは間違いない。
私はこのようなものを見せられるために、現世に舞い戻ったのではないのである。ないのである。ないのだ。ないはずだ……。
私には、本当に何もかもが分からなすぎる。
この世界に、再び生を受けた意味。
私はどこから来て、何をするために生まれてきたのか?
ただ単に、ある意味では進化して、ある意味では退化した、現代の人々の生活様式を観察するためだけなのか?
もし私を作り出したものがいて、私に何か『使命』のようなものがあるのだとしたら、是非教えてほしい。
私は、何をすればいい?
何を目的とし、どこに向かえばいい?
かつて人々に『学問のすすめ』など、他ならぬ『道』を説いていたこの私が、今は誰よりも進むべき道に迷っているとは、全く、笑い話にもならない話だ。
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