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第三章

ティアルカのお芝居

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「おそらくサージを捕まえた者達だと思うが、人間と魔族の女が駐屯所に来てる」

「サージに会いに?」

「そこまでは分からんが、おそらくそうだろう」

「出てきたところをなんとか捕まえれない?」

「人間の女の方はなんとかなりそうだが、魔族は無理だな。サージを軽く倒せるレベルとなると、戦闘能力はゼルよりも上だろう」

「人間のほうでもいい。身柄を確保してしまえば、魔族の女は手出し出来ないでしょ」

 是が非でもサージ救出の糸口がほしいミザリィは、アイシャを捕らえて交渉材料にしたいと主張した。

「ゼルがいないのに勝手はできん。とりあえず駐屯所周辺に行き様子を見る」

 残っていた二人が幻影魔法で姿を変えると、全員アジトを出て駐屯所の方へ向かった。

◇      ◇      ◇

 駐屯所に着いたアイシャ達二人は、若い兵士に過剰なくらい大歓迎された。まずは用があって来た事を伝え、預かってきた隊長宛の書状を渡す。おそらくエリーゼがこの間何か吹き込んだのだろうが、その内容までは聞いていない。鼻の下を伸ばした兵士達と会話して待っていると、伝令が来てサージのいる独房まで案内してくれた。

「打ち合わせ通りにお芝居してね。今日のティアは女優さんよ。でもって私の事もね?」

「うん。がんばる」

(ジョユウってなんだろう?)

 今からやる事は、駐屯所へ来る間に何度も言って聞かせた。とはいっても、全部理解しているかは微妙だが。
 本当にこんな単純な作戦が上手く行くのだろうか。アイシャは心配だったが、ティアルカを信じて待つしかないだろう。
 歩きながら小声で話しをしていると、すぐ独房の前に着いてしまった。
 その場所は一番奥にある独房にもかかわらず、一定の明るさが確保された造りになっているようだ。解錠され扉が開かれると、サージは拘束されたまま部屋の中央に座っていた。

「なんだよ、笑いにでも来たのか?」

 こちらから話し掛ける前に減らずぐちをたたかれるが、それよりも、ティアルカはサージと目が合うと扉に半分隠れてしまった。

「おいっ、いきなり隠れるなんざショック受けるじゃねえか!」

「ティアに酷い事するから……」

「そりゃ夢でだろうがっ! って……はあ?」

「夢じゃないって言った……」

「マ、マジかっ!」

 ティアルカに睨まれると、サージはしょんぼりして黙り込んでしまった。

「夢の中だからってティアに酷い事するのが悪い」

「悪かったよ……許してくれ」

 嫌われたくないのだろう。自分が悪かったと素直に謝る。

「許す」

 ティアルカも単純だった。謝られるとすぐに許してしまった。

「本当か?」

 コクリと頷くと、ティアルカは独房の中に入っていき、サージの前にペタリと座り込んだ。改めて見てみても、ただの可愛らしい小娘魔族にしか見えないが、自分はコイツに負けたのだという悔しさが込み上げてくる。しかし、今はそんな事はどうでもいい。

「ところで、一体何しに来たんだ?」

「ティア、ずっと一人ぼっちで魔族の仲間いない。だからサージ達の仲間になりたいの」

「なにっ! 本当か?」

 仲間になりたいという言葉を聞いて喜ぶサージ。エリーゼの分析通りかなり単純なようだ。

「だから、他の魔族に会いたいから居場所を教えて?」

「わりぃ、俺は道とか場所覚えるの得意じゃねんだ。でもって教えるのも得意じゃねえ。そうだな……どうやってんのか知らねえけど、お前、魔族だと見分けつくんだろ?」

「うん」

「仲間に女の魔族が一人だけいるんだ。名前はミザリィだ。街の中で見付けたら、仲間になりたいって話しかけてくれ。名前は俺に聞いたって言えばいい」

「わかった……」

 ティアルカは立ち上がるとサージに背を向け独房を出る為に歩き出した。

「お、おいっ! もう帰るのか?」

「うん」

「………そうか、よかったらまた来てくれよ」

「わかった」

 独房を出てアイシャと合流すると、仲間の魔族一人の名前が分かったと報告する。二人は、これから街でその魔族を探す事にした。駐屯所を出て市場方面へ歩き出すが、またティアルカは『クンクン』と匂いを嗅ぐ仕草をすると、立ち止まって右後方を振り返った。しかし、そこに魔族と思しき者はいないようだ。

「どうしたの?」

「なんでもない………」

(魔族の気配がしたのに、気のせい?)

「そっか、って……あれれ?」

 また歩き出そうとした時だった。離れていてわかりずらかったが、進行方向左手の狭い路地に、エリーゼらしき人物が曲がっていくのが見えた。

「ん?」

「なんかね、今エリーゼが居たような気がしたの。ちょっと確かめたいんだけどいい?」

「うん」

 二人は、エリーゼが歩いて行っただろう路地に入り進んでいく。そして、先頭を行くアイシャが路地を抜けた時だった。前方上空から数本の投げナイフがティアルカ目掛け飛んできた。咄嗟に後ろへ飛び退く事で躱したが、路地を出るとアイシャが二人の男に拘束されていた。

「離してっ! 離しなさい!」

「三人とも魔族……」

「なんですって! そのエリーゼもどきの姿をしてるのも魔族だっていうの?」

「うん」

 アイシャを押さえている男二人、そして、その後ろに立つ女も魔族だと言う。幻影魔法で姿を変えているが、おそらく女はサージが言っていた者だろう。その名前を思い出し………

「ミザリィ?」

「あらぁ、サージに聞いたのね。お喋りなんだから……」

 こうなってしまっては仲間になりたいなどという話しは通じない。しかし、ティアルカはサージに言った通りの事をそのままミザリィ達に言った。アイシャに『もういい』と言うまでお芝居するように言われたからだ。そして、自信は無いけれど、台詞は好きに考えていいとも言われた。

「私の名前はティアルカ。アナタ達の仲間になりたい」

「ふぅん、ティアルカね……それにしても何を言ってるのか分からないわね。仲間になりたいですって? うふふっ……サージを捕まえて警備兵に渡しといて何を言ってるのかしら?」

 ミザリィの言い分は当然の事であった。

「その時は何も分からなかっただけ。どうしたらいい?」

「どうしたらって………あははぁ……そうねぇ~」

 ここでミザリィはアイシャを見ながら妖艶な笑みを顔に浮かべる。どうやってこの小娘魔族をイジメてやろうかと考えた時、仲間になりたいとまで言うのであれば、この拘束している女を自らの手で殺させるのはどうかと考える。まあ、どうせ出来るわけがないのだが。

「それじゃ……この女をアナタの手で殺してちょうだい」

「………それはできない」

「ほら、やっぱり仲間になりたいなんて嘘なんでしょう?」

「別にそういう事じゃない。殺したいならミザリィがやればいい」

 アイシャは傷付けたり殺すような指示があった場合は、敵にやらせるようにティアルカに指示していた。
 もし本当に相手が行動にでても、自分もお芝居するから気にするなと。

「なんですって?」

「だからミザリィがやればいい」

「そうよ、アナタがやりなさいよ!」

 予想外の展開であった。本当に仲間になりたいとでも言うのだろうか。いや、これはハッタリに違いない。人質としての価値があるから殺せるはずはないと甘くみているに違いないのだ。ミザリィはそう思った。

「アナタ、私が殺らないと思ってるのなら大間違いよ? 本当に後悔しないのね?」

 ティアルカは顔色一つ変えずにコクリと頷いた。ここは頷いておいたほうがいいと思ったからだ。

(この小娘……本当に仲間になろうと言うの? それはそれで困るんだけど………)

「ミザリィ、勝手な真似はここまでだ。ゼルがいないのにこれ以上自分の判断で進めるな」

「ちっ……分かったわよ。それじゃどうするの?」

「二人とも拘束してアジトに連れて行きたい所だが、流石に白昼堂々この時間帯には無理だな……さて、どうしたものか」

「ふん…なら、こうするのよっ!」

「うぐっ…がはぁっ………」

 ミザリィは腰の短剣を抜きアイシャの左胸に突き立てた。口から大量の血が溢れでると、急激に目の光が失われていく。短剣を引き抜き、男達が拘束を解いた途端、力を失った体は前のめりに倒れ動かなくなった。

「ふん……これで一人減って楽になったでしょ? 本当に仲間になりたいというのなら、ティアルカだけいればいいもの」

「また勝手な事を……」

 ミザリィはアイシャを足蹴にし、反応が無い事を確認するとティアルカの様子を伺う。

(それにしてもこの小娘、仲間だろう女が殺されたというのに、本当に顔色一つ変えないだなんて……)

 ミザリィの予想では、化けの皮が剥がれ、後悔のあまり泣き崩れるという姿を想像していたのだ。しかし、今も全く表情を変える事なく死体を見ているだけだった。
 目が合うと、『どうしたの?』と言うふうに首を傾げられるくらいだ。

(こいつ……本気?)

「いいだろう。とりあえず俺達の後を付いてこい」

「わかった」

 そして、全員がその場を離れようとした時だった。

「ゴハッ……グゥゥ……」

「ダリル!」

 なんと、死んだはずの女が起き上がり、剣でダリルの背中を斬り付けたのだ。確かに心臓の位置をナイフで貫いたというのに、そんな馬鹿な事があるはずない。ミザリィはちょっとしたパニック状態に陥る。

「どうして生きているの……」

「き、貴様っ!」

 ダリルは抜剣すると同時にアイシャを斬り付けるが、怪我で鈍った動きのままでは掠りもしなかった。

「お芝居はもういいわ! ティア、女を拘束して!」

「わかった」

 ちょっと楽しかったので少し残念だったが、芝居をやめ、抜群の瞬発力を発揮し背後に回り込むと、ティアルカは非力なミザリィを簡単に取り押さえてしまった。
 非常にまずい状況になった。どういうカラクリかは分からないが、死んだはずの女は生きている。いや、生き返ったのかもしれない。それでも人間だし大して強くはないだろう。そして、魔族の女はミザリィを取り押さえている為自由に動く事が出来ない。
 ラザームは、怪我を負ったダリル、そして、ミザリィを見捨てて逃げる事を選択する。この場にいる全員に背を向けると、一気に加速して逃げの体勢にはいる。

「逃がさないわ!」

 アイシャは剣を魔剣化し、逃げるラザーム目掛けて振りぬいた。『ゴォォォ』と音を立て、衝撃波が相手の背に向かい飛んでいく。しかし、危険を察知し右へ体を寄せて躱されてしまった。それでも完全に躱しきる事が出来ず左腕が肩の付け根から千切れ飛んだ。

「グヌッ」

 バランスを崩して倒れ込むと、そこへ向け追撃の衝撃波を打ち込む。しかし、その衝撃波はあと数メートルで当たるという所で掻き消えてしまった。

「えっ!? なんで?」

「間に合ったか……嫌な予感がして戻ってみればコレか?」

 声のする方を見ると、其処には見た事もない武器をもった魔族がもう一人、武器を振りぬいた状態の姿勢でこちらを見ていた。
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