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第六章 夏休み

61話 閑話 お父様の子育て

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「私は子育てを間違えたのだろうか」

 深いふか~いため息をつきながらつぶやいた言葉。それをメイド長が聞いていたようだ。彼女は私にこう言った。

「旦那様は子育てを間違っていませんわ」

 その言葉を聞いて私はほっとした。

「旦那様は子育てしていませんもの。間違うも間違わないもありませんわ」

 おいっ、誉め言葉じゃなかったのか?

「奥様亡き後、レイシア様を育てたのは私と料理長をはじめとする使用人一同です。特にサチの途中参入はグッジョブという他ありません。勉強面では神父様の功績は計り知れません」
「お、俺だって!」

「俺だって? 素が出るほど動揺なさっておりますが、いかがいたしました? おれだって、何をしたのでしょうか?」

「………………………………」

 考えた。考えたんだが何も出てこない。沈黙が重い。メイド長は無言でカップに紅茶を注いだ。

 トゥル トゥ トゥ トゥトゥトゥ

 紅茶を注ぐ音がよけいに静寂を際立たせる。
 スゥーッとカップが目の前に差しだされる。

「ふっ」

 静寂の中、俺をあざ笑うかのように、メイド長の息がもれる。
 神経が持たない!

「はぁ。たしかに私は子育てをしていなかったもしれないな」
「かもではありません。していませんでした」

 辛辣に否定した。

「私にこれから何が出来ると思う? なにかあるか?」

 どうせ、「何もありません」とかいわれるんだろう。知っているよ。

「ありますわ。旦那様でないとできないことが。ええ」
「あるのか! なんだ? 教えてくれ」

 さすがメイド長。私はすがるようにメイド長の言葉を待った。




「旦那様にできる事、それは……」
「それは?」




「学園でやらかしたレイシア様の尻ぬぐいです」


 私は机に突っ伏した。それだけか。親としての私の役目は。
 やだな~、代わってほしな~ などと現実逃避する間もなく、レイシアがやってきた。



「学園生活はどうだい?レイシア」

 とりあえず、当たり障りのない所からたずねると、レイシアは何枚かの紙を取り出した。

「これは?」
「成績表です。いくつも教科完了したんですよ」

 レイシアは胸を張って自慢そうに言った。どれどれ?



  レイシア・ターナー
        CLASS 所属クラスなし
        採点者 シャルドネ
座学基礎

 言語  PASS(1年修了)
 数理  PASS(1年修了)
 科学  PASS(1年修了)
 地理  PASS(1年修了)
 歴史  PASS(1年修了)

       ALL CLEAR

実習(選択制)

法衣貴族コース
  簿記・会計   PASS(1年修了)  
  ビジネス作法  E  (前期)
 
騎士コース
  実践基礎    S
  魔法基礎    評価不能
  馬術基礎    S
 
お仕事コース
  冒険者基礎   S
  料理基礎    PASS(1年修了)
  メイド基礎   PASS(1年修了)


担任より
 レイシア様は、非常に優秀です。座学に関しては優秀なため授業を受ける必要がないと判断し、自主学習をさせている。

 実習もほぼ出来ている。すでにいくつか修了表をもらっている。
 ビジネス作法に関しては、言葉遣いから直しましょう。

 魔法に関しては、6属性と言う特殊な属性ゆえ、これからの研究次第による。現時点では評価仕様がないため不能と記す。

 貴族としての常識に欠けている。貴族コースを取っていないためこちらでは教育しようがない。今後の進路を考えるように。



 なんだこれは? 理解が追い付かない。

「レイシア、所属クラスがないってどうゆうことだ?」
「文字通りです。クラス分けの最初のテストで満点を取ったからもう学ぶ必要がないって言われて基礎クラスに割り当てられなかったの。だからクラスに所属してないんだよ」

 分からん。神父バリューに任せよう。

「ビジネス作法だけひどいな。どうしたんだ?」

「分かりません。下手したてに出ているのですが評価されませんでした。おかしいです。丁寧にしているんだけど」

 レイシアが分からなくなっている姿を見て、おかしな話だが安心した。そこに人間らしさを感じたのかもしれない。

「よく分からんが、成績優秀なのは分かった。頑張ったなレイシア」

 そう言うと娘は照れたのか『にへへ』と笑顔になった。見たことのない笑顔の崩れ方になぜか胸が痛んだ。

 それでも聞かねば。王子の事。

「ところで、食事中に言っていた王子様の事だが……。なにがあった?」

「え? 普通に戦っているだけですが」
「なんで!」

 なぜ王子と戦うんだ! この娘は!

「騎士コース実践を王子も選択しているんです。だから対戦相手になりますよね」
「なぜお前が騎士コースを取っているんだ?」

 そう、そこからだ! 騎士にはならないだろう、レイシア。

「だって、魔法を使いたいなら騎士コース取らなきゃいけないでしょ」

 魔法? なぜ魔法なんか使いたがる? 分からん。

「それに剣なんか振れないだろう? そんな訓練してないし」

「大丈夫。フォーク一本で勝てました」
「なぜ!」

「なぜと言われても……。強いからです!」

 言葉が通じない。

「もしかして、王子って弱いのか?」
「いいえ、そこそこ強いですよ」

 なにその上から発言! どういうこと?

「最近は毎回王子と戦っていますよ。負けたことはないわね」

「まて、騎士コースで王子と戦っているのは、他の生徒と戦えないほど王子とレイシアが弱いからなのか? それなら分からなくもないな」

「いいえお父様。他の生徒では相手にならないからです」
「そんな訳あるか!」
「成績表見てください! 実践基礎S評価ですよ」

「……本当だ」
「それに第一回トーナメント優勝したんです! 私に勝てる者など1年生にいないんですよ」

 ナニイッテルンダ、ウチノ娘。
 頭が働いていない。理解ができない。


『うわ—————』


 遠くで叫び声が聞こえた。クリシュか? レイシアがあわてて部屋を飛び出した。我に返った私も駆け出した。
 
 クリシュはお風呂が温かいのにびっくりしただけだった。
 大勢の人に入浴姿を見られた息子は「出てって!」と泣きながら叫んでいた。

 レイシアがお湯にしたそうだ。

 もはや理解が崩壊しそうな私は、レイシアとの会談を打ち切り、部屋に戻って寝た。

 仕方ないよね。キャパシティ超えたんだし。

 私は「旦那様は子育てしていなかった」というメイド長の言葉を思い出した。
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