貧乏奨学生の子爵令嬢は、特許で稼ぐ夢を見る 〜レイシアは、今日も我が道つき進む!~

みちのあかり

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第8章 黒猫甘味堂

110話 閑話 場違い

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「旦那様、ご準備はよろしいでしょうか」

 執事が儂を呼びに来た。これから、レイシアが働いている喫茶店にいかねばならぬ。まだ小さいのに偉いものだ。仕事終わりには上質な料理を振舞ってやろう。
 儂は馬車に乗って貴族街から平民の住む下町に向かった。



「こちらから、歩いて下さいませ。旦那様」

 広場で止めた馬車から、ポエムの言葉に従って儂は降りた。
 下町を歩く。もう何十年行っていないことか。雑踏とした町並はあいも変わらず活気に満ちている。懐かしいな。

「そこの角を曲がりますと行列ができております。こちらの整理券をお持ちになり最後尾へ並んで下さい。30分程経つと番号が呼ばれますのでお入り下さい」
「儂一人でか?!」
「もちろんです。レイシア様からお一人でとおっしゃられましたので。もちろん安全面は私以下3名で見張らせておりますのでご安心下さいませ。では」

 そう言うとポエムはスッと姿を消した。
 ポツンと一人取り残された。こんな状況は近年無い。いつも執事や従者、業者の者や利害関係だらけの者に囲まれた生活。息苦しい毎日。

 儂は新鮮な空気を大きく吸っては一度吐いて、レイシアのいる店へ向かった。



「何あれ」
「場違いよね~」
「似合わないわ、ここには」

 ひそひそと、だか儂に届く声で少女たちは話をしている。怪訝そうな眼差しで……。

 居づらい……。しかし儂はレイシアと約束したのだ。……聞いただけだが。もしやポエム、嵌めたのか!

 儂は姿勢を崩さず、気にもしていない様に20分ほど耐えた。

 店の中から、大勢の女の子達が出てきた。前のお客だろうか。儂をみながらクスクスと笑ったり、不審者を見るように避けて行ったり。

 儂が何をしたというのだ。

 鬱々とした気分になりながらも、儂は耐えていた。

 最後にメイドが出てきた。メイドは少女達に向かって声をかけた。

「まもなくご案内いたします。整理券の順番に並んでお待ち下さい」

 儂は7番か。ちょうど真ん中……。居づらい! 儂のところだけ前と後ろに大きなスペースができた。

 避けられている!

 儂は、今までの人生の中で一番の疎外感を感じていた。

「あら、レイシア様のお祖父様でしょうか?」

 列を確認していたメイドが儂に話しかけた。

「ああ。レイシアに誘われたのでな寄ってみたのだ」

 儂がそう言うと、周りがざわめいた。

「レイシアって黒猫様の?」
「黒猫様のお祖父様?」
「黒じい様?」

 よく分からん言葉が聞こえてきた。

「レイシア様からお話は伺っております。まもなくお入り頂けますので、今しばらくお待ち下さい」

 メイドはそう言うと、列の整理に戻りやがて店に入っていった。
 いつの間にか、前後に空いていた空間は無くなり、周りの女子に囲まれていた。

「あの……黒、いえ、レイシアさんのお祖父様ですか?」
「ああ」
「「「きゃ――――――」」」

「あ、あの、レイシア様の小さい頃ってどうでした?」
「レイシア様、お家ではどのように」
「レイシア様の好きなものは!」

 叫び声が上がったかと思うと質問攻めにされた。

「儂は外祖父だからな。あまりあえなくて普段の様子はよく分からん」

「小さい頃? 礼儀正しく賢かったな」

「好きなもの。本が好きだったよ」

 答えるたびに、歓声が上がる。何なんだ、この状況は!

「お待たせいたしました。ご案内いたします」

 メイドがドアを開けて声をかけるまで質問は続いた。



「「おかえりなさいませ。お嬢様」」
「「おかえりなさいませ。お嬢様」」
「「おかえりなさいませ。お嬢様」」

 お客が入るたび、同じ挨拶が行われる。いらっしゃいませだろう? なぜおかえりなさいませ?
 儂の番になった。

「「おかえりなさいませ。お嬢……様?」」

 白と茶色のメイド服を着た者達が、戸惑いながら儂をお嬢様と呼ぶ。先に入っていた娘さんたちが固まっている。変な空気が流れる。

「こういう時は旦那様と言うのですよ、ランさんリンさん。いらっしゃいませお祖父様、カウンターへどうぞ」

 おお、レイシア! メイド服? 

「お給仕はメイドの仕事ですよね。どうぞお座り下さい」

 言われるがままイスに腰掛けた。



 レイシアは一生懸命に働いていた。基本的には、裏で店長と料理を作っている。時々、メイドの手伝いをしながら。

「はい、お祖父様お待たせしました。私が作ったんですよ。どうぞ召し上がれ」

 にこにこしながら、皿とティーカップを並べた。

「お茶を注ぎますね」

 そう言うと、慣れた手つきで紅茶を注いだ。

 儂は、見たこともないデザートにフォークを刺した。


 柔らかい。


 一瞬へこんだその菓子は、すぐにフォークを受け入れ刺さった。ナイフで切り口に運ぶ。

 甘く柔らかいそれは、口の中で踊るように噛み切れる。バターの塩気とはちみつの甘さが心地よい。ふわふわの食感が新しい!

 数回噛んだだけで喉に流れていく。

 口直しの紅茶を飲むど、これがまた旨い。けして上等の茶葉ではないのに、苦味が抑えられた紅茶は口の中に残った甘さをあらいながし、魅惑的な芳香だけを残した。

「いかがですか?」
「旨い! 何だこれは!」
「それは、後で教えますよ。夕食ご一緒するのですよね」
「ああ。そのつもりだが」
「では後ほど。ごゆっくりおくつろぎください」

 そう言って仕事に戻っていった。


 レイシアよ。



 この女子だらけの空間で、どうやって寛げというのだ……。

 儂は肩身を狭くしながら、『ふわふわハニーバター、生クリーム添え紅茶セット』なるものを食した。
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