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第二章 お母様と弟 レイシア6歳
16話 閑話 アリシアからみた現状
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やっと両親から開放された~!
里帰り出産を終え、最後の宿場町アマリーで両親と別れた私は、1km程馬車で進んだ所でお嬢様の仮面をぬぎさった。
両親嫌いじゃないわ。でも、愛が重いの。嫌いになりたくないのよ。
実家で寛げないって、どれだけしんどいことが分かるかな。安心したら小さなため息が漏れた。はぁ。
「お疲れ様です、アリシア様。何か必要なものはございますか」
メイドのノエルが聞いてきた。必要なもの……必要なもの……
「私に必要なもの……それは癒やし」
思わず口から吐きでた言葉を飲み込もうとしたが、代わりに「あ――っ」というため息が出た。
両親から離れられてほっとしているのは私。でも帰っても……
愛しい夫と可愛い娘。でも……
不満はない。不満はないのだけれどそれだけ。心が踊るような事はなにもない。
このまま帰った所で夫と娘が出迎えてくれるだけだろう。そういうの気が利かない人だから。
プレゼントの一つでもあればいいな。……まぁ、期待するだけ無駄か。
考えるたび、ため息をつく私を見て、ノエルとポエムは声をかけてくれた。
「温泉に寄りませんか、アリシア様」
「そうですわ。アリシア様はお疲れです。温泉で癒やされなければいけません」
「それに、そんなお顔で帰られては、旦那様もお嬢様も心配なされます」
「たっぷり温泉でデトックスして、笑顔で帰りましょう。アリシア様」
温泉か……いいかも。いや、温泉に浸かりたい。そうよね、デトックスは大事。癒やされたい。このまま帰っても癒されない。温泉、そう温泉にいかねば!
「温泉によりましょう。皆で温泉に浸かるわよ。癒やされましょう。楽しみましょう」
そうして、私達は温泉でたっぷりと癒された。
◇
温泉を出て、メイクもバッチリ決めた私は、愛しい家族のために気持ちを入れ替えた。
実家の毒は洗い流した。
日常生活に疲れても、私には温泉がある。心強い仲間達もいる。迷うな私。
気が利かない夫に頼るな。夫をフォローするのが私の役目ではないか。娘のために頑張るのよ、私。
颯爽と馬車に乗り込み帰路につく。あの坂を登れば館が見える。
その時、高らかに鳴るファンファーレが聞こえた。
えっ? 何? 坂の頂上から館を見ると、大勢の人々がこちらを見ている。
楽団が行進曲を奏でている。馬車の動きが曲にシンクロしてゆく。
もしかして私のために?
ドキドキしている私の鼓動と反比例しながら、演奏と馬車は緩やかに終焉をむかえ、止まった。
扉が開くと、そこには普段は無頓着な夫が、タキシードを着こなして私を迎えに来ていた。
「お帰り。アリシア」
たったそれだけ。気の利いた言葉なんてない。でも、私は、それだけで十分だった。
「ただいま。あなた」
少女のように頬を染めながらそう言うのが精一杯だった。どうしたの、私。抱きつきたい気持を押さえて、エスコートに応じた。
ふわふわとした時間。夫に身を任せる。
「今日は私の妻アリシアのために、このような歓迎セレモニーを開いて貰えたこと、心より感謝する。何かやるとはレイシアから聞いてはいたが、ここまで素晴らしいものとは思わなかった。ありがとう」
こんな素敵なお出迎えをして貰えるなんて、夢にもおもってなかった。嬉し涙がポロポロと流れ落ちる。
[私は愛されていたんだ]
◇
紙吹雪が舞う中、娘がゆっくりと近づいてきた。
「お帰りなさい、お母様」
と言うと、私に飛びついた。
私の涙腺は崩壊した。
レイシアを抱きしめ、私は幸せを噛み締めていた。
◇
部屋に入ってもまだ幸せの余韻に浸っていられる。
ノエルとポエムも興奮気味。そうよね。私がこの家に嫁いでからこんなイベントなかったものね。
「アリシア様、本当によかったですわ。ここまで歓迎されるなんて思いもよりませんてした」
「まさか、あの旦那様がこんな素敵な催しを行えるなんて」
私は思わず笑いながらそれはないなと思った。
「あの人にあれは無理よ。執事かメイド長が気を利かせてくれたんだわ。でも、本当に素敵だったわ」
興奮は冷めやまない。タキシード姿の夫は本当に素敵だったわ。私の乙女心がざわめいてる。
あの人も私がいない一年半で成長したのね。私も頑張らなくては。
さてと、素敵な非日常は終わり。これからは妻として母として頑張りますか。そう思ったときお茶が運ばれてきた。
「奥様の無事のお帰り、メイド一同心より喜んでおります。お帰りなさいませ。アリシア様」
メイド長がメイドを引き連れ挨拶した。まだ非日常は続いていたの?
美味しいお茶とクッキー、それに初めて食べたジャム。こんなに大切に扱われて……あれ?
「僭越ながら、本日のメニューは私が用意させて頂きました」
ってレイシア⁉ えっ? メイド服着て何してるの?
「本日の紅茶はグラニュール地方で採れたカーラードの一番摘みの茶葉で入れております。クッキーは、いつもよりバターと砂糖を減らし小麦の味を立たせるあっさりとした仕上げに。そして、この度の一押し、サクランボのジャム。今が旬のサクランボをジャムにしました。砂糖に蜂蜜を加えることで単純でない甘さを出すことに成功。そこに酢を適量加えることによって、爽やかな酸味と保存期間の延長に成功しました。今まで痛みやすく他領に出荷していなかったサクランボを加工する事によって、新たなターナー領の産業、名産品として活用できると自負しています」
(えっ! えっ! 何? なんでそんなスラスラと解説始めるの? 名産品? レイシア、あなた何歳? 何したいの?)
「お母様、このように弟がいつ来ても心遣いができ、更にターナー領が発展することで弟の将来に希望が持てるように、私は姉としてお母様がいない間頑張ってきました。安心して弟のお世話をお任せ下さい。では、本日はごゆっくりお過ごし下さい」
言うだけ言うと、メイド達の拍手を受けドアから出ていった。
「少しだけ、一人にしてもらえるかしら」
そう言ってノエルとポエムを下がらせた後、私は思いっきり椅子に持たれて脱力した。
私のレイシアはど~しちゃったのよ~。
◇
夫がディナーのお誘いに来る?
えっ? 普通の夕食じゃないの? まだイベントが続くの?
ドキドキが止まらない。
ドレスコードを確認し、Aラインの山吹色のドレスを着た。
何年ぶりだろう。ここに嫁いでから社交界にも出席することも無くなったから。
主人と気合の入ったデートなんて新婚の頃だけ。
でも、久しぶりに袖を通したドレスは、私にあの頃のトキメキを思いださせた。
なに、もう、素敵ってしか言いようがないわ。
燕尾服を着用し、オールバックに決めた夫はなんて素敵なの。私が恋していた時の夫がそこにいる。
恋に恋していた素敵なあの頃のよう。
乙女心が暴走しそう。夫に誘われ……えっ? 社交ホール? なんで?
ホールの中は、まるで舞踏会の会場のようでした。
キラキラと煌めくシャンデリアの下でワルツが流れる。
クルクルと数組のペアがワルツを踊る。
私達も見つめ合い踊る。夢じゃないわよね。眼の前の夫の頬をつねりたくなる。こんなに大切にされていいのかな。うん、これは夢。楽しまなきゃ。
曲がタンゴに変わった。情熱的な夫のリードに私も応える。何も考えられない、ただ好きという感情だけで踊ったわ。
もう一度ワルツが流れホールには私達だけが躍っている。ゆったりと流れるリズム。いつまでもこうしていたい。
執事に案内され席に着いた。
「お帰り、アリシア。久しぶりに見る君は本当に美しい。まるで出会った頃の様に…君がいない間ずっと君の事を思っていたよ」
「私も、いつでもあなたの事を思っていました。一刻も早くあなたの元へ帰りたかった」
二人で乾杯した。
出会った頃の話や学園での出来事、懐かしい思い出話をしながらの美味しい食事。
料理長がメインディッシュの説明をはじめた。どうやら息子クリシュのための幼児食にもなるようにいくつもの工夫を凝らしている料理だという。
私だけでなく、息子のことまで気にかけてくれているなんて。私はその料理を考えた料理人に、お礼と感謝を述べるためにここまで来てもらった。……ってレイシア⁉ 調理服を着たレイシアがこちらに寄ってきた。
「あっしが担当いたしやしたレイシアでさぁ」
ドスの効いた声で話すレイシア。レイシア?
レイシアなのあなた? なに、その言葉遣いは。あっしって……
「いやー、弟のためにいろいろ頑張りましたぜ。でも出来上がったのは師匠のおかげでさぁ。あっし一人ではとてもとても。師匠、ありあとやんした!」
私がいなかった一年半で何があったの、レイシア!
「おかーさまにも認めてもらえたし、これで弟がいつ来ても大丈夫ですねぇ。がはははは……では片付けがあるんであっしはこれで」
レイシア、私の可愛いレイシアは?????
嵐のように去っていく娘。
「――――――――――――」
美しかった夢の世界は、声にならない私の叫び声で崩壊した。
里帰り出産を終え、最後の宿場町アマリーで両親と別れた私は、1km程馬車で進んだ所でお嬢様の仮面をぬぎさった。
両親嫌いじゃないわ。でも、愛が重いの。嫌いになりたくないのよ。
実家で寛げないって、どれだけしんどいことが分かるかな。安心したら小さなため息が漏れた。はぁ。
「お疲れ様です、アリシア様。何か必要なものはございますか」
メイドのノエルが聞いてきた。必要なもの……必要なもの……
「私に必要なもの……それは癒やし」
思わず口から吐きでた言葉を飲み込もうとしたが、代わりに「あ――っ」というため息が出た。
両親から離れられてほっとしているのは私。でも帰っても……
愛しい夫と可愛い娘。でも……
不満はない。不満はないのだけれどそれだけ。心が踊るような事はなにもない。
このまま帰った所で夫と娘が出迎えてくれるだけだろう。そういうの気が利かない人だから。
プレゼントの一つでもあればいいな。……まぁ、期待するだけ無駄か。
考えるたび、ため息をつく私を見て、ノエルとポエムは声をかけてくれた。
「温泉に寄りませんか、アリシア様」
「そうですわ。アリシア様はお疲れです。温泉で癒やされなければいけません」
「それに、そんなお顔で帰られては、旦那様もお嬢様も心配なされます」
「たっぷり温泉でデトックスして、笑顔で帰りましょう。アリシア様」
温泉か……いいかも。いや、温泉に浸かりたい。そうよね、デトックスは大事。癒やされたい。このまま帰っても癒されない。温泉、そう温泉にいかねば!
「温泉によりましょう。皆で温泉に浸かるわよ。癒やされましょう。楽しみましょう」
そうして、私達は温泉でたっぷりと癒された。
◇
温泉を出て、メイクもバッチリ決めた私は、愛しい家族のために気持ちを入れ替えた。
実家の毒は洗い流した。
日常生活に疲れても、私には温泉がある。心強い仲間達もいる。迷うな私。
気が利かない夫に頼るな。夫をフォローするのが私の役目ではないか。娘のために頑張るのよ、私。
颯爽と馬車に乗り込み帰路につく。あの坂を登れば館が見える。
その時、高らかに鳴るファンファーレが聞こえた。
えっ? 何? 坂の頂上から館を見ると、大勢の人々がこちらを見ている。
楽団が行進曲を奏でている。馬車の動きが曲にシンクロしてゆく。
もしかして私のために?
ドキドキしている私の鼓動と反比例しながら、演奏と馬車は緩やかに終焉をむかえ、止まった。
扉が開くと、そこには普段は無頓着な夫が、タキシードを着こなして私を迎えに来ていた。
「お帰り。アリシア」
たったそれだけ。気の利いた言葉なんてない。でも、私は、それだけで十分だった。
「ただいま。あなた」
少女のように頬を染めながらそう言うのが精一杯だった。どうしたの、私。抱きつきたい気持を押さえて、エスコートに応じた。
ふわふわとした時間。夫に身を任せる。
「今日は私の妻アリシアのために、このような歓迎セレモニーを開いて貰えたこと、心より感謝する。何かやるとはレイシアから聞いてはいたが、ここまで素晴らしいものとは思わなかった。ありがとう」
こんな素敵なお出迎えをして貰えるなんて、夢にもおもってなかった。嬉し涙がポロポロと流れ落ちる。
[私は愛されていたんだ]
◇
紙吹雪が舞う中、娘がゆっくりと近づいてきた。
「お帰りなさい、お母様」
と言うと、私に飛びついた。
私の涙腺は崩壊した。
レイシアを抱きしめ、私は幸せを噛み締めていた。
◇
部屋に入ってもまだ幸せの余韻に浸っていられる。
ノエルとポエムも興奮気味。そうよね。私がこの家に嫁いでからこんなイベントなかったものね。
「アリシア様、本当によかったですわ。ここまで歓迎されるなんて思いもよりませんてした」
「まさか、あの旦那様がこんな素敵な催しを行えるなんて」
私は思わず笑いながらそれはないなと思った。
「あの人にあれは無理よ。執事かメイド長が気を利かせてくれたんだわ。でも、本当に素敵だったわ」
興奮は冷めやまない。タキシード姿の夫は本当に素敵だったわ。私の乙女心がざわめいてる。
あの人も私がいない一年半で成長したのね。私も頑張らなくては。
さてと、素敵な非日常は終わり。これからは妻として母として頑張りますか。そう思ったときお茶が運ばれてきた。
「奥様の無事のお帰り、メイド一同心より喜んでおります。お帰りなさいませ。アリシア様」
メイド長がメイドを引き連れ挨拶した。まだ非日常は続いていたの?
美味しいお茶とクッキー、それに初めて食べたジャム。こんなに大切に扱われて……あれ?
「僭越ながら、本日のメニューは私が用意させて頂きました」
ってレイシア⁉ えっ? メイド服着て何してるの?
「本日の紅茶はグラニュール地方で採れたカーラードの一番摘みの茶葉で入れております。クッキーは、いつもよりバターと砂糖を減らし小麦の味を立たせるあっさりとした仕上げに。そして、この度の一押し、サクランボのジャム。今が旬のサクランボをジャムにしました。砂糖に蜂蜜を加えることで単純でない甘さを出すことに成功。そこに酢を適量加えることによって、爽やかな酸味と保存期間の延長に成功しました。今まで痛みやすく他領に出荷していなかったサクランボを加工する事によって、新たなターナー領の産業、名産品として活用できると自負しています」
(えっ! えっ! 何? なんでそんなスラスラと解説始めるの? 名産品? レイシア、あなた何歳? 何したいの?)
「お母様、このように弟がいつ来ても心遣いができ、更にターナー領が発展することで弟の将来に希望が持てるように、私は姉としてお母様がいない間頑張ってきました。安心して弟のお世話をお任せ下さい。では、本日はごゆっくりお過ごし下さい」
言うだけ言うと、メイド達の拍手を受けドアから出ていった。
「少しだけ、一人にしてもらえるかしら」
そう言ってノエルとポエムを下がらせた後、私は思いっきり椅子に持たれて脱力した。
私のレイシアはど~しちゃったのよ~。
◇
夫がディナーのお誘いに来る?
えっ? 普通の夕食じゃないの? まだイベントが続くの?
ドキドキが止まらない。
ドレスコードを確認し、Aラインの山吹色のドレスを着た。
何年ぶりだろう。ここに嫁いでから社交界にも出席することも無くなったから。
主人と気合の入ったデートなんて新婚の頃だけ。
でも、久しぶりに袖を通したドレスは、私にあの頃のトキメキを思いださせた。
なに、もう、素敵ってしか言いようがないわ。
燕尾服を着用し、オールバックに決めた夫はなんて素敵なの。私が恋していた時の夫がそこにいる。
恋に恋していた素敵なあの頃のよう。
乙女心が暴走しそう。夫に誘われ……えっ? 社交ホール? なんで?
ホールの中は、まるで舞踏会の会場のようでした。
キラキラと煌めくシャンデリアの下でワルツが流れる。
クルクルと数組のペアがワルツを踊る。
私達も見つめ合い踊る。夢じゃないわよね。眼の前の夫の頬をつねりたくなる。こんなに大切にされていいのかな。うん、これは夢。楽しまなきゃ。
曲がタンゴに変わった。情熱的な夫のリードに私も応える。何も考えられない、ただ好きという感情だけで踊ったわ。
もう一度ワルツが流れホールには私達だけが躍っている。ゆったりと流れるリズム。いつまでもこうしていたい。
執事に案内され席に着いた。
「お帰り、アリシア。久しぶりに見る君は本当に美しい。まるで出会った頃の様に…君がいない間ずっと君の事を思っていたよ」
「私も、いつでもあなたの事を思っていました。一刻も早くあなたの元へ帰りたかった」
二人で乾杯した。
出会った頃の話や学園での出来事、懐かしい思い出話をしながらの美味しい食事。
料理長がメインディッシュの説明をはじめた。どうやら息子クリシュのための幼児食にもなるようにいくつもの工夫を凝らしている料理だという。
私だけでなく、息子のことまで気にかけてくれているなんて。私はその料理を考えた料理人に、お礼と感謝を述べるためにここまで来てもらった。……ってレイシア⁉ 調理服を着たレイシアがこちらに寄ってきた。
「あっしが担当いたしやしたレイシアでさぁ」
ドスの効いた声で話すレイシア。レイシア?
レイシアなのあなた? なに、その言葉遣いは。あっしって……
「いやー、弟のためにいろいろ頑張りましたぜ。でも出来上がったのは師匠のおかげでさぁ。あっし一人ではとてもとても。師匠、ありあとやんした!」
私がいなかった一年半で何があったの、レイシア!
「おかーさまにも認めてもらえたし、これで弟がいつ来ても大丈夫ですねぇ。がはははは……では片付けがあるんであっしはこれで」
レイシア、私の可愛いレイシアは?????
嵐のように去っていく娘。
「――――――――――――」
美しかった夢の世界は、声にならない私の叫び声で崩壊した。
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