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第四章 実技の授業

39話 騎士コース 王子対レイシア

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 実践基礎2日目。予告通り模擬戦が行われる手筈が整っている。スタッフには保健教諭。並びに聖女見習い(上級生)達。かなりガチな配置だ。

 相変わらず、身の程を知らない上級貴族はロングソードと鋼鉄の鎧を身にまとっていた。なかには白銀の鎧をまとう者も。

 王子をはじめ、まともに訓練を積んでいる者たちは皮の防具に模擬刀。それなりに動きやすい装備をしている。装備の持っていない生徒には、申請があれば木の防具と模擬刀が貸された。素人には木の防具がちょうどいい。皮より重いが怪我はしにくい。

 そんな中、レイシアはメイド服で試合会場に来た。

「そこの馬鹿、ここをどこだと思っているんだ!」

 教師が叫ぶと、レイシアは「騎士コース実践基礎ですよね」と、事もなげに言った。

「分かっていてその恰好か。なめられたものだな」

 教師はそう言うと、何事もなかったかのようにレイシアを無視しながら行ってしまった。騎士爵を真面目に目指す者たちは、レイシアの姿に冷たい目線を飛ばした。



 とりあえず、現在の騎士コースは暫定クラス。前回の授業と今回の授業の結果で本当のクラスが決まる。逆に言えば、勘違いした者どもに現実を見せるため、今は実力がばらばらだ。別に勝ったものが上に行くとは限らない、試合内容を見て教師が点数を付けていくのだ。

「では、これから試合を始める。相手役が決まったものからここへならべ」

 教師がそういうと、お互い顔見知りの者からペアを組み並んでいった。次になんとなく爵位が一緒の者。どんどん決まっていった。

 そんな中で、メイド服ふざけた格好のレイシアと、立場の強い怪我させられない王子が最後まであぶれた。仕方がないので二人はペアを組まざるを得なかった。

「それでは2組ずつ試合を行う。試合時間は3分。先に武器を体に当てたものの勝ちだ。実践ではきれいな剣より切った剣の方が強い。たとえかすり傷でも、付けられたら剣を持てなくなるからな」

 そう言って試合を始めさせた。ちなみにトーナメント制。勝ったものは次の試合にでる。

 ロングソードは重く、人によっては剣を持ち上げるだけで精一杯。その間に当てられて終わり。そんな貴族は問題外。

 経験者が次々に勝ち上がり、王子の番となった。



「本当にその恰好で出るのか? 今なら防具も剣も貸すのだが」

 教師がレイシアに提案した。本当はダメなのだが、さすがにメイド服はありえない。特例を出そうとした。

「いいえ、メイド服はメイドの戦闘服。これが正しい正装です」

 レイシアは訳の分からぬ答えを返した。

「武器は何を持つんだ!」
「では、これを」

 見るとトレイの上に水の入ったグラスとデザートフォークが乗っていた。

「これで充分です」

 これには真面目に騎士になる気の生徒も教師も大ブーイング。王子は馬鹿にされたと怒り心頭。

「ふっ! 5秒で決着をつける。どうせ攻撃など出来まい。1分逃げ切ったらお前の勝ちでいい!」

 そう宣言すると、会場は沸いた。王子コールが鳴り響く。王子は手を振りながら開始線に立った。
 一方レイシアは、左手にグラスを乗せたトレイを三本指で持ち、淡々と開始線に立った。

「始め!」

 教師が号令をかけると、スッと背を伸ばしたレイシアに王子は勢いよく切り込んだ。



<王子視点>

「イヤ―――!!」

 俺は掛け声を上げ切りかかった。もちろん寸止めだ。実力の差は歴然。女子に対して本気になるほど愚かでは……。

 剣を振り下ろした時そこに女生徒はいなかった。

 振り下ろしたその刹那、首に冷たい感触があったかと思うと相手の女生徒は俺の背後にいた。踏み込み過ぎたか?そう思って振り向くと相手は先にこちらを向いていた。俺の背筋が寒気を感じた。もしかしたら、今の首の感触は……。

 いや、そんな馬鹿な。踏み込みすぎただけだ。勢い良すぎて追い越してしまったんだろう。俺はもう一度切りかかった。



<レイシア視点>

「イヤ―――」

 王子が声を上げて切りかかってきた。一角ウサギみたいにまっすぐな剣筋。ウサギより遅いよ。しかも大声を上げるなんて弱い証拠。首元ががら空きだったから、フォークで切ったことにして脇をすり抜けてっと。はい、おしまい。

 あれ? 首を切ったの誰も気づいてなかった? おかしいな。まさか本当にフォーク差すわけにはいかないから触れるだけにしたのに……。まあいいか。次は分かりやすく当てよう。



 王子は最初手加減していた。レイシアも手加減していた。
 まったく当たらない現実に、王子が先に手加減をやめた。

「いあやぁぁぁぁぁ――――――」

 王子は本気で当てに来た。目が殺気立っている。その横をレイシアはスカートを踊らせ、クルクルクルクル回りながら避けている。もちろん攻撃しているのだが、周りには認識されていない。

「あの子のグラス! 水がこぼれていないわ!」
「それにあの動き! まるで王子とダンスしているかのよう」

 ターナー式メイド術「円舞」。それは円運動とすり足を組み合わせた実戦的防御術。直線の攻撃に対しては100%の回避を行える。
 ターナー式メイド術とは、戦乱の世にあるじを守るために生み出された不殺の防御術。その秘密を知る者はわずかに数名しかいない。

 「クッ」

 王子は何度も殺されかかっているのは分かっていた。首元に、脇に、頬に……。なんどもフォークで撫でられる恐怖。しかし、審判の教師が気づいていないならまだ負けではない。恐怖を誤魔化すように攻め続けた。

 らちが明かない。そう思ったレイシアは攻撃に転じた。

「キヤァァァァ――――――」

 大声を上げ踏み込んできた王子の顔にグラスの水を掛けた。不意の攻撃に態勢を崩した王子のわきに付き、踵を右足で思い切り刈った。

ズデン!

 大きな音を立て王子は倒れた。そのままレイシアは、右腕を踏みつけしゃがみ込み、左目ギリギリにフォークを突き差すように構えた。

「あきらめなさい! グラスの中身が劇薬なら、あなたは今頃顔がただれのたうち回っているのよ。それに、今からこのフォークで目をくり抜くことぐらい一瞬でできるわ。なんなら……」

 ポイっとフォークを投げたかと思うと、いつの間にかその手にはステーキナイフが握られていた。

「なんなら、これで喉を掻っ切ることもできるわ。あなたさっきから何回殺されたか分かっているの?」

 今までの攻撃に加えあまりの斜め上方向の脅しに、王子は意識を手放した。



 その後、トーナメント戦はレイシアの圧勝で幕を下ろした。
 試合会場は恐怖につつまれ、レイシアは

 『メイドアサシン』

 の二つ名を付けられた。


【現在のレイシアの二つ名】
 制服の悪魔のお嬢様(略称 制服の悪魔 悪魔のお嬢様)(市場)
 黒魔女様  (メイド組女子生徒)
 マジシャン (料理組男子生徒)
 やさぐれ勇者(法衣貴族組生徒)
 メイドアサシン(騎士組生徒)
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