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第三章 頑張るお姉様 レイシア7〜11歳

24話 お誕生日のパーティー

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 王国の貴族社会では、誕生日のお祝いは毎年行わない。乳幼児の死亡率が高いためと、王都辺りでは規模の大きなパーティーになりやすいため、毎年行うには負担になるからだ。
 誕生日を行う年は決まっている。まずは1歳。1年生き延びたお祝を身内で行う。5歳。洗礼式を行い貴族社会に混ざる。12歳。学園入学前のデビュタントの一環としてのお披露目。18歳。学園卒業後の初めての社会人としてのお披露目。あとは50歳。ここまで生き抜いたお祝いで誕生日をするくらい。パーティーなどやることは山ほどあるので、誕生日など毎年やってはいられないのだ。

 しかし、ターナー領は辺鄙な場所にあり、領主と領主婦人が社交界から距離をおいているので、パーティーなど何年も行われないし出られない。というか、出ない。お誘いの手紙は来るが、断るのは平気。
 クリフトは元から社交界に興味ないし、アリシアは駆け落ち同然で結婚したので、本当はパーティーなど、華やかな世界は好きなのに、社交界には近寄れない。
 
 そんな中、レイシアは言った。

「お母様はクリシュの1歳の誕生日をお祝いしたのですね。ズルいです」

 ずるいと言われても、お祝いしない方がひどいのだが、レイシアはむくれていた。

「私もクリシュの誕生日をお祝いしたいのです。2歳のお誕生日会開いて下さい」

 2歳のお誕生日会なんて聞いたこともないよ、と最初は笑われたが、

「では、私が取り仕切りますので、お父様予算下さい」

 と、サインを求められたクリフトは、アリシアの帰還パーティーの事を思い出した。レイシアに任せたら何しでかすか分からない。それなら1歳の誕生日を2歳でもやったほうがまし。被害を最小限に抑えるためレイシアに言った。

「あ~、そうだな。レイシアはそんなにクリシュの誕生日を祝いたいのか。それならレイシアは主催者になってはいけないよ。そうだな、プレゼント係はどうだい?予算内でクリシュのためのプレゼントを用意するんだ。予算は明日、執事から貰いなさい」

 と、執事に丸投げして、レイシアの暴走を抑えたのだった。

 レイシアは、お母様と一緒にお買い物に行く日を、楽しみに待つことにした。

 ◇◇◇

「「「お誕生日おめでとう、クリシュ」」」

 王国歴408年2月5日金曜日、クリシュ2歳の誕生会は開かれた。
 王都の暦の1年は、12ヶ月336日。毎月28日で切り替わるので、クリシュの誕生日は金曜日と決まっている。

 クリシュはいつもと違う雰囲気に、最初は固まっていたが、みんながニコニコと対応するので、だんだん笑顔になっていった。

(クリシュ、なんて可愛いの。私ってこんな可愛い子のお姉さまなのよ。なんて幸せ)

 レイシアはクリシュにプレゼントを渡した。クリシュが包みを開けると、クリシュの大好きな黒猫のぬいぐるみと対になった、白猫のぬいぐるみと、絵本が出てきた。

「ネコ。ネコすき。ありがとう、おねーしゃま」

 ぬいぐるみを抱きしめながら、クリシュがニカッと笑うと、レイシアは居ても立っても居られずに、クリシュを抱きしめた。

 (おねーしゃま! おねえしゃまだよクリシュ! もう天使! 天使だよこの子。大好き!)

「ん~、イタイよ~」

 レイシアは慌てて手を離した。嫌われた! と思った瞬間、

「おねーしゃま、よる、このホンよんで」

 ……レイシアは幸せで壊れた。ニヘラニヘラと崩れた笑顔で立ちすくすばかりだった。

 お父様もお母様も、ニコニコと見ていた。周りの使用人達も微笑ましく見ていた。

「こんなに誕生日が素敵なら、レイシアも誕生会する?」
 アリシアがレイシアに聞くと、レイシアは

「私はいいから、来年もクリシュの誕生会をして!絶対!」
 と言った。クリシュの誕生会は毎年行う事に決まった。

 幸せな、幸せな、誕生会だった。

 その後、レイシアには内緒で、レイシアのサプライズ誕生会が行われた。レイシアが感動の渦に巻き込まれたのだが、それはまた別のお話。

 ◇

 クリシュの3歳の誕生日。
 クリシュはイヤイヤ期も過ぎ、話す言葉もしっかりしてきた。

「「「お誕生日おめでとう、クリシュ」」」

 お父様も、お母様も、レイシアも、みんなニコニコ。クリシュもニコニコ。使用人達もニコニコ。

 嬉しいね。幸せだね。天使のようなクリシュを抱きしめながら、レイシアは幸せな時間を過ごした。

 ◇

 クリシュ4歳の誕生日のひと月ほど前。

「3回同じでは芸がありません。お父様、予算下さい」

 レイシアはお母様を味方に引き入れ交渉した。

「せっかくお母様と淑女教育しているんです。披露の場は必要です。ね、お母様。お母様ときちんとしたドレスを着て誕生会を開くんです。楽しそうではありませんか。ね、お母様」

 クリフトには、女心はよく分からない。レイシアも実はよく分からない。でもお母様を味方につける敵にまわす意味はお互い、骨の髄まで叩き込まれていた。

「そうね、あなた。レイシアにもそろそろパーティーの実践練習は必要ね。そう思わない」

 ニコリと笑うアリシア。コクコクと頷くだけのクリフト。

 (男共に任せておけない)

 アリシアはレイシアの淑女教育の一環として、レイシアに企画の内容と意図を説明しながら準備をすることにした。レイシアは、今までインプットしてきたラノベの情景を思い浮かべながら、(あのシーンはこういう意味だったのね)と理解していった。無駄にラノベを読んでいたわけではなかった。(知識は裏切らない! と言う神父様の言葉は本当だったのだわ)と一人感動していた。

 そしてクリシュの誕生会、当日となった。



 クリシュ4歳の誕生日当日の早朝。アリシアとレイシアは温泉に来ていた。

「なぜ朝から温泉に来ているのですか、お母様」
と聞くと

「淑女はね、ここぞと言うときにはクレンジングから始めるものよ。いくら化粧品を塗っても、元が汚れていては駄目なの。お肌も心もね」

「ふーん。クレンジング大事」

「それからね、レイシア。あなたは当たり前過ぎて分からないかもしれないけれど、温泉ってね、すっごく珍しいものなのよ」

「そうなの?」

「そう。王都に言ったら水のお風呂しかないのよ。王都以外でもね。アマリーにもなかったでしょ」

「え~、王都にもないの?」

「そうよ。だからここターナー領は素晴らしい所なのよ。さあ、上がりましょうか」

 レイシアは、温泉の素晴らしさと珍しいということを覚えた。



 クリシュの誕生日パーティー会場。楽団が静かな音楽を奏で始める。クリフトがアリシアをエスコートして入場。その後に、クリシュがレイシアを……いや、レイシアがクリシュを……どっちだ? とにかく二人仲良く手をつないで入ってくる。

 使用人達の拍手に迎えられてワルツを踊る。クリシュとレイシアでは、4歳と9歳、身長に20センチ程の差があるが、そんなことは気にしない。お互いを大好きな姉弟。音に合わせて右左、ゆらゆら揺れているだけで楽しい。

 クリフトとアリシアは、優雅に踊る。ルン・タッタ ルン・タッタ。

「いいものだな。たまにこうするのも」

「ええ。そうですわね」

「君の誕生日にも、こうしてパーティーしようか」

「本当に?!」
 
アリシアは、踊りを忘れて抱きついた。クリフトは抱きつかれたまま、クルクルと器用に回った。

 お父様はやっと、気を利かせられる大人に成長できた。良かったね、お母様。

 その後、3ヶ月後にアリシアの誕生日パーティーが開かれたが、それはまた別のお話。

◇◇◇


「「「 お誕生日おめでとう、クリシュ」」」

 楽しいダンスも終わり、大好きな両親と姉からお祝いを言われたクリシュは、

「ありがとうございます。おとうさま、おかあさま、おねえさま」
と、しっかりとお返事した。クリシュの成長を見て、レイシアは感動に震えていた。

 (ありがとう、おねえさま。ですってよ~、クリシュ~)

 ニコニコと笑いながら、お話しながら、三人はごちそうを食べ、いよいよプレゼントを渡す時間になった。クリシュはプレゼントを開ける前に、両親とレイシアに言った。

「いつもプレゼントもらってばっかりだから、ボクからもプレゼントだよ」

 三人に、紙を渡した。クリフトには、いかにも子供が描いたネコの絵。アリシアには、大好きな家族の絵。そして、レイシアには、

『 だ い す き 』

とたどたどしい文字で、はっきりと書かれた手紙。

「お姉さまが、読んでくれるネコの絵本で、『だいすき』ってかいてある字を写したんだ。あってるよね』

 レイシアは壊れた。嬉しさで壊れた。この子天才?! 何、この人たらし。

 「だいじょうぶ? お姉さま」

 大丈夫じゃないよ! クリシュのせいだよ! レイシアはクリシュを抱きしめながら、泣いた。嬉しい嬉しい涙がでた。



◇◇◇




「「お誕生日おめでとう、クリシュ」」


 クリシュ5歳の大切な誕生日。

 洗礼を受ける大切な誕生日。




 それでも、去年のように楽しく出来ない。


















 ………………お母様がいないから…………
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