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第四章 オヤマー領 レイシア11歳

33話  初めてのオヤマー領

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 アマリーとフージに泊まって、やっとオヤマーに着いた。初めて見る景色。初めて寄った賑やかな王都。宿場町、工業地、王都。どの町も個性があり、賑わっていた。
 
 馬車の移動は無理が出来ない。馬が疲れたら休み休み。なので、どこで止まってもレイシアは外に出させてもらって、いろんな人にいろんな質問をしていた。町の様子。仕事の事。売っているものについて。

 人々は、貴族としては貧相……いや、かなり質素な服を着た女の子が、その子より立派な格式の高い服を着た従者を従えているのを見て、どこかの偉い貴族の子供が、お忍びで来ていると勘違いし、丁寧に答えてくれた。

 旅の中で、レイシアの知識と体験は、レイシア自身をまた一つ成長させた。

◇◇◇

 オヤマー領に入ると、不思議な匂いが辺り一面充満していた。

「この匂いは?」

 レイシアが聞くと、ノエルが答えた。

「この匂いは、お米を精米したぬかの匂いです。オヤマー領は米の酒造りで有名ですが、今はお米そのものを美味しく食べる研究が進み、オヤマーでは安くておいしくて柔らかいお米が、庶民の間で広まり始めているのですよ。」

「食べてみたい」

 レイシアは料理人として、また、何かが大きく変わる予感がして、お米の味を知って見たかった。

「滞在中にいくらでも召し上がれますわ」

 レイシアは、深呼吸して糠の香りを確かめた。変な匂い。これが美味しくなるの?

「食べてからのお楽しみですよ。レイシア様」

 馬車は賑わう町並みをゆっくりと進んで行った。



 ターナー家より豪華な門をくぐると、大玄関が開く。大階段の前で執事以外使用人が列を作る。階段の前には、優しく微笑んだお祖父様とお祖母様。

「お久しぶりです。お祖父様お祖母様。これからお世話になります」

 スカートに手をやり、カテーシーをしたレイシア。メイド仕込みの姿勢のよさが際立つ。お祖父様がうんうんと頷くと、お祖母様は微笑んで言った。

「よく来たわね、レイシアちゃん。待っていたわ。ようこそ我が家へ」

 お祖母様が優しく声をかける。

「あら、荷物はそれだけ? どうしましょう。とりあえず着替えましょうか。確かアリシアが小さい頃着ていた服があったわよね。無いなら本宅から取ってきてちょうだい。その後にお茶を一緒にお茶を飲みましょう」

 レイシアの着ている服は、レイシアにとっては一張羅だが、お祖母様から見たら満足出来る物ではなかった。孫は男2人。女の子を着飾らせたい欲求がムラムラと湧いて出てくる。

「そうね。2ヶ月いるのだから、明日服を買いに行って、何着かオーダーメイドで作りましょう。来年のためにも……」

「おいおい、そんな興奮しないでおけ。レイシアも長旅で疲れているだろう。お茶でなく夕食まで休ませてあげたらどうだい。」

「そうですわね。馬車は疲れますものね。分かりました。レイシア、夕食までゆっくりしていなさい。ノエル、ポエム、レイシアをよろしく頼みますよ」

 顔合わせは終わり、レイシアは客間に案内された。



「やっぱり王都のお菓子は甘いわね」
 レイシアは、部屋で出されたお茶とお菓子を食べながらそうつぶやいた。

「ターナーで出されるお菓子は、果物を中心とするか、ハチミツを使ったお菓子が多いですから。砂糖はジャムを作るために使用するから甘さは控えめですよね」

 ターナー領でアリシアに付いていたノエルがそう言うと、ポエムも応えた。

「私もターナーで出されたお菓子は、素朴な感じで好きでしたわ。王都でも砂糖は貴重品なので、貴族の中では、砂糖をたくさん使った方が高級品と言うイメージが付いていますの」

「ふ~ん。そうなの。おいしい方がいいのにね。私ならもっとおいしく作るのに」

「レイシア様は、相変わらずお料理しているのですか?」

「もちろん。立派なお姉さまですから」

 レイシアの変わらない態度に二人は笑った。ノエルもポエムも、そんなレイシア様が大好きだった。



 休憩後、レイシアはクローゼットに案内された。見たこともない色とりどりのキレイなドレスが、部屋いっぱいに吊るされている。生活するのにこんなにドレスって必要? レイシアは不思議に思った。

「こちらの棚にあるのが、アリシア様がお召しになっていたドレスです」

 ノエルが指し示した棚に、20着ほどの子供用ドレスがあった。

「お母様が着ていたのですか?」

「ええ。アリシア様はそれはそれはかわいらしい方でした。今のレイシア様のように。初めての会食ですので、あまり派手にならない……、そうですね、髪の色と合わせた、この茶色のドレスなどいかがでしょうか」

 (このお洋服をお母様が着ていたのね。お母様にもこんなに小さい時があったんだ。お母様……)

 レイシアは、お母様を思い出し、少し切ない気持ちになった。ドレスをギュッと抱きしめたあと、「これにしますね」と言った。



「それでは、着替える前に入浴をいたしましょう。長旅で汚れていますからね」

 浴室に連れて行かれたレイシアは、ノエルとポエムに服を脱がされそうになった。お母様がいなくなってから、使用人の数が足りず、また、レイシア様にだからという謎の信頼感から、レイシアは身の回りのことを、誰にも頼らず、自分一人でやる習慣が身についていたのだ。

「お風呂も一人で大丈夫だわ」

「それはいけませんわ。レイシア様」
「そうです。私達の仕事がなくなってしまいますわ」

「それに、貴族の女性としての振る舞いとして失格てす。立場にはそれぞれ役割というものがあるのですよ。貴族のお嬢様は、お世話される役割があるのです」
「そうです。お世話させて下さい」

 なんだか腑に落ちないレイシアだったが、二人ががりで言われたらしょうがない。身を任せることにした。

「そういえば、こっちには温泉は無いの?」

 体を洗われながら、昔お母様が言った事を思い出し、レイシアは尋ねた。

「はい。残念ですが私はターナーでしか温泉を見たことはありません」
「私もです。温泉素敵でしたね」

 けして冷たい訳でもない水を浴びながら、冬は大変だなと思うレイシアだった。



 服を着るときも。はじめは一人で着られますと頑張ったレイシアだったが、貴族のドレスなど一人で着られるようには出来ていない。
 レイシアの事をよく知っているノエルとポエムは、レイシア様が諦めるまでやらせようと静かに見守っていた。

 構造的に一人では着ることが出来ないと分かったレイシアは、(貴族の世界は無駄にできているのね)と覚り、その後から諦めてメイドたちの言うことを聞き、手を借りる事を嫌がらないようになった。

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