私、凄いスキルが遺伝しました。

龍夢

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第三章

平和な日々が終わるみたいです

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 ラターニア王国最北の都市、貿易都市ワカルフより北へ二日ほど行けば、そこはもうメトとラハリクという二国との国境である。
 人種主導であるラハリクと違い、メトは魔族をはじめ多種の亜人が住む国で、大小部族間の争いも日々絶える事が無い。
 国都メトより更に北、アース大陸最北の地には、魔族が治めるマヌという街があり、現在そこにはメトの中でも有力者とされる者達が招かれ集まっていた。
 その中でも獣人達を束ねるラコウは、ラターニア王国まで名が響き渡っている剣豪である。成長が早く早熟である獣人達は、若くして驚異的な筋力と戦闘力を持つ者が殆どだ。ラコウはわずか九歳という年齢でアース大陸のいろいろな場所を旅して周り、自分の武技を追求した生粋の武人である。筋骨逞しい大きな体躯に鋭い眼光、そんなラコウとは、普通に目を併せただけでも震え上がってしまいそうだが、それを真っ向から受け止め平然としている者がいた。
 その者の名はダルーシャ、魔族達の最長老である。といっても、見掛けは人種であれば二十代半ば位にしか見えない。魔族である為何年生きているかもわからないが、メトの魔族最長老という肩書きは伊達ではないのだろう。

「先程も言ったが、ラコウ殿にはあと一年以内に獣人全てを束ねていただきたい。その為に必要な武器や防具などの提供は今まで通り協力する。なんなら戦闘員の提供も……」

「いらぬ。お前達に借りを作るつもりは無い」

 ラコウが全てを言わせず続きの言葉を遮った。

「名は忘れたが、獣人三大勢力の一角がそろそろ崩せると聞いたが?」

「ふんッ 指揮官クラスの者はほぼ討ち取った。あとは兄妹がまだ噛み付いてくるが時間の問題だ。早ければ今日中にも終わる」

「ふむ……その件はラコウ殿に任せよう。大事な兵隊要員だからなるべく殺さず済ませていただきたい。では次に、ラハリクとクシュからの回答と、ラターニアに関しての認識統一といこう」

 ダルーシャが合図をすると、そばに控えていた者が大きな一枚の地図を持ってきて卓上に広げた。

「現在、クシュからは協力する旨の回答をもらっている。しかし、ラハリクは一つだけ条件を付けてきた。閉鎖されているメトとラハリクを結ぶ地下回廊の事だ。魔界との次元回廊があそこにあった頃、回廊が閉じるまでに湧き出た魔獣は強力で一筋縄では行かない。現在互いの国の入り口を封印する事で被害が出ぬようにしているが、あれをなんとか開放出来ないかと言ってきた。こちらは我々でなんとかしよう。
 まあ、ラハリクは商人が中心の国ゆえメトで商売したいのだろうが、また使えるようになった場合はこちらにもメリットがある。ラハリクの商船団の輸送能力を借りる事が出来るのだからな」

 海岸の地形、その他諸々の理由でメトには港がない。それに、かつて自分達が住んでいた地を奪還したい亜人達は、海路を進む事に納得出来ない者が多いようだが、その中でもやはりラコウだった。

「海路からとは腑抜けた話しだ。やはりタリナが気になるのか?」

「それもあるが、もし他大陸の国と連携するのなら海路の方がよいであろうな」

「ふん……」

 その後はラターニアに関する情報共有がなされた。
 現在、攻め込む口実はラターニアで手に入れてあり、確保した要員とともにクシュに滞在中。まとまった戦力が集まれば直ぐ攻め入る事が可能な状態にあるという。ある程度の戦力は今も保有しているのだが、ではなぜまだ攻め入る事が出来ないかと言うと、それは他大陸の国、しかも魔族の力を借りようと現在話しを進めているからだった。そして、海路という選択肢がまだない以上、ワカルフの西に砦を構えるタリナの民の存在が邪魔をしている。
 ラターニアに攻め入れば間違いなく介入してくるタリナの民、過去何度もあった戦では、攻め入った戦の全てを彼らにより邪魔されているのだ。それはラハリクと同盟を結び攻め入った時も同じ結果に終わっている。それを鑑みて、今回はラターニア以外の三国に併せ、他大陸の国とも同盟を結び連携して攻めようと言うのである。
 この戦にはいろいろな理由や利権が複雑に絡んでいる。メトの魔族は単純にアース大陸で領土を拡大する為に、多くの亜人達はかつて住んでいた地を取り戻す為に、そして、ラハリクやクシュもそれぞれ領土の拡大や貿易時の利権を求めているのだ。

◇      ◇      ◇

 今、メト南西にあるシャム族達の集落は、燃え盛る炎の熱気が辺りを覆い、戦闘による剣戟の音や怒声に埋め尽くされていた。朝方集落の遥か北側で開始された戦闘も、相手の猛攻に耐えられず、集落の前に築かれた急ごしらえの柵の中まで撤退を余儀なくされた。そこへ今度は敵の火攻めである。家屋や柵は殆ど木材で出来ている為、火攻めは有効な攻撃手段となる。風向き等の条件から敵にそれを行わないという選択肢は無かった。

「お頭、お嬢! もう持たねぇ。二人だけでも南のラターニアに逃れてくれ! じゃなきゃシャム族は終わりだ!」

「クソッ……俺は最後まで残って指揮をとる! クルル、お前は今から示す者と一緒にラターニアへ行け! その後の行き先は分かるな?」

 クルルと呼ばれた猫耳の獣人は、顔を激しく左右に振ってイヤイヤをした。

「他の者が闘ってるってのにわーだけ逃げるなんてできん! わーも戦う!!」

「ダメじゃ。頼むから聞き分けんか! このままラコウにシャム族を滅ぼされてたまるものか! クルル、お前はなんとしても逃げ延びてシャム族を再興しろ!」

「イヤだイヤだ! アニ様も一緒に…」

 会話はここまでだった。クルルの後ろに立つ若者が首に手刀を振り下ろす。すると、意識を刈り取られ崩れ落ちる少女を同じ年頃の少女二人が受け止めた。

「ナーシャ、マームル、クルルの事を頼む! ヤクル、お前は何人か選び、三人がラターニアに抜けるまで追ってを足止めするんだ! そして、可能ならお前も逃げ延びてくれ……」

「承知しました……」

 時間の猶予は無かった。クルル達が族長の住居を出てすぐ、軽甲冑に身を包んだ複数の兵士が中になだれ込んでくる。
 その後の戦闘でシャム族の頭マナルは戦死、多くの者は抵抗をやめ捕らえられた。
 マナルの命懸けの時間稼ぎと、火攻めの混乱に乗じる事で集落からの脱出に成功したクルル達は、南の山脈に細く伸びる獣道をラターニアに向かい進んでいく。しかし、敵も簡単には逃してくれない。逃げ道に気付いた者が何人も追ってきていたようで、少し見通しのよい岩場にでた所で見つかってしまった。

「居たぞ。一人も逃がすな!」

 ヤクルは背負っていたクルルを下ろすと、先行する二人に預けて追っ手の様子を伺った。

「ナーシャとマームルはこのまま一気にラターニアまで抜けろ。あとは我々が時間を稼ぐ」

「わかったわ」

 争う剣戟の音、どちらのものともわからぬ断末魔の叫びを背中側からききながら、三人はなんとかラターニアまで抜けきる事が出来た。途中、クルルが目覚めて暴れるというハプニングもあったが、ナーシャとマームルが自分達も辛いのだと泣きながら訴えると大人しくなった。
 追っ手の足止めをしているヤクル達は無事だろうか、無事なら追ってきている筈だが、もし無事でない場合は代わりに敵が諦めずに追ってきているかもしれない。それを考えると待つ事は出来なかった。感傷に浸る暇さえ与えてくれない敵に、故郷を燃やし蹂躙しつくした敵に、胸の奥底からドス黒い負の感情が湧き上がるのが自分でもわかった。

「ラコウ、そしてダルーシャ! わーが必ず殺してやるからな!」

 メトの方を向きながらシャム族の少女は復讐を誓った。
 三人は行くべき目的地の方へ向き直すと、未練を断ち切り振り返ることなく歩き出す。  
 アース大陸は、北の地より動乱の兆しが見え隠れし、長く続いた平和な日々は終わりを迎えようとしていた。
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