貧乏奨学生の子爵令嬢は、特許で稼ぐ夢を見る 〜レイシアは、今日も我が道つき進む!~

みちのあかり

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第二章 お母様と弟 レイシア6歳

14話 ディナー

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 長旅、久しぶりの温泉、サプライズな歓迎、アリシアは疲れが出たのかウトウトとしていた。
 ティーセットはいつの間にか下げられていた。ふと目覚めたアリシアは

(あれは、夢だったのだろうか。そう夢だわ、きっと)

 そう思う事にした。

 ノックが鳴りメイドが来て「旦那様がディナーのお誘いをしに、30分後にお見えになります」とアリシアに伝えた。
 アリシアはドレスコードを確認し、急いで着替えさせるようメイド達に指示を出した。



「レイシアから、こんなの渡されてね」

 苦笑いしながら、クリフトはアリシアに手紙を見せた。

『お父様へ。
 今日はお母様をお父様に預けます。
 ディナーに誘って、二人で大人の時間を送って下さい。
 明日は私がお母様を独占しますので、今日は存分にお楽しみ下さい。
            レイシア』

「今日は二人で楽しめ、だってさ。まあ、せっかくの娘の気遣い、無駄にしては駄目だろう」

 そう言うと、かしこまって言った。

「デートのお誘いをしてもいいかい、アリシア」

 アリシアは、久しぶりの夫からのデートの誘いに若い頃を思い出して、頬を染めながら「はい」と頷き手を取った。

 社交ホールでは、楽団が弦楽五重奏クインテットに編成され、静かにBGMを奏でている。
 残りの楽団員は、男女ペアで通路を作るように整列し、クリフトとアリシア、二人の登場を拍手で迎えた。

 二人をホール中央に誘導すると、曲がワルツに変わった。並んでいた楽団員達は、音楽に合わせワルツを踊り始める。

「アリシア、私と踊っていただけませんか」

 いたづらっぽい笑顔で、クリフトが誘う。
 アリシアは、学園で最初にダンスを誘われた時の事を思い出しながら、「喜んで」と手を差し出す。

 キラキラと瞬くシャンデリアの下で、何組ものペアがダンスを踊る。ターナー領辺境の地へ嫁いでからは、社交界から遠ざかりっぱなし。
 夫はそこらあたりの気遣いは、まるで出来ない男。

 久しぶりの、煌めく世界と夫とのダンス。思いもよらぬ歓迎に、アリシアの感動は振り切りっぱなし。

 曲がワルツからタンゴに変わる。アリシアはもう、何も考えることは出来ない。

  情熱パッション

そう、それはアリシアがなくしていた感情。夫への減っていった愛情。アリシアがいつしか冷ましていった熱情。真っ直ぐ帰らず温泉に寄っていたのが何よりの証拠。

  情熱を、愛を取り戻せ! 

 アリシアの足さばきは、そんな情熱パッションあふれた踊りだった。

 情熱のタンゴが終わると、もう一度ワルツが流れた。

 まわりで踊っていた楽団員は、静かにフェードアウトし、ホールの中心でクリフトとアリシアは二人きりで踊る。

 クリフトにリードされ、クルクル回るアリシア。見つめ合い抱きしめ合う。甘い、あまぁいひととき。

「素敵だったわ。ありがとうあなた」

「俺もだ、アリシア」

 呼称が『俺』になるほど気分が若返るクリフトと、想像をはるかに超えたもてなしに、感極まったアリシア。
 見つめ合う二人は微動だにしない。取り合ったままの手は、離されることはなかった。

 やがて執事に案内され、ディナーが始まる。

 ムーディな弦楽五重奏の中、グラスにワインが注がれる。
 テーブルの上のローソクが、ワインの真紅とアリシアの頬を揺らめかす。

「お帰りアリシア。久しぶりに見る君は、本当に美しい。まるで出会った頃の様に……君がいない間、ずっと君の事を思っていたよ」

「私も、いつでもあなたの事を思っていました。一刻も早くあなたの元へ帰りたかった」

 雰囲気に酔ったのか、甘い言葉を言い合う二人。
 
 クリフトが、出会った頃の様に美しいアリシアを思い出したのは、普段気を使うことなく、デートやらダンスやら誘いもしないから。アリシアは何年も、本気モードのお洒落やトキメキを、クリフトに見せる機会がなかった。

 結局の所、クリフトは久しぶりの妻の本気モードにドキドキしただけだし、アリシアは一刻も早く帰るより温泉に入っていたのだが、そんなチャチャは入れてはいけない。そう、書くこともおぞましい、甘いあま~い言葉の応酬の後、二人は乾杯した。



 メイドにより料理が運ばれる。
 アリシアは、

 (もしやレイシアが混ざってないわよね)

 と、現実に引き戻されそうになったが、レイシアの背丈のメイドがいないのを確認出来たので、すぐに夫との世界に戻る事ができた。

 前菜、スープ、ポワソン。パンだけは手の入れようがないのか、いつもの固いものだったが、それ以外はアリシアの好きなメニューが並び、夫との甘く楽しい会話も相まって、素敵な時間を過ごした。

 料理長がテーブルまで出向き、アリシアに料理の説明を始めた。

「メイン料理はスープハンバーグだ。です。まずはお召し上がり下さい」

 メイン料理としては些か不釣り合いな料料理。料理長は、説明など慣れてないのでカミカミだ。

 不自然に思いながらも、まずは食べて見ると、ハンバーグもスープも香辛料は少なく薄味。
 しかし手間を掛けて作られた透き通ったコンソメは、それだけで完成された逸品。
 甘みを完璧に引き出した付け合せのにんじんは、舌で潰れるほど柔らかい。

 そしてメインのハンバーグ。野菜を練り込んだパテは、中にトロッとしたチーズが隠され、さらにコンソメスープと肉汁が一体となり、ジューシーかつマイルドな仕上がりとなっていた。

 そもそも、ハンバーグとスープを合わせる料理など、アリシアは食した事がなかった。
 全くの未知の味覚に、取り憑かれたかのように、スープハンバーグを食べ終えた。

「これは、東方の国に伝わる『スープハンバーグ』。坊っちゃんの幼児食になるように、栄養バランスを考え、八種類の野菜を入れ込んでおいた。塩分や香辛料を抑えて子供用にしやし……しておきました。子供でも食べやすく喉に詰まりにくく、薄味で飽きのこない様に工夫しておいた。奥様、どうだ、いや、どうでしょう。坊っちゃんの幼児食として、このスープハンバーグ、合格ですか?」

 料理長、慣れないせいで言葉遣いが滅茶苦茶だった。しかし、そんな事など気にしないほどの感動を受けたアリシアは言った。

「最高です。幾重にも考え抜かれた素晴らしい料理ですわ。あなた、料理長に何か褒美を差し上げて」

「ありがとうございます。ですが、この料理の担当、企画開発チーフはあっし、いや私でなくうちの若い者でさぁ。このスープハンバーグもその者が作りました。そちらを褒めてやって下さいませんかね」

「まあ、若い方が。さぞ優秀なのですね。では呼んでちょうだい」

 料理長が手で合図を出すと、配膳の間から、一人の若い調理人が現れた。

「あっしが担当いたしやした、レイシアでさぁ」

 アリシアは固まった。

「いやー、弟のためにいろいろ頑張りましたぜ。でも出来上がったのは師匠のおかげでさぁ。あっし一人ではとてもとても。師匠、ありあとやんした!」

 料理長は苦笑いをするしかなかった。

「おかーさまにも認めてもらえたし、これで弟がいつ来ても大丈夫ですねぇ。ガッハッハ……では片付けがあるんであっしはこれで」

 言いたいことだけ言い放ち、嵐の様に去っていったレイシア。料理長もメイドも去り、二人残されたクリフトとアリシア。

 さっきまでの甘い世界は一瞬で崩壊した。
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