引きこもりたい伯爵令嬢

朱式あめんぼ

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Episode.03 旅立ちの日は近く

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 『自分のペースで成長すれば、それでいいだろう。』

 あの日、お父様はそう言ってくれた。

 お母様がわたしなりのペースで成長できるようにと手を尽くしてくれているのはよくわかっていた。けれど、お父様はいつも〝まだまだだ〟とでも言うような視線を向けていたというのに。

 まるでお母様のような言葉にわたしがどれほどホッとしたことだろう。


 いつもの言外にわたしに失望するような、期待などしないような目が苦手だった。

 目が合うたびに謝りたくなってしまうのだ。だからお父様は特に目を合わせないよう気を付けたし、できるだけ鉢合わせないようタイミングを見計らっていた。

 お父様のことに限らず、毎日ここから出たくないなと思いながら扉が開くのを見つめるのだ。どうぞ、と視線を向けられると喉元が何かもやもやしたもので詰まる。

 それでもヒビの入った仮面を付けてゆたりと足を踏み出す。

 頑張らなければといつも思う。でも、これ以上頑張れないと心は常に叫んでいる。

 苦しくて苦しくて、そんな中で思い出すのはあの日・・・と、お兄様の優しい笑顔だ。繋いだ手の温かさが恋しい。

 けれど、自分はもう母とは別の世界で生きていて、お兄様も遠くで己を鍛えている。

 一人だけ甘えたことなど言えるはずもない。


 「学院に行けば、お兄様は会えなくても近くにいるわ…。」

 だから、頑張らなくては。今はそれだけがわたしの心の支えなのだから。

 お母様はわたしが歩きやすいように道を作ってくれている。お父様は自分のペースでいいと言ってくれた。応えなければ。


 そっと喉元に触れて息を吸う。ゆっくりと息を吐いて姿勢を整えればもう大丈夫。

 わたしはルクリア・ピンセアナ。少しな人見知りなだけの伯爵令嬢だ。

 〝もういっそ、この苦しさが大きくなり過ぎて息ができなくなればいいのに。〟

 大丈夫、大丈夫。

 〝呼吸ができなくなって、心臓の拍動が止まれば、もうこんなに苦しまなくていいのに。〟

 …大丈夫、きっと。わたしもいつかお母様のような貴族女性らしい人になれる。

 〝誰か、助けて。〟

今は自分で立てる足がある。止まらないように進まなければ。

 〝誰か。〟

 わたしは一人ではないのだから。



 「ーーーお嬢様?」


 ソフィーナの声にハッとする。紅茶と薔薇の匂いがして、ここが自分の部屋であることを悟る。

 「もしかして気分が優れないのですか?」

 心配そうな声色に失敗したと思った。

 「大丈夫よ。…少し、考えごとをしていたの。」

 窓辺に視線を移したわたしに、ソフィーナは安心したように笑った。

 「もう明日ですね。寂しくなります。」

 「そうね。この薔薇の匂いが遠くなってしまうわ。」

 「薔薇はいつでもいつでも届けますよと言いたいところですが、枯れてしまっては匂いもなくなりますね。」
 
 わたしと同じ淡いピンク色が風邪に揺れる。


 枯れてもいいから送ってほしいなんて行っては迷惑だろうから、別れのときに一輪だけもらおうと思う。この花は、わたしだから、離れてしまっては、哀しい。


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