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第六章 夏休み

64話 体育の時間

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 レイシアと騎士爵子息たちは外へ出た。神父様、クリシュをはじめ、他の生徒もぞろぞろとついてきた。

「俺たちはいつも木刀を持ち歩いているんだ。いつでも稽古ができるようにな」

 リーダーの子がイキがって言った。

「お前はどうするんだ! 何も持ってないんだろう」

 レイシアが鞄しか持っていないのを見て、やいのやいのとマウントを取ろうとする三人。レイシアはカバンに手を入れていろいろ出してきた。

「包丁とかすぐにやれるさばけるものならたくさんあるんだけど……」
「「「んなっ!」」」

 三人の顔が青ざめた。もしかしてやばいヤツなのか?

「あの、持っていないなら僕の貸しますが」

 三人の中で一番気の弱い、言うなればパシリ役の子がレイシアに木刀を差しだした。

「いいの?」
「はい、僕は見ていますから」

(((逃げた)))レイシア以外全員が一斉に思った。

 残された2人はまだ負けるなどと思ってはいない。ブンブンと木刀を振り回してはレイシアに見せつけている。

「どうだ! 俺たちは毎日100回の素振りを3ヶ月続けているんだ」

 自慢げに語る少年。
 (少なっ!)と思うレイシア。少しハンデが必要かな? そんなことを思いながら素振りを眺めていた。

「止めるなら今のうちだぞ」

 あまりの素振りの下手さとイキり具合を見て、急激に怒りが冷めてしまったレイシアはどうしようかなと考え始めた。
 勝つのは簡単だけど、心を折らなきゃね。教育は大変だ。そんなことを考えてこう言った。

「あなたたち、素振りがなっていないわ。こうよ」

 ブワンッ‼ と風が切れた音がした。レイシアの一振りでかまいたちが起こり地面にうっすらと亀裂きれつが入った。

「じゃあ、やろうか。なんなら、2人掛かりでもいいわ」

 にこやかにそう言うと木刀を二人に向けた。



 レイシアを頂点に、正三角形になるように2人は離れて木刀を構えた。その連携は偶然であれよかった。しかし、彼らは子供で素人。防具を付けていない相手、それも女の子に木刀を当てるという事に恐れと罪悪感を持っていた。
 普段は格上の大人から手加減してもらいながらの訓練。子供同士では、ガチガチに防具を着けたうえでの試合。

 それなのに今は、生身で戦う。

 それは、打たれる恐怖より、打って怪我をさせたらどうしよう、という気の使い方が先に訪れる。正常性バイアスにより、女の子に自分がやられるとは思いもよらなかった。勉強が苦手で、その恥ずかしさを隠すためにイキっていただけなのに。

 どうしたら戦意喪失させられるかな?

 リーダーはそんなことを思っていた。



 すっかり腰が引けた2人に対しレイシアが怒鳴った。

「そんな構えじゃ生き残れない!」 

 スッとレイシアが動いた瞬間、『カン、カンッ』とおとが響き、気がつくと二本の木刀がクルクルと宙に舞った。

 なにが起こったのか分からないまま、木刀を見ている2人。クルクルクルクルクルクル。2人には木刀がスローモーションのようにいつまでも回り続けるように見えた。やがて『ドス、ドシャッ』と木刀が落ちた瞬間我に返った。

 一方客席からはレイシアの動きは速すぎて、何が起きたか分からない。レイシアが2人に近づいたら、勝手に木刀を放り捨てた様に見えた。

「もしかして、エースたち、女に武器は必要ないって自ら木刀を捨てたのか⁉」
「そうか! 男気だけはあるからな」
「見直したわ!」

 勝手に盛り上がるギャラリー。
 え?違う! と否定したい2人。
 勢いに乗るレイシア。

「ふふふ。木刀を手放すとは余裕だな。私もなめられたものだ」

レイシア基準でもの凄くゆっくり木刀を振る。なんとかよける2人。

「すごいわ! あんな速い攻撃を余裕でよけているわ」
「がんばれ~。男をみせろ!」

 わざと当たらないように木刀を振り続ける。が、2人にはそんなことは分からない。
 死にたくない。ただそれだけで体を動かしていた。

「逃げろ逃げろ、当たったら骨が砕けるぞ~」

 2人にしか聞こえない様に脅しをかけるレイシア。木刀が落ちた所まで上手く誘導した。攻撃の手を休め、木刀を拾わせる。

 さらに盛り上がるギャラリー。

「死にたくなければ構えな」

 窮鼠猫を嚙むキュウソネコカミ。追い詰められた2人は闇雲やみくもに木刀を振る。

「反撃だ! でもなぜ攻撃?」
「寸止めよ! 実力の差を見せつけたから、追い詰めて寸止めで決める気なのよ!」
「そうか! がんばれ!」

 もともと2対1がおかしいとか考えなくなったギャラリー。盛り上がれば盛り上がるほど、違う意味で2人を追い詰める。

『コンコンコン』

 上手く木刀でさばくレイシア。ここぞ! というタイミングで木刀を放り投げた!

   クルクルクル……カラン

   木刀が地面に落ちる。
   勝利を確信した2人。
   静寂の後、歓声を上げるギャラリー。



 レイシアは、メイドの必需品『大型のナプキン』を取り出した。

「ウオーター」
 こっそりと魔法でナプキンを濡らす。
 
「これくらいなら死なないだろう?」

 ブンブンとナプキンを振り回すと、初めて本気で攻撃を仕掛けた。

 顔に!『バスッ』
 腕に!『ビシッ』
 腹に!『ドゴッ』
 喉に!『グウッ』
 手首に『キュッ』

 次々と濡れて重くなったナプキンがヒットする。
 時には殴るように。時には巻き付いて引っ張られ。
 体制を崩すと殴られ蹴られ。

 2人はナプキン一枚で、ボロ雑巾のようになっていった。



「このように、力自慢……、脳筋ではだめなのです」

 レイシアは演説をはじめた。

「あり余る体力も、戦略や戦術がなければ意味をなしません。ナプキン一枚でも、使い方を知れば木刀に勝てるのです」

 間違ったことレアケースを教えるレイシア。

「学問はすばらしい。皆さんもよく学び、よく鍛えてくださいね」

 いいことを言ったように聞こえるが、状況は最悪。倒れている二人。凍り付いたギャラリー。

 レイシアと言う魔王の実力を見せつけられた貴族令息令嬢は、レイシアがいる領主一族には逆らってはいけないという事を、心の底に深く刻み込まされたのだった。
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