21 / 41
Episode.03 旅立ちの日は近く
3
しおりを挟む『自分のペースで成長すれば、それでいいだろう。』
あの日、お父様はそう言ってくれた。
お母様がわたしなりのペースで成長できるようにと手を尽くしてくれているのはよくわかっていた。けれど、お父様はいつも〝まだまだだ〟とでも言うような視線を向けていたというのに。
まるでお母様のような言葉にわたしがどれほどホッとしたことだろう。
いつもの言外にわたしに失望するような、期待などしないような目が苦手だった。
目が合うたびに謝りたくなってしまうのだ。だからお父様は特に目を合わせないよう気を付けたし、できるだけ鉢合わせないようタイミングを見計らっていた。
お父様のことに限らず、毎日ここから出たくないなと思いながら扉が開くのを見つめるのだ。どうぞ、と視線を向けられると喉元が何かもやもやしたもので詰まる。
それでもヒビの入った仮面を付けてゆたりと足を踏み出す。
頑張らなければといつも思う。でも、これ以上頑張れないと心は常に叫んでいる。
苦しくて苦しくて、そんな中で思い出すのはあの日の母と、お兄様の優しい笑顔だ。繋いだ手の温かさが恋しい。
けれど、自分はもう母とは別の世界で生きていて、お兄様も遠くで己を鍛えている。
一人だけ甘えたことなど言えるはずもない。
「学院に行けば、お兄様は会えなくても近くにいるわ…。」
だから、頑張らなくては。今はそれだけがわたしの心の支えなのだから。
お母様はわたしが歩きやすいように道を作ってくれている。お父様は自分のペースでいいと言ってくれた。応えなければ。
そっと喉元に触れて息を吸う。ゆっくりと息を吐いて姿勢を整えればもう大丈夫。
わたしはルクリア・ピンセアナ。少しな人見知りなだけの伯爵令嬢だ。
〝もういっそ、この苦しさが大きくなり過ぎて息ができなくなればいいのに。〟
大丈夫、大丈夫。
〝呼吸ができなくなって、心臓の拍動が止まれば、もうこんなに苦しまなくていいのに。〟
…大丈夫、きっと。わたしもいつかお母様のような貴族女性らしい人になれる。
〝誰か、助けて。〟
今は自分で立てる足がある。止まらないように進まなければ。
〝誰か。〟
わたしは一人ではないのだから。
「ーーーお嬢様?」
ソフィーナの声にハッとする。紅茶と薔薇の匂いがして、ここが自分の部屋であることを悟る。
「もしかして気分が優れないのですか?」
心配そうな声色に失敗したと思った。
「大丈夫よ。…少し、考えごとをしていたの。」
窓辺に視線を移したわたしに、ソフィーナは安心したように笑った。
「もう明日ですね。寂しくなります。」
「そうね。この薔薇の匂いが遠くなってしまうわ。」
「薔薇はいつでもいつでも届けますよと言いたいところですが、枯れてしまっては匂いもなくなりますね。」
わたしと同じ淡いピンク色が風邪に揺れる。
枯れてもいいから送ってほしいなんて行っては迷惑だろうから、別れのときに一輪だけもらおうと思う。この花は、わたしだから、離れてしまっては、哀しい。
0
お気に入りに追加
1,139
あなたにおすすめの小説
私の入る余地なんてないことはわかってる。だけど……。
さくしゃ
恋愛
キャロルは知っていた。
許嫁であるリオンと、親友のサンが互いを想い合っていることを。
幼い頃からずっと想ってきたリオン、失いたくない大切な親友であるサン。キャロルは苦悩の末に、リオンへの想いを封じ、身を引くと決めていた——はずだった。
(ああ、もう、)
やり過ごせると思ってた。でも、そんなことを言われたら。
(ずるいよ……)
リオンはサンのことだけを見ていると思っていた。けれど——違った。
こんな私なんかのことを。
友情と恋情の狭間で揺れ動くキャロル、リオン、サンの想い。
彼らが最後に選ぶ答えとは——?

【完結】「君を手に入れるためなら、何でもするよ?」――冷徹公爵の執着愛から逃げられません」
21時完結
恋愛
「君との婚約はなかったことにしよう」
そう言い放ったのは、幼い頃から婚約者だった第一王子アレクシス。
理由は簡単――新たな愛を見つけたから。
(まあ、よくある話よね)
私は王子の愛を信じていたわけでもないし、泣き喚くつもりもない。
むしろ、自由になれてラッキー! これで平穏な人生を――
そう思っていたのに。
「お前が王子との婚約を解消したと聞いた時、心が震えたよ」
「これで、ようやく君を手に入れられる」
王都一の冷徹貴族と恐れられる公爵・レオンハルトが、なぜか私に異常な執着を見せ始めた。
それどころか、王子が私に未練がましく接しようとすると――
「君を奪う者は、例外なく排除する」
と、不穏な笑みを浮かべながら告げてきて――!?
(ちょっと待って、これって普通の求愛じゃない!)
冷酷無慈悲と噂される公爵様は、どうやら私のためなら何でもするらしい。
……って、私の周りから次々と邪魔者が消えていくのは気のせいですか!?
自由を手に入れるはずが、今度は公爵様の異常な愛から逃げられなくなってしまいました――。
命を狙われたお飾り妃の最後の願い
幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】
重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。
イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。
短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。
『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。
旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】
ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
伯爵令嬢の秘密の知識
シマセイ
ファンタジー
16歳の女子高生 佐藤美咲は、神のミスで交通事故に巻き込まれて死んでしまう。異世界のグランディア王国ルナリス伯爵家のミアとして転生し、前世の記憶と知識チートを授かる。魔法と魔道具を秘密裏に研究しつつ、科学と魔法を融合させた夢を追い、小さな一歩を踏み出す。

【完】夫に売られて、売られた先の旦那様に溺愛されています。
112
恋愛
夫に売られた。他所に女を作り、売人から受け取った銀貨の入った小袋を懐に入れて、出ていった。呆気ない別れだった。
ローズ・クローは、元々公爵令嬢だった。夫、だった人物は男爵の三男。到底釣合うはずがなく、手に手を取って家を出た。いわゆる駆け落ち婚だった。
ローズは夫を信じ切っていた。金が尽き、宝石を差し出しても、夫は自分を愛していると信じて疑わなかった。
※完結しました。ありがとうございました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる