引きこもりたい伯爵令嬢

朱式あめんぼ

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Episode.01 ルクリア・ピンセアナ

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 6歳の秋。


 「お兄様、…行ってらっしゃいませ。」

 泣きそうになりながらもわたしは笑顔でお兄様をお見送りした。

 この日のためにどれだけ練習したのか、知っているのは礼儀作法の先生だけだ。何度も何度も、お兄様の旅立ちをイメージしては泣いた。

 『笑顔で見送って、旅立つ者を安心させるのが見送る側の役目ですわ、ルクリアお嬢様。』

 先生の言葉に、お兄様が安心して学院へ行けるようにと願いながら笑顔の練習を繰り返した。


 いつもの我侭が出ると思っていたのか、お兄様とお母様にはひどく驚かれた。

 お母様は驚いた後、安心したように息を吐き、いつもの貴族女性らしい笑顔に戻った。

 「…うん。」

 お兄様はいつものように優しく笑って頷いてくれたけど、その笑顔はどこか寂しそうにもみえた。


 「行ってくるよ、僕のルクリア。」

 「…っお兄様のお帰りを、お待ちして、おります…っ。」


 最後にぎゅうっとわたしを抱き締め、額にキスをし、お兄様が王都にある学院へ旅立たれた。



 「ふぇ……。」

 お兄様の乗る馬車が見えなくなった直後、堪えていたものが崩壊し泣きだしたわたしに、お母様が優しく抱き締めてくださった。


 「成長したわね、ルクリア。」


 そう言って頭を撫でてくれた手にお兄様を思い出して、空気を震わせながら大きく泣いた。




 ルクリアは必ず泣く。私はそう確信していた。

 勉強部屋が違うだけて泣くもの、泣かないはずがないと。


 それなのにあの日、あの別れの瞬間、ルクリアは泣かなかった。

 もしかすると、何度も練習してきたのかもしれない。貴族令嬢としてはまだまだ及第点には及ばない挨拶だった。けれど、それでもあの子は本当に頑張っていた。それがはっきりと伝わったのだ。

 大きな瞳から溢れる宝石のような雫は流れることはなく、あの子に出来る精一杯の笑顔を見せることができていた。

 この日のことをずっと心配していた私もほっと安心して一息つくことができた。


 ルクリアは自分なりに頑張っているのだと。成長しているのだと実感することができて、わたしもこの子を応援してあげなければと思う。

 「成長したわね、ルクリア」

 そう言って抱き締め、頭を撫でた娘は、まだ小さな体を震わせて大きく泣いていた。



 それよりも、むしろルクリアより息子の方が寂しそうだったのは気のせいだろうか。



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