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第三章
誰の為に(前)
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朝、私達が冒険者ギルドに向かう途中、街の中は多くの警備兵で溢れていた。そして、至る所で聴き込みしている事から、何か事件が起きたのだろうと予想できる。その聴き込み対象は私達も例外ではなかった。一人の顔見知りの警備兵が近付いてくると、顔を薄っすら赤くしながらエリーゼが話し掛けられる。
「エリーゼさん。大変申し訳ない事になりました」
「え?」
そこで警備兵から聞かされたのは、駐屯所が昨夜襲撃され、応戦するも多数の死傷者を出しサージを奪還されてしまったという話しだった。
死傷者の数は、常に詰めている一個小隊の半分に当たる二十名。朝から増員し、今は手掛かりを探すべく住民に聴き込みをしている最中だという。
「せっかく捕まえていただいたのに申し訳ない……」
「いいえ……」
更に詳しく話しを聴くと、襲撃してきたのは見た事もない盗賊風の四人組であったらしい。メトの魔族達は、追われた場合の事を考えて幻影魔法で姿を変えていたのだろう。
「貴重な情報ありがとうございました」
私達は警備兵に礼を言うと冒険者ギルドへの道を急いだ。
あと僅かでギルドに到着という所まで来ると、やけに人だかりの出来ている場所があった。よく見ると、その原因は一人のS級冒険者が多くの冒険者に囲まれているせいだった。
こちらに気付いたグランツは、周囲を気にせずこちらに手を振ってよこす。すると、今度は私達に一斉に視線が集まった。
「エリーゼさ……ああ、エリーゼ、昨日は夕飯ごちそうさま。ライノサラスがあんなに美味いとは思わなかったよ」
「どういたしまして」
昨日、グランツはエリーゼの手料理一食と引き換えに私を鍛える事を請け負ったのだ。なんとも安い話しではあるけれど、その際、エリーゼに様付けで呼ばない事も約束させられ、今日の朝からそれを守っている。しかし、取り巻きの冒険者はそんな事を知る筈もないわけで……。
「グランツさん。帰って来たばかりでもうエリーゼ達に? しかも食事まで一緒って流石っす!」
「バカ野郎! 昔からの知り合いだ!!」
若い冒険者を叱りつけると、『またな』と別れを告げこちらに近付いてくる。一緒にギルドへ向かいながら話す話題はやはり今朝の事だった。
「事件の事は俺の耳にも入ってる。すごい数の死傷者がでたみたいだな」
「ええ、せっかく捕らえた魔族も奪還されてしまったわ」
エリーゼは残念だという顔ではなく悲しい顔をした。
「その中になかなかの強者がいるようだが、俺も是非殺り合ってみたいものだ」
「あなたが出たら相手が可愛そうよ。密偵達はティアにさえ勝てないのに……」
グランツはティアに目をやると一人で納得して頷いている。
「どうしたの?」
「言っとくけどティアルカは相当強いぞ。俺も無傷では勝てないくらいにな」
「そんなに強いの?」
S級冒険者が言うのだから本当なのだろう。私やエリーゼも本気を見た訳ではないけど、ここ何日か一緒にいただけでも、身体能力の高さを嫌というほど見せ付けられているのだ。
「まあ、俺もただ呼び戻されたわけじゃないし、そろそろ仕事をしないといけないんだよ。目的が被るけどこっちは別件も絡んでいてね。密偵に関わる部分は共闘できると思うがどうする?」
「そうね……ティアはある程度魔族がいるとわかるみたいだし、その提案に乗るわ」
協力し合う事が決まると、ギルドでエルモアに報告した後にすぐ街へ出た。
密偵達は幻影魔法で姿を変えている可能性もあり、探すのはティア頼みになる部分が大きい。その為、まずは歩いて探してみようという事になった。
前は市場であっさり見つける事が出来たけど、流石に昨日の今日で街の中を彷徨く事はないだろう。それでもじっとしているよりはと思っての行動だった。
市場へ行った後は商業区画へ入り、日用品の売っている店から冒険者御用達の店を順番に回っていく。数々の店をゆっくり見て回り、最後に寄ったのはティアルカがハルバードを貰った武器屋だった。
店の中に入ると、すぐ店番のメイリィが元気な声で挨拶してきたけど、エリーゼの隣りに立つ者を見るとプチ混乱状態になってしまった。
「いらっしゃ……!? なぁあああっ! グ、グ、グ、S級冒険者のグランツさんじゃないですかっ! まいどありぃ」
「ちょっとメイリィ落ち着きなさいよ。っていうかまだ何も買ってないから!」
「アイシャっさん! これが落ち着いてられらっ!」
『スパーンッ』と店の中にいい音が響き……。
「あ痛っ!」
いつの間にかメイリィの背後に立ったアーツが頭を思い切り引っ叩いたのだ。
「悪いなグランツ。うちの店員がうるさくて」
「久しぶりだなアーツ。元気なのはいい事だ気にするな。ところで、魔族の件についてだが何か情報はないか?」
二人はどうやら知り合いであるようだ。アーツも昔は冒険者をしていたと言っていたので、別に珍しい事ではない。しかし、メイリィはそうではないらしく、二人の顔を交互に見比べては唸っている。
この娘、メイリィって見てておもしろい。
「悪いが情報はない……と言いたい所だが、一つだけ情報がある。ここの常連の冒険者からつい早急聞いた話しだが、行き付けの酒場に向かって歩いてる時、空から何か降って来て顔に付いたんだそうだ。なんだろうと思って手にぬぐい取ってみると、それは何かの血だったらしい。上を見あげてみても特に異状はなかったそうだが、この話しは何かの手がかりになるか?」
話しが終わると反応したのは私だった。
「降ってきた血は私が傷を負わせた魔族のものかもしれない。傷の手当てもせずに逃げて行ったしね。その冒険者の顔に血が付いた場所ってどこらへんかきいてる?」
「商業区画と歓楽街から少し外れた所にある場末の酒場近くだ。店の名前は『マルク』といってならず者の溜まり場として有名な店だ。その周辺は治安も悪いから女だけで行くのはよしたほうがいいだろう」
アーツはここまで話すとグランツの方を向く。それだけで通じたようで、一度だけ二人で頷き合う。
「まあ、S級冒険者が一緒に行くなら喧嘩売ってくる馬鹿もいないだろう」
「グランツも一緒に行ってくれるの?」
「ああ、俺が一緒じゃなければ間違いなく絡まれるだろうからな」
◇ ◇ ◇
酒を飲むには時間的に少し早いが、アーツの話しではならず者に酒を飲む時間がどうとかいうのは無いらしい。
飲みたい時に飲む。騒ぎたい時に騒ぐ。今いっても店の中には誰かいるだろうとの事だった。最初は周辺の調査をし、その後『マルク』で聞き込みをするという事に決まり、四人は早速酒場のある区画へと向かった。
武器屋を出ると冒険者ギルドへ向かうのとは真逆の方向へ歩き、商業区画から出ると歓楽街へと入る。歓楽街の入り口周辺は優良店と言われる有名店が多く立ち並ぶが、夜にはまだ早い為人の姿はあまり見られない。しかし、奥の方へと進んでいくと、ならず者が好みそうな店や娼館が多く目に付くようになってくる。特に娼館が密集する場所は、店の外だというのに甘ったるい香水と女独特の匂いをアイシャでも感じ取る事が出来た。
「こういう所は初めてか?」
「私やエリーゼはこんな所にこないもの」
「まあそうだろうな。男娼が女の相手をしてくれる店だってあるぞ?」
「そういうのは嫌よ!」
「冗談だよ。アイシャはからかいがいがあっていいな」
「もう……」
どんどん奥へ進み、歓楽街を抜けきると急に周囲の様相がガラリと変わった。酒場の数も一気に減り、怪し気な露天商が多く店を出す区画へと入った。本当に使えるのかわからないもの。何に使うか分からないものが多く並んでいるが、グランツの話しでは結構掘り出し物が売っていたりするらしい。闇市とまではいかないが、それら露店の並ぶ通りはガラの悪い者が多いようである。
歩いていると常に誰かに見られている感覚に襲われ、普段から何かと視線を集めるアイシャ達でさえ刺さるような悪意の視線を感じるのだ。グランツが一緒でなければいつ暴漢に因縁をつけられてもおかしくないとも言えるだろう。
通りの中央あたりから更に奥の区画に入ると、そこには数件の酒場が並んで建っており、店の外まで笑い声や罵声が漏れ出てくる。今居る場所周辺が血の降ってきたという場所となるが、見回した限り特に異状は見られないようだ。それではと、ティアルカに魔族の気配を探らせながら暫く歩き回ってみても特に異状はなかった。
「さて、そこらへんの酒場にでも入ってみるとしよう。もしかしたら何か情報が得られるかもしれない」
全員頷き、まずは話しに聞いていた『マルク』を見つけると中へ入る。すると入った瞬間中で酒を飲んでいた者達の視線が一斉に集まった。ある者はグランツを睨みつけ、またある者はアイシャ達女三人を上から下まで舐めるように見る。殆どの者の行動は後者だが、女を三人も連れているのが気に食わないのだろう。何人かの若い男が席を立つとグランツの前にやってきた。
「おい、女を三人も連れてるなんざ随分羽振りがいいじゃねぇか。俺達に少しお裾分けしてくれよ? そうだな、そっちの美人でお嬢様っぽい女なんか……」
全てを言い終わる前にグランツは片手で男の胸倉を掴み持ち上げた。ご指名がエリーゼ以外であればいきなり胸倉を掴む事もなかっただろう。しかし、男はグランツの想い人を指名してしまったのである。酒場の中の雰囲気が一気に険悪なものへと変わるが、グランツはそれを気にした様子もなく言い放った。
「女がなんだって?」
「く、苦しい……離しやがれ!」
グランツはそのまま男を放り投げようとしたが、それをエリーゼの手が止めた。
「グランツ、そのくらいで許してあげて」
エリーゼにそう言われれば否もない。急に離された男は数歩下がると深呼吸を何度もする。しかし、少し落ち着くと男はまたグランツに悪態をついた。
「てめぇ、この店で揉め事起こすって事がどういう事か教えてやる」
男は頭に血がのぼり今にもグランツに掴みかかろうとしているが、一緒に来た他の者は男の両腕を掴むとさらに数歩下がりグランツに謝った。
「あんたS級冒険者のグランツだろ? 薄暗くて近づくまでわかんなかったんだよ……許してくれ」
そう、エリーゼがグランツと呼んだ事で王都の有名人であるS級冒険者の顔を思い出したのだ。すると男も落ち着いたのか、よく見るとグランツである事がわかり顔が一気に青ざめる。
「す、すまん…許してくれっ!」
「ああ、面倒だから許す許す。注目されてちょうどいいから一つ聞きたい事があるんだが、ここ周辺に事件を起こした凶悪な魔族が潜んでる可能性がある。奴らは幻影魔法で姿を変えているから魔族には見えん。最近あまり見た事ない奴がうろついてるとか何か情報がある者、またはアジトに出来そうな場所を知ってる者はいないか?」
一度でも強い男を夢見た男であれば、S級冒険者は憧れにこそなれ敵にはなりえない。店の中にいる者達は全員思い当たる事が無いか話し始め、そして、暫く待つと一人の男がアジトについて情報があるとグランツに伝えた。
場所はここから更に十五分ほど東へ抜けた所になるが、最近とある貴族が買い上げて住まわせている者がいるという。それが魔族かは分からないが、見た事もない美女と数名の男が暮らしているらしい。愛人という線もあるが、近くへ行き調べてみたほうがよいだろう。
「皆さん協力ありがとうございました。マスター、ここにいる皆さんにお酒を振る舞ってください」
エリーゼが硬貨で大きく膨れた袋をマスターに渡すと、店の中はならず者達の歓声で溢れた。
『マルク』を後にした一行は、早速情報を得た貴族の館へと向かった。途中、人の住んでなさそうな住居を見つけてはティアルカに気配を探らせたが、今のところ魔族の気配は感じられないようだ。
貴族の館が見える場所まで来ると、ティアルカはいつものように『クンクン』と臭いを嗅ぐような動作をした。するとピクリと反応し、館とは別な方向を向くと魔眼を使って遠くを凝視する。
(あれ……サージだ!)
ティアルカには分かった。自分にわざと存在を確認させ、会いに来いと言っているのが。
「ティア、どうしたの?」
「……アイシャ、武器ちょうだい」
「魔族?」
「サージが近くにいる。ティアが一人で行ってくるから」
「あの魔族かぁ……大丈夫なの? 罠とかじゃない?」
「その時は逃げるから」
「そっか……ティアの好きにするといいよ。私はそれでいいけど、エリーゼもいい?」
「ええ」
アイシャから武器を受けとると、ティアルカはサージの居る場所へと向かった。周辺に他の魔族の気配は感じられない。そして、サージだけの気配が強くなっていき、比較的近くにある背が高い建物の上にサージはいた。
「お前なら見つけて此処へ来ると思ったぜ」
「………」
「やっぱそうだよな。簡単に信じた俺も馬鹿だが、本当にティアルカの事を少し気になってたんだぜ?」
「………」
「何も言わないんだな……」
ティアルカは一瞬だけ申し訳なさそうな顔をしたが、その後は無言のまま武器を構えた。この間とは違って最初から魔気を纏うと、サージも武器は業物だろう愛用のロングソードを抜き放ち構える。
「ごめんねサージ、ティアも馬鹿だから……」
「そうか……俺の役目はお前を足止めする事だ。それだけを言われたしそれ以外の事は知らない。早く仲間の所へ戻りたいなら俺を倒していくんだな。それと……いや、何でもない。言えるのはそれだけだ……」
目的を話してくれた事にどんな意味があるのかティアルカにはわからなかったが、二人の会話はここまでだった。お互いにゆっくり近づくと、間合いが触れ合った瞬間斬り結んだ。スピードがある二人だけに高速で何度も攻撃を繰り出しては躱しあう。サージもこの間の戦闘で学習しており、まともに剣をぶつけ合うような事はしない。武器の特性もあるが、手数は圧倒的にサージのほうが多く、それをティアルカが躱す捌くという攻防が暫く続いた。
ティアルカは戦闘しながらも考える。自分も魔族であり、魔界で親の保護のもと猛者といわれる多くの魔族と戦った。両親がいなくなってからはすぐ捕まってしまったが、おそらく対魔族の戦闘経験は間違いなくサージより上である。まだ使い慣れないハルバードではなく、武器に拘らなければ数回は殺しているほどに。
今は戦闘の真っ只中だというのに、サージは必死に自分に挑んできているというのに、殺し合いというよりは胸がワクワクするのだ。そう、自分は戦う事が好きなのだ。
最初それはおかしな事ではと勘違いしていたが、アイシャがおかしな事ではないと言ってくれた。ならば、今は自分を家族と言ってくれる仲間の為に戦うだけだ。
ティアルカはクスリと笑うとハルバードを横薙に振るいながら間合いを取った。一瞬できた余裕の中で一つギアをあげると、ハルバードを槍の持ち方に切り替え、手数の多い相手の攻撃に対応する準備をした。
「ラアァッ!」
「はっ!」
(今日もティアの事を殺す気ないんだね……)
今度はリーチの差を活かしたティアルカの攻撃にサージが防戦模様となるが、その攻撃は唐突に終わりを迎えた。ティアルカがサージのものではない何かの攻撃を躱したとみえた瞬間、右脇腹が大きく切り裂かれ大量の血が噴き出したのだ。
「うぐぅぅっ………カハッ…ゴホゴホッ……」
「なにっ!!」
ティアルカは左手で脇腹を押さえると大量の血を吐血して片膝をついてしまった。手で押さえ必死に止血しようとするが、血は止めどなく指の間から流れ出てきて滴り落ちる。サージから見てもティアルカの負った傷は相当の深手であり、早く治療をしなければ命が危ないだろう事がわかる。
(今の攻撃は……)
「フハハハハッ サージ、お前が注意を引き付けてくれたおかげで上手い具合に不意打ちができた。なかなかいい働きだったぞ。さあ、今のうちに止めを刺せ」
「ゼル!!」
ゼルだった。神聖なというのは可笑しいが、自分が何かを納得する為に始めた戦いを汚されたのだ。サージの胸の中に何かモヤっとするものが産まれると、それは急速に大きくなっていく。
ティアルカは敵か、否、敵ではない。自分に嘘をついたが、それは些細な事だ。捕まったのも自分が弱いだけ。では、なぜ戦うのか。初めて見た時から何かに惹かれ、戦った時にティアルカの強さに憧れを抱いた。そして、今も戦う事で何かを確かめたいと思っていたのだ。
頭の中で何かが吹っ切れると、サージはティアルカを庇うようにゼルの前に立ちはだかった。すると、武器を構えた瞬間に身体が薄っすらと黄色のオーラを放ち始める。それは魔界で産まれた魔族しか使えないとされる魔気だった。
「エリーゼさん。大変申し訳ない事になりました」
「え?」
そこで警備兵から聞かされたのは、駐屯所が昨夜襲撃され、応戦するも多数の死傷者を出しサージを奪還されてしまったという話しだった。
死傷者の数は、常に詰めている一個小隊の半分に当たる二十名。朝から増員し、今は手掛かりを探すべく住民に聴き込みをしている最中だという。
「せっかく捕まえていただいたのに申し訳ない……」
「いいえ……」
更に詳しく話しを聴くと、襲撃してきたのは見た事もない盗賊風の四人組であったらしい。メトの魔族達は、追われた場合の事を考えて幻影魔法で姿を変えていたのだろう。
「貴重な情報ありがとうございました」
私達は警備兵に礼を言うと冒険者ギルドへの道を急いだ。
あと僅かでギルドに到着という所まで来ると、やけに人だかりの出来ている場所があった。よく見ると、その原因は一人のS級冒険者が多くの冒険者に囲まれているせいだった。
こちらに気付いたグランツは、周囲を気にせずこちらに手を振ってよこす。すると、今度は私達に一斉に視線が集まった。
「エリーゼさ……ああ、エリーゼ、昨日は夕飯ごちそうさま。ライノサラスがあんなに美味いとは思わなかったよ」
「どういたしまして」
昨日、グランツはエリーゼの手料理一食と引き換えに私を鍛える事を請け負ったのだ。なんとも安い話しではあるけれど、その際、エリーゼに様付けで呼ばない事も約束させられ、今日の朝からそれを守っている。しかし、取り巻きの冒険者はそんな事を知る筈もないわけで……。
「グランツさん。帰って来たばかりでもうエリーゼ達に? しかも食事まで一緒って流石っす!」
「バカ野郎! 昔からの知り合いだ!!」
若い冒険者を叱りつけると、『またな』と別れを告げこちらに近付いてくる。一緒にギルドへ向かいながら話す話題はやはり今朝の事だった。
「事件の事は俺の耳にも入ってる。すごい数の死傷者がでたみたいだな」
「ええ、せっかく捕らえた魔族も奪還されてしまったわ」
エリーゼは残念だという顔ではなく悲しい顔をした。
「その中になかなかの強者がいるようだが、俺も是非殺り合ってみたいものだ」
「あなたが出たら相手が可愛そうよ。密偵達はティアにさえ勝てないのに……」
グランツはティアに目をやると一人で納得して頷いている。
「どうしたの?」
「言っとくけどティアルカは相当強いぞ。俺も無傷では勝てないくらいにな」
「そんなに強いの?」
S級冒険者が言うのだから本当なのだろう。私やエリーゼも本気を見た訳ではないけど、ここ何日か一緒にいただけでも、身体能力の高さを嫌というほど見せ付けられているのだ。
「まあ、俺もただ呼び戻されたわけじゃないし、そろそろ仕事をしないといけないんだよ。目的が被るけどこっちは別件も絡んでいてね。密偵に関わる部分は共闘できると思うがどうする?」
「そうね……ティアはある程度魔族がいるとわかるみたいだし、その提案に乗るわ」
協力し合う事が決まると、ギルドでエルモアに報告した後にすぐ街へ出た。
密偵達は幻影魔法で姿を変えている可能性もあり、探すのはティア頼みになる部分が大きい。その為、まずは歩いて探してみようという事になった。
前は市場であっさり見つける事が出来たけど、流石に昨日の今日で街の中を彷徨く事はないだろう。それでもじっとしているよりはと思っての行動だった。
市場へ行った後は商業区画へ入り、日用品の売っている店から冒険者御用達の店を順番に回っていく。数々の店をゆっくり見て回り、最後に寄ったのはティアルカがハルバードを貰った武器屋だった。
店の中に入ると、すぐ店番のメイリィが元気な声で挨拶してきたけど、エリーゼの隣りに立つ者を見るとプチ混乱状態になってしまった。
「いらっしゃ……!? なぁあああっ! グ、グ、グ、S級冒険者のグランツさんじゃないですかっ! まいどありぃ」
「ちょっとメイリィ落ち着きなさいよ。っていうかまだ何も買ってないから!」
「アイシャっさん! これが落ち着いてられらっ!」
『スパーンッ』と店の中にいい音が響き……。
「あ痛っ!」
いつの間にかメイリィの背後に立ったアーツが頭を思い切り引っ叩いたのだ。
「悪いなグランツ。うちの店員がうるさくて」
「久しぶりだなアーツ。元気なのはいい事だ気にするな。ところで、魔族の件についてだが何か情報はないか?」
二人はどうやら知り合いであるようだ。アーツも昔は冒険者をしていたと言っていたので、別に珍しい事ではない。しかし、メイリィはそうではないらしく、二人の顔を交互に見比べては唸っている。
この娘、メイリィって見てておもしろい。
「悪いが情報はない……と言いたい所だが、一つだけ情報がある。ここの常連の冒険者からつい早急聞いた話しだが、行き付けの酒場に向かって歩いてる時、空から何か降って来て顔に付いたんだそうだ。なんだろうと思って手にぬぐい取ってみると、それは何かの血だったらしい。上を見あげてみても特に異状はなかったそうだが、この話しは何かの手がかりになるか?」
話しが終わると反応したのは私だった。
「降ってきた血は私が傷を負わせた魔族のものかもしれない。傷の手当てもせずに逃げて行ったしね。その冒険者の顔に血が付いた場所ってどこらへんかきいてる?」
「商業区画と歓楽街から少し外れた所にある場末の酒場近くだ。店の名前は『マルク』といってならず者の溜まり場として有名な店だ。その周辺は治安も悪いから女だけで行くのはよしたほうがいいだろう」
アーツはここまで話すとグランツの方を向く。それだけで通じたようで、一度だけ二人で頷き合う。
「まあ、S級冒険者が一緒に行くなら喧嘩売ってくる馬鹿もいないだろう」
「グランツも一緒に行ってくれるの?」
「ああ、俺が一緒じゃなければ間違いなく絡まれるだろうからな」
◇ ◇ ◇
酒を飲むには時間的に少し早いが、アーツの話しではならず者に酒を飲む時間がどうとかいうのは無いらしい。
飲みたい時に飲む。騒ぎたい時に騒ぐ。今いっても店の中には誰かいるだろうとの事だった。最初は周辺の調査をし、その後『マルク』で聞き込みをするという事に決まり、四人は早速酒場のある区画へと向かった。
武器屋を出ると冒険者ギルドへ向かうのとは真逆の方向へ歩き、商業区画から出ると歓楽街へと入る。歓楽街の入り口周辺は優良店と言われる有名店が多く立ち並ぶが、夜にはまだ早い為人の姿はあまり見られない。しかし、奥の方へと進んでいくと、ならず者が好みそうな店や娼館が多く目に付くようになってくる。特に娼館が密集する場所は、店の外だというのに甘ったるい香水と女独特の匂いをアイシャでも感じ取る事が出来た。
「こういう所は初めてか?」
「私やエリーゼはこんな所にこないもの」
「まあそうだろうな。男娼が女の相手をしてくれる店だってあるぞ?」
「そういうのは嫌よ!」
「冗談だよ。アイシャはからかいがいがあっていいな」
「もう……」
どんどん奥へ進み、歓楽街を抜けきると急に周囲の様相がガラリと変わった。酒場の数も一気に減り、怪し気な露天商が多く店を出す区画へと入った。本当に使えるのかわからないもの。何に使うか分からないものが多く並んでいるが、グランツの話しでは結構掘り出し物が売っていたりするらしい。闇市とまではいかないが、それら露店の並ぶ通りはガラの悪い者が多いようである。
歩いていると常に誰かに見られている感覚に襲われ、普段から何かと視線を集めるアイシャ達でさえ刺さるような悪意の視線を感じるのだ。グランツが一緒でなければいつ暴漢に因縁をつけられてもおかしくないとも言えるだろう。
通りの中央あたりから更に奥の区画に入ると、そこには数件の酒場が並んで建っており、店の外まで笑い声や罵声が漏れ出てくる。今居る場所周辺が血の降ってきたという場所となるが、見回した限り特に異状は見られないようだ。それではと、ティアルカに魔族の気配を探らせながら暫く歩き回ってみても特に異状はなかった。
「さて、そこらへんの酒場にでも入ってみるとしよう。もしかしたら何か情報が得られるかもしれない」
全員頷き、まずは話しに聞いていた『マルク』を見つけると中へ入る。すると入った瞬間中で酒を飲んでいた者達の視線が一斉に集まった。ある者はグランツを睨みつけ、またある者はアイシャ達女三人を上から下まで舐めるように見る。殆どの者の行動は後者だが、女を三人も連れているのが気に食わないのだろう。何人かの若い男が席を立つとグランツの前にやってきた。
「おい、女を三人も連れてるなんざ随分羽振りがいいじゃねぇか。俺達に少しお裾分けしてくれよ? そうだな、そっちの美人でお嬢様っぽい女なんか……」
全てを言い終わる前にグランツは片手で男の胸倉を掴み持ち上げた。ご指名がエリーゼ以外であればいきなり胸倉を掴む事もなかっただろう。しかし、男はグランツの想い人を指名してしまったのである。酒場の中の雰囲気が一気に険悪なものへと変わるが、グランツはそれを気にした様子もなく言い放った。
「女がなんだって?」
「く、苦しい……離しやがれ!」
グランツはそのまま男を放り投げようとしたが、それをエリーゼの手が止めた。
「グランツ、そのくらいで許してあげて」
エリーゼにそう言われれば否もない。急に離された男は数歩下がると深呼吸を何度もする。しかし、少し落ち着くと男はまたグランツに悪態をついた。
「てめぇ、この店で揉め事起こすって事がどういう事か教えてやる」
男は頭に血がのぼり今にもグランツに掴みかかろうとしているが、一緒に来た他の者は男の両腕を掴むとさらに数歩下がりグランツに謝った。
「あんたS級冒険者のグランツだろ? 薄暗くて近づくまでわかんなかったんだよ……許してくれ」
そう、エリーゼがグランツと呼んだ事で王都の有名人であるS級冒険者の顔を思い出したのだ。すると男も落ち着いたのか、よく見るとグランツである事がわかり顔が一気に青ざめる。
「す、すまん…許してくれっ!」
「ああ、面倒だから許す許す。注目されてちょうどいいから一つ聞きたい事があるんだが、ここ周辺に事件を起こした凶悪な魔族が潜んでる可能性がある。奴らは幻影魔法で姿を変えているから魔族には見えん。最近あまり見た事ない奴がうろついてるとか何か情報がある者、またはアジトに出来そうな場所を知ってる者はいないか?」
一度でも強い男を夢見た男であれば、S級冒険者は憧れにこそなれ敵にはなりえない。店の中にいる者達は全員思い当たる事が無いか話し始め、そして、暫く待つと一人の男がアジトについて情報があるとグランツに伝えた。
場所はここから更に十五分ほど東へ抜けた所になるが、最近とある貴族が買い上げて住まわせている者がいるという。それが魔族かは分からないが、見た事もない美女と数名の男が暮らしているらしい。愛人という線もあるが、近くへ行き調べてみたほうがよいだろう。
「皆さん協力ありがとうございました。マスター、ここにいる皆さんにお酒を振る舞ってください」
エリーゼが硬貨で大きく膨れた袋をマスターに渡すと、店の中はならず者達の歓声で溢れた。
『マルク』を後にした一行は、早速情報を得た貴族の館へと向かった。途中、人の住んでなさそうな住居を見つけてはティアルカに気配を探らせたが、今のところ魔族の気配は感じられないようだ。
貴族の館が見える場所まで来ると、ティアルカはいつものように『クンクン』と臭いを嗅ぐような動作をした。するとピクリと反応し、館とは別な方向を向くと魔眼を使って遠くを凝視する。
(あれ……サージだ!)
ティアルカには分かった。自分にわざと存在を確認させ、会いに来いと言っているのが。
「ティア、どうしたの?」
「……アイシャ、武器ちょうだい」
「魔族?」
「サージが近くにいる。ティアが一人で行ってくるから」
「あの魔族かぁ……大丈夫なの? 罠とかじゃない?」
「その時は逃げるから」
「そっか……ティアの好きにするといいよ。私はそれでいいけど、エリーゼもいい?」
「ええ」
アイシャから武器を受けとると、ティアルカはサージの居る場所へと向かった。周辺に他の魔族の気配は感じられない。そして、サージだけの気配が強くなっていき、比較的近くにある背が高い建物の上にサージはいた。
「お前なら見つけて此処へ来ると思ったぜ」
「………」
「やっぱそうだよな。簡単に信じた俺も馬鹿だが、本当にティアルカの事を少し気になってたんだぜ?」
「………」
「何も言わないんだな……」
ティアルカは一瞬だけ申し訳なさそうな顔をしたが、その後は無言のまま武器を構えた。この間とは違って最初から魔気を纏うと、サージも武器は業物だろう愛用のロングソードを抜き放ち構える。
「ごめんねサージ、ティアも馬鹿だから……」
「そうか……俺の役目はお前を足止めする事だ。それだけを言われたしそれ以外の事は知らない。早く仲間の所へ戻りたいなら俺を倒していくんだな。それと……いや、何でもない。言えるのはそれだけだ……」
目的を話してくれた事にどんな意味があるのかティアルカにはわからなかったが、二人の会話はここまでだった。お互いにゆっくり近づくと、間合いが触れ合った瞬間斬り結んだ。スピードがある二人だけに高速で何度も攻撃を繰り出しては躱しあう。サージもこの間の戦闘で学習しており、まともに剣をぶつけ合うような事はしない。武器の特性もあるが、手数は圧倒的にサージのほうが多く、それをティアルカが躱す捌くという攻防が暫く続いた。
ティアルカは戦闘しながらも考える。自分も魔族であり、魔界で親の保護のもと猛者といわれる多くの魔族と戦った。両親がいなくなってからはすぐ捕まってしまったが、おそらく対魔族の戦闘経験は間違いなくサージより上である。まだ使い慣れないハルバードではなく、武器に拘らなければ数回は殺しているほどに。
今は戦闘の真っ只中だというのに、サージは必死に自分に挑んできているというのに、殺し合いというよりは胸がワクワクするのだ。そう、自分は戦う事が好きなのだ。
最初それはおかしな事ではと勘違いしていたが、アイシャがおかしな事ではないと言ってくれた。ならば、今は自分を家族と言ってくれる仲間の為に戦うだけだ。
ティアルカはクスリと笑うとハルバードを横薙に振るいながら間合いを取った。一瞬できた余裕の中で一つギアをあげると、ハルバードを槍の持ち方に切り替え、手数の多い相手の攻撃に対応する準備をした。
「ラアァッ!」
「はっ!」
(今日もティアの事を殺す気ないんだね……)
今度はリーチの差を活かしたティアルカの攻撃にサージが防戦模様となるが、その攻撃は唐突に終わりを迎えた。ティアルカがサージのものではない何かの攻撃を躱したとみえた瞬間、右脇腹が大きく切り裂かれ大量の血が噴き出したのだ。
「うぐぅぅっ………カハッ…ゴホゴホッ……」
「なにっ!!」
ティアルカは左手で脇腹を押さえると大量の血を吐血して片膝をついてしまった。手で押さえ必死に止血しようとするが、血は止めどなく指の間から流れ出てきて滴り落ちる。サージから見てもティアルカの負った傷は相当の深手であり、早く治療をしなければ命が危ないだろう事がわかる。
(今の攻撃は……)
「フハハハハッ サージ、お前が注意を引き付けてくれたおかげで上手い具合に不意打ちができた。なかなかいい働きだったぞ。さあ、今のうちに止めを刺せ」
「ゼル!!」
ゼルだった。神聖なというのは可笑しいが、自分が何かを納得する為に始めた戦いを汚されたのだ。サージの胸の中に何かモヤっとするものが産まれると、それは急速に大きくなっていく。
ティアルカは敵か、否、敵ではない。自分に嘘をついたが、それは些細な事だ。捕まったのも自分が弱いだけ。では、なぜ戦うのか。初めて見た時から何かに惹かれ、戦った時にティアルカの強さに憧れを抱いた。そして、今も戦う事で何かを確かめたいと思っていたのだ。
頭の中で何かが吹っ切れると、サージはティアルカを庇うようにゼルの前に立ちはだかった。すると、武器を構えた瞬間に身体が薄っすらと黄色のオーラを放ち始める。それは魔界で産まれた魔族しか使えないとされる魔気だった。
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