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Episode.05 始まりの鐘
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しおりを挟む鐘が鳴る。
低く、空気を揺るがす大きな音。腹の底に響くような、意識を引くーーー報せの音。
今日が、始まりの日だと。
「それではルクリア様、私はこの部屋でお帰りをお待ちしております。」
メイドらしい美しい礼をするソフィに見送られ、部屋の外へ、一歩、踏み出す。
「…ソフィ。留守を、任せます。」
そしてわたしは学院へと歩き出すのだ。
「ルクリア様、体調の方はよろしいのですか?」
控え目に尋ねてきたディルクは、わたしの斜め後ろを歩いている。騎士は基本的に貴族の前を歩いていけないという決まりだが、初めての場所を後ろから案内されるというのも変な話だ。
「…ええ。昨日も部屋で休みましたから。」
大丈夫なわけがない、と言ってしまいたい。体の前で重ね合わせた掌には汗が滲み、心臓は大きく鼓動し、息だって意識しなければ乱れそうなほどなのだから。
視界に人が入るたびドキリと足が竦む。
それでも、逃げるわけにはいかない。わたしは〝騎士の誓い〟を知らないけれど、〝貴族の誓い〟は知っている。
数種類ある貴族の誓いを最も初めてに行うのが今日であり、これに参加しないものは貴族として認められないのだ。
本校舎の1階、学院で最も広い講堂でその誓いは行われる。参加者は学院の新入生を含む初等部全生徒、学院長を合わせた講師、貴族の護衛騎士、それからーーー国王。
講堂前では、参加者の確認が行われていた。
「初めまして、お嬢様。私、こちらで講師を努めさせていただいております、ハンナ・クリスティンと申します。」
柔らかい所作の美しいその人は、微笑みながらこちら見た。
ここでは講師もほとんどが貴族であり、座学以外では女性の講師もいる。その方が、問題が少なくて済むからだろう。
「初めて、クリスティン伯爵夫人。わたくし、ルクリア・ピンセアナと申します。これからご指導・ご鞭撻よろしくお願いいたします。」
息を落ち着かせ、呼吸のリズムに合わせて礼をとる。手が震えそうで、指先まで気を抜かないように意識する。
「指先まで意識された美しい礼ですね。ぜひこれからはハンナ先生とお呼びくださいませ。これから一緒に精進いたしましょう。」
「はい、ハンナ先生。」
では中へどうぞ、と導かれるまま講堂の中へと進む。背中に刺さる視線が気を抜くなと告げていた。
ゆっくりと足を踏み出し、講堂の中へと入る。その瞬間、空気が変わったのがわかった。まるで何か見えない壁でもあるかのように。
ギョロギョロと大勢の視線があちこちへ向き、前へ進むわたしにもその視線が集まる。
気持ち悪いと口を抑えたい気分だった。
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