諭吉の旅

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第3話

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毛糸の帽子にマスク、サングラスといった出で立ちで、ふらりとレジに現れた男は、突然大声を発して持っていた鞄から出刃包丁を取り出した。

「金だ金!!早くよこせ!!ぶっ殺すぞこの野郎!!」

男がそう言って、店員に包丁を突きつける。

店員は、自身に向けられた包丁の冷たい鋭利な視線に怯え、すぐにレジを開けると、『私たち』を始め樋口や野口といった、所謂お札だけを全て男に渡した。

男は私とその他ご一行を店員から引ったくると、その場から一目散に逃走した。

男と私が同時に去っていく中、店員はそれを確認した瞬間どこかに電話を掛けていた。恐らく、警察に通報したのだろう。

年の暮れも近いこの季節の夜とあって、外は肌を刺すような寒さで、引ったくったお金と包丁を鞄に押し込めた男は、コンビニの横に停めてあった自転車に乗ると、そのまま猛スピードで逃走した。

臭いのキツイ鞄の中で、無言無表情の樋口や野口らと一緒に揺られながら、私は男が何故このような犯行に手を染めてしまったのか、想いを馳せていた。

包丁や逃走用の自転車まで用意していたところを見ると、これは衝動的な犯行ではなく計画的犯行。

男、いや、以下『犯人』と呼ぼう、犯人は登録番号などが全く貼られていない自転車で、現在夜の町を疾走していた。

逃走用の乗り物がバイクや自動車ではなかったのは、それらのナンバーがなければ道中不審に思われることこの上ないが、自転車であれば目立つことはないとの読みからではないか。(或いは、ただ単に免許を有していないだけという可能性もあるが)

かつて私が生きていた時代も、年の瀬が近くなると盗人や強盗の類が増えたものだが、文明はこれだけ進歩したにも関わらず、どうやら人間の根源的な愚かさの部分は変わらないらしい。

およそ三十分ほどは鞄の中で揺られていただろうか、やがて周囲は夜の田園風景の広がる通りになり、町中に比べ街灯も目に見えて減ってきた。

ひょっとすると、このまま闇に紛れて逃げおおせるのが、犯人の計画だったのか?と思ったその矢先、不意に犯人の自転車が止まった。

家の軒先に自転車を停め、戸口を開ける犯人。

それは、かつて私が生きていた時代ですらあまりお目にかかれなかったような、とても人間が住んでいるとは思えないボロボロの古いあばら家だった。
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