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第2話
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男が店に入ると、「いらっしゃいませ」という歓迎の挨拶もなく、如何にもやる気のなさそうな中年女性が一人、レジと呼ばれるところに立っていた。
私がこれまで経験してきた、『セブンイレブン』『ローソン』『ファミリーマート』といった、通り沿いに頻繁に存在する、国民に大手とされているコンビニとは違い、見たこともないようなロゴと店名のコンビニである。
照明が暗いのか、心なしか店内も暗い雰囲気が漂っており、田舎のコンビニという立地と客数も少ないであろうことも相まって、前述の店員のやる気のなさに繋がっているのではないかと私は予想した。
私を裸銭で持ち歩いている男は、そんな店員のやる気のなさなどどこ吹く風といったように、相変わらず口笛を吹きながら店内を歩き回り、目的の商品をカゴと呼ばれる入れ物には入れず、ビール、弁当、ツマミ、栄養ドリンクなどを、そのまま手掴みでレジに持っていった。
無愛想な店員は無言のままそれを受け取ると、ピッピッピッと謎の音を鳴らしながら何かを読み取っていった。
これだけで物品の合計価格が分かるとは、文明の進歩には本当に驚かされることばかりだ。
近年はここから更に進歩して、『キャッシュレス』などという私を使わずに支払いを済ませる手法も流行っているようで、胸を高鳴らせながら使われる時を待っていた私は、そのまま使われずに結果はキャッシュレスで、財布にいるまま買い物が終わったということも多々あった。
と、読み取りの最中、男が突然「46」などと意味不明な数字を呟いた。
私は一瞬何が46なのかと戸惑ったのだが、無愛想な店員はその意味をすぐに察したようで、無言のまま後ろの棚から46のタバコを読み取りの列に加えた。
46といえばふと思い出したのだが、近年は46や48など、主に数字を冠したアイドルと呼ばれる女性集団が量産される傾向にあるようで、10000の数字を有している私としては、46や48などの低い数字ではなく、早くこの日本国のお札に選ばれるほどの、傑出した人物に育ってほしいとの願いが……。
「ありがと~ございました~」
46だの48だの訳の分からないことを言っている間に、私は男のポケットから無愛想な店員の元に支払われていた。
無愛想な店員の礼は完全に棒読みであり、有り難みの欠片すら感じられなかったが、男はそんなことは全く気にせず、私を支払ってお釣りの樋口や野口を受け取ると、商品を持ってそのまま店を後にした。
そんなことより、さっきからずっと背中側がチクチクして痛い。
その理由が、これまでの『支払われ』の経験から私には分かっていた。
底面にトゲ状の突起が無数に設置された、『カルトン』と呼ばれる入れ物の中に、男が私を無造作に置いたからである。
全く、このチクチクにはいつ『支払われても』慣れないものだ。
この『カルトン』という名称、日本国民の大半は知らないようで、これまでの私の持ち主たちもほとんど全員が知らなかったが、一人だけ以前銀行に勤めていたという女性の持ち主が話していたことから、私もそれを財布の中からこっそりと聞いて、経験させてもらったという思い出話がある。
『ガチャンッ!!』
そんな思い出話に一人で花を咲かせていると、無愛想な店員の手で乱雑にレジの中にしまわれてしまった。
真っ暗で窮屈で暑苦しいし、他の何の変哲もない『平凡な諭吉たち』と一緒に暗いレジの中に閉じ込められるなど、本当に勘弁してほしいものだ。
本来ならここで私の視界は真っ暗闇になるはずであるが、前述の男のポケットの中に入れられた状態から外の様子を感知できたことからも分かる通り、私には自身の視界の届く範囲であれば、物事の様子を感知できる能力が備わっていた。
それに初めて気付いたのは、札としてこの世に生を受けてから、初めて財布の中に入れられて街を旅した時である。
私は、それが神の思し召しかどうかは不明であるが、死してなお自身が思念を持って、本来は知ることなど絶対に不可能だった現世を体験させて頂いている今の状態を、一種の『旅』と表現している。
いつまで続くか、どこまで行けるか。
どこで終わるか、いつまで『許されるか』は分からない、私の旅。
それを『人生』ではなく『旅』と表現したのは、私にとってこれは生を実感するためのものではなく、現世の人々の生活を外から物見遊山的に眺める、一種の『観光』のようなものだったからかもしれない。
しばらくレジの中の暗闇から、無愛想な店員が少ない来客を事務的に捌いていくだけの、私にとって何の気付きも収穫もない光景を観察していた。
レジの中が窮屈で息苦しいこともあったが、客が買い物をして支払いをする度に無愛想な店員がレジを開けるため、私にとっては空気の入れ換えとなって息を吹き返すボーナスタイムであった。
無愛想な店員はそのまま晩まで働いていたが、やがてレジに眼鏡を掛けた神経質そうな男の店員がやってきて、店員は入れ替わることとなった。
無愛想な店員は先輩だったのか、男の店員に何事かを指示すると、肩のコリがひどいのだろうか、両肩を交互にグルグルと回しながら帰っていった。
やれやれ、無愛想な店員の次は、この神経質そうな店員の観察か。
しばらくは『旅』が進みそうにないな。
そんな私の安易な予想は、すぐに覆されることとなった。
異変が起きたのは、その日の夜。
「金を出せ!!この店にある全部!!今すぐだ!!」
私がこれまで経験してきた、『セブンイレブン』『ローソン』『ファミリーマート』といった、通り沿いに頻繁に存在する、国民に大手とされているコンビニとは違い、見たこともないようなロゴと店名のコンビニである。
照明が暗いのか、心なしか店内も暗い雰囲気が漂っており、田舎のコンビニという立地と客数も少ないであろうことも相まって、前述の店員のやる気のなさに繋がっているのではないかと私は予想した。
私を裸銭で持ち歩いている男は、そんな店員のやる気のなさなどどこ吹く風といったように、相変わらず口笛を吹きながら店内を歩き回り、目的の商品をカゴと呼ばれる入れ物には入れず、ビール、弁当、ツマミ、栄養ドリンクなどを、そのまま手掴みでレジに持っていった。
無愛想な店員は無言のままそれを受け取ると、ピッピッピッと謎の音を鳴らしながら何かを読み取っていった。
これだけで物品の合計価格が分かるとは、文明の進歩には本当に驚かされることばかりだ。
近年はここから更に進歩して、『キャッシュレス』などという私を使わずに支払いを済ませる手法も流行っているようで、胸を高鳴らせながら使われる時を待っていた私は、そのまま使われずに結果はキャッシュレスで、財布にいるまま買い物が終わったということも多々あった。
と、読み取りの最中、男が突然「46」などと意味不明な数字を呟いた。
私は一瞬何が46なのかと戸惑ったのだが、無愛想な店員はその意味をすぐに察したようで、無言のまま後ろの棚から46のタバコを読み取りの列に加えた。
46といえばふと思い出したのだが、近年は46や48など、主に数字を冠したアイドルと呼ばれる女性集団が量産される傾向にあるようで、10000の数字を有している私としては、46や48などの低い数字ではなく、早くこの日本国のお札に選ばれるほどの、傑出した人物に育ってほしいとの願いが……。
「ありがと~ございました~」
46だの48だの訳の分からないことを言っている間に、私は男のポケットから無愛想な店員の元に支払われていた。
無愛想な店員の礼は完全に棒読みであり、有り難みの欠片すら感じられなかったが、男はそんなことは全く気にせず、私を支払ってお釣りの樋口や野口を受け取ると、商品を持ってそのまま店を後にした。
そんなことより、さっきからずっと背中側がチクチクして痛い。
その理由が、これまでの『支払われ』の経験から私には分かっていた。
底面にトゲ状の突起が無数に設置された、『カルトン』と呼ばれる入れ物の中に、男が私を無造作に置いたからである。
全く、このチクチクにはいつ『支払われても』慣れないものだ。
この『カルトン』という名称、日本国民の大半は知らないようで、これまでの私の持ち主たちもほとんど全員が知らなかったが、一人だけ以前銀行に勤めていたという女性の持ち主が話していたことから、私もそれを財布の中からこっそりと聞いて、経験させてもらったという思い出話がある。
『ガチャンッ!!』
そんな思い出話に一人で花を咲かせていると、無愛想な店員の手で乱雑にレジの中にしまわれてしまった。
真っ暗で窮屈で暑苦しいし、他の何の変哲もない『平凡な諭吉たち』と一緒に暗いレジの中に閉じ込められるなど、本当に勘弁してほしいものだ。
本来ならここで私の視界は真っ暗闇になるはずであるが、前述の男のポケットの中に入れられた状態から外の様子を感知できたことからも分かる通り、私には自身の視界の届く範囲であれば、物事の様子を感知できる能力が備わっていた。
それに初めて気付いたのは、札としてこの世に生を受けてから、初めて財布の中に入れられて街を旅した時である。
私は、それが神の思し召しかどうかは不明であるが、死してなお自身が思念を持って、本来は知ることなど絶対に不可能だった現世を体験させて頂いている今の状態を、一種の『旅』と表現している。
いつまで続くか、どこまで行けるか。
どこで終わるか、いつまで『許されるか』は分からない、私の旅。
それを『人生』ではなく『旅』と表現したのは、私にとってこれは生を実感するためのものではなく、現世の人々の生活を外から物見遊山的に眺める、一種の『観光』のようなものだったからかもしれない。
しばらくレジの中の暗闇から、無愛想な店員が少ない来客を事務的に捌いていくだけの、私にとって何の気付きも収穫もない光景を観察していた。
レジの中が窮屈で息苦しいこともあったが、客が買い物をして支払いをする度に無愛想な店員がレジを開けるため、私にとっては空気の入れ換えとなって息を吹き返すボーナスタイムであった。
無愛想な店員はそのまま晩まで働いていたが、やがてレジに眼鏡を掛けた神経質そうな男の店員がやってきて、店員は入れ替わることとなった。
無愛想な店員は先輩だったのか、男の店員に何事かを指示すると、肩のコリがひどいのだろうか、両肩を交互にグルグルと回しながら帰っていった。
やれやれ、無愛想な店員の次は、この神経質そうな店員の観察か。
しばらくは『旅』が進みそうにないな。
そんな私の安易な予想は、すぐに覆されることとなった。
異変が起きたのは、その日の夜。
「金を出せ!!この店にある全部!!今すぐだ!!」
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