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第四章
ハーゲンへの道中です
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グランツの話しだと、ヴィラ・ププリからハーゲンまで、馬であれば四日半の道程らしい。
徒歩なら二週間以上かかる道程も、馬でゆっくりめな旅でも三分の一の日数で済んでしまう。
来る時はラタ大森林を抜けて来た為に通らなかったけど、ハーゲンが職人と商人の街として有名なのは私も知っている。
西のラタ大森林と東のヘーゼ大平原、南の海底ダンジョンに挟まれ、あらゆるモンスター素材が集まる事でも知られ、冒険者が最も活発に活動している都市らしい。そんな場所に所在する冒険者ギルドが、未踏のダンジョンが発見されたとなれば、どれだけ大騒ぎになる事か。
ダンジョンまでの経路確保と現地民との調整、新たなモンスター素材の流通整備、多くの冒険者が流入して来る事が予想される為その対策、今まで以上に商隊の護衛を強化する等、多くの人と金が動く事になるのだろう。
馬車が一台通れる道幅で、終わりの見えない単調な直線が延々と続く。
それに加えて道があまりよい状態とはいえないし、借りた馬を怪我させたり酷使しすぎないように気を付けないといけない。
グランツとティアは馬に単身で乗り、馬に乗る事が出来ないウルは、私と一緒に簡易着脱式ベルトで繋ぎ止められて乗っている。
グランツが発散する威圧が効いているのもあると思うけど、広い街道に出るまでの三日間はモンスターに襲われる事がなかった。ゴブリンや一部のモンスターを除けば、日中はラタ大森林から外に出てくる事があまりないらしい。
西のタキア、南のハーゲンとの分岐路へ至ると道幅は更に広くなり、そこからは一気に商隊や冒険者の姿が多くなる。そのまま半日進んだ所で野営になったけど、中継地や整備された野営地のような気の利いた場所はない。
盗賊やモンスターに襲われた場合の対処を容易にする為、今日は護衛を十人も連れた大きな商隊と、冒険者パーティーが二組ほどが同じ場所で野営する事になった。
特に野営で用意する物はないけれど、木に馬を繋ぎ止めていると、他のパーティーが夕飯でも一緒にどうかと誘いに来た。
「俺はパーティー『紅蓮の槍』リーダーのバックスだ。あんたらも冒険者だろ? 一緒に夕飯でも……って、ぬおおおおっ!! こいつは驚いた。女ばかり連れてるのはどんな奴かと見に来たら、それがS級冒険者様だったかよ」
「『紅蓮の槍』はB級パーティーだったか? 直接面識はないが知っている。リーダーは炎の魔槍使いでなかなか強いらしいじゃないか?」
「S級冒険者が覚えてくれてるなんて嬉しいぜ」
「お前達どうする?」
「私は別に構わないわ」
ティアとウルもグランツを見て首肯する。
「他にもう一つ『清風の調』ってパーティーも来る。まあ、あんたら別嬪さんが三人も入ってくれりゃ酒も美味くなるってもんだ。それじゃ向こうで待ってるぜ」
バックスが居なくなると、盗まれてまずい物はスキルで格納し、出発前にウルが作成した荷物番用の小型ガーディアンを三体出す。起動だけしてウルに制御してもらい、それを馬番として残す。
確認が終わると、手土産の酒を数本とつまみになりそうな物を出し、『紅蓮の槍』が居る場所へ向かう。そこには既に二つのパーティーがいて、リーダー同士だけ挨拶を交わし、簡単な夕食兼夜の宴が始まった。
「こんな所でS級冒険者と出会すとは思わなかったな」
『清風の調』リーダーのマッシュは、悪党のような強面ではあるけど、話し方や立ち居振る舞いは騎士のように洗練されたものを感じさせる。冒険者になる前は騎士だったか、良い所の坊っちゃんだったのかもしれない。
六人パーティーで女神官を二人も連れているのは、農村の流行り病を治療し戻って来た所だかららしい。
『紅蓮の槍』の方は五人パーティーで、普通にラタ大森林でモンスター討伐依頼を熟してきたのだとか。
「俺はアイシャとティアルカを鍛える為、ラカルンからラタ大森林を抜け、ヴィラ・ププリまで行ってきた所だ。こっちにいる小さいのはウル。冒険者じゃないが大事な仲間だ」
ウルは大事な仲間と言われたのが嬉しかったのか、ニコリと笑うと立ち上がって優雅な礼をした。カワイイ!
「ははは……別嬪さん達を大森林内で連れまわすとは、S級冒険者が鍛えるとなると女だろうがスパルタだな。今のランクは?」
「C級よ」
「アイシャと同じ」
私とティアが質問に答えると、バックスは大袈裟に両手を広げてから口を開く。
「どうだよ、修行終わったらうちに来ねぇか?」
「誘ってもらって悪いけど、私やティアは姉と一緒にパーティー登録してるの」
「そうか、そりゃ残念だ」
バックスは本当に残念そうにすると酒を煽るように飲み干した。
男はリーダーを除けば若手の冒険者が多く、どちらのパーティーの男達も遠慮なしに女達の肢体に目を這わせる。その中でもやはり私は必要以上に多く見られてる……気がする。やだやだ……。
神官二人も見られるのが嫌そうな顔を隠そうとせず、酒の勢いで口説きに来た者を無言のプレッシャーで撃退している。
私も冒険者になりたての頃に比べれば気にしなくなっているけれど、それでもジロジロ見られるのはあまり良いものではない。
「そっちの魔族のお姉ちゃんはいいとして、隣りのカワイイお嬢ちゃん……ウルだったか? 冒険者じゃないのになぜ一緒にいるんだい?」
冒険者と話すのはある程度満足したのか、バックスの話しの矛先はウルに向く。
「僕かい? 僕は……そうだなぁ、アイシャ達と一緒にいたいからだよ」
「ほほう? それなら冒険者にでもなったらいいんじゃないか?」
「冒険者かぁ~。そんなの考えもしなかった。簡単になれるの?」
「そうねぇ……グランツとも話したんだけど、もしウルがなりたいって言うなら反対はしないわよ?」
「ふぅ~ん……考えてみる」
ウルはまだ冒険者の事がわかってないと思うし、後できちんと教えてあげよう。
それにしてもさっきから私に酒を注ぎに来まくってる人、下心見え見えなんだけど、実は私っていくら飲んでも酔わないのよね。正確には酔っても傷の再生みたいに酔いが回復してしまうみたい。
「君すごくお酒強いんだね?」
「まぁそれなりに……」
「いやいや俺の三倍は飲んでるよね?」
こいつ、自分で私に三倍飲ませたって言った。そういえばティアも同じくらい飲んでるのに普通にしてる。
「そうだっけ?」
なんて恍けておいた。
「そ、そ、それに凄く綺麗だ。冒険者にしとくのが勿体ないくらいだよ」
とにかくしつこい……。っていうか少しずつ近付いてきてるし、目だって怖いし手がこっちに伸びてきてない?
いい加減殴ってしまおうかなんて考えていると、マッシュが音も無く男の後ろに近付いてきた。『ドスッ』と容赦なく剣の柄で腹を突き気絶させてしまい、そのまま『スマンな』とだけ謝まり引きずっていった。
ありがとう。助かりました。
その後は口説かれたりする事もなく、二人の女神官エラとマリーと話したりして楽しく交流する事が出来た。特にエラは私と一緒でカワイイものに目が無いらしく、ウルを抱っこしてなかなか離してくれなかった。こ、これは一大事よ。取られないようにしなくちゃ!
夜が明けて目が覚めると、私の隣りに寝ていたはずのウルだけ姿が見当たらなかった。本当にエラに取られた? なんて少し心配になり、起きて見渡してみたら、離れた木の下で何かをいじっているのがみえた。
私、何焦ってるんだろう。
理由は分かってる。あんなカワイイのがいなくなったら嫌だもん。私がゆっくり近付いていくと、ウルも気付いて手を振ってよこした。
いじっている物の形状は、細長い筒状で握る為の取っ手のようなものが二箇所ついているだけ。まあ、ウルが作ったものだろうけど、私には見ただけで何の道具か分からない。
「それって?」
「これはガーディアンに持たせる為の武器だよ」
「これが武器なの?」
「うん。魔砲っていうんだけど、魔力の弾を飛ばす為の道具なんだ。僕達が武器として使う事だって出来るよ」
ウルは凄いだろうと胸を反らす。
この子、やっぱり胸が……。
気付くと無意識に両手を伸ばして触ってた。そして、何度か揉んでみる。
「えぇ? うきゃああああっ!?」
「あっ! ごめん……気になっちゃってつい……」
小さな体に不釣り合いな少し大きめの胸。そして、柔らかくて弾力がある。だから寝てる時に抱きつかれてた間、すっごく気持ちよかったのよね。
「ア、アイシャもティアみたいに何かの確認なの?」
「えっと……えへへっ」
とりあえず笑って誤魔化しておく。
「僕のおっぱいは玩具じゃないんだからね?」
「わかってるわよ」
といいながらギュっとウルを抱きしめる。なぜかそうしたほうがいいような気がしたから。
「アイシャ?」
「ずっと一人で寂しかったでしょ……。私とティアにたくさん甘えていいんだから」
「……うん。本当、すごく寂しかったんだ。いっぱいあまえさせてね……」
ウルも私に力強く抱きついてきた。
エリーゼとティアと、皆で一緒に守ってあげなくちゃ。
軽めの朝食を摂った後、出発準備を終えた私達は、昨日交流したパーティーに挨拶して野営場所を出発した。
何も邪魔が入らなければ、昼過ぎにはハーゲンに着くみたいだけど、大きな隊商がいた場合は街に入る時に足止めされる事もあるらしい。
グランツはそうなった場合は奥の手を使うから問題無いって言ってるけど、どうせS級冒険者の肩書きを使った力技に違いない。
そういえば、冒険者パーティーや商隊とすれ違いながら気付いた事が一つある。こちらはアース大陸と違いすごく亜人種が多いのだ。魔族だって普通に見かけてる。ただ魔族達は少し様子が違い、ティアの姿を見ると驚いた顔をする。なんなんだろう?
ハーゲンに着けば、そこらへんの事も聞けるかもしれない。
馬に乗っている私達は徒歩に比べて圧倒的に速い。旅といえばほとんどが徒歩であり、高価な馬を個人的に持っている者は少ない。厩舎と飼葉という維持にかかる費用は平民に負担出来るものでは無いからだ。では冒険者はといえば、維持できる者は多いけど、森林やダンジョンなど、活動の自由を優先するので徒歩が多い。
そういった理由もあり、普段から馬を常用するのは、兵馬を除けば貴族の馬車か商人の荷馬車、あとは大きな都市であれば乗り合い馬車くらいだろう。なので街道を馬に乗って移動する冒険者は滅多に居ない。そのせいで随分と目立っているけど、グランツの事を知っている冒険者が多いようで、よく手を振ってよこされては応えている。
ハーゲンにはS級冒険者になるまで長期間いたらしいから、知り合いの冒険者も多いのだろう。
私達は徒歩の者をどんどん追い越しては進んでいく。街道は丁度ラタ大森林とヘーゼ大平原の境目を南北に走っている為、代り映えのしない風景がいつまでも続く。流石にウルは飽きてしまったのか、私の背中でウトウトしだした。
「さて、そろそろ休憩するか? それともこのままハーゲンまで行くか?」
「私は大丈夫だけど、ティアはどう?」
「大丈夫」
「ウ、ウルは眠いだけだろうし、このまま行きましょ」
本当はウルに抱きつかれてる時のポニュポニュ感が気持ちいいんだけど、何を言われるか分からないから言わないでおく。
「まあいいだろう。ではこのまま行くとしよう」
あと数時間もすればハーゲンに着く。街道は人や荷馬車の往来が更に増え、ここから馬車等は道幅の左半分を走れという看板の指示に従い、安全に馬を走らせる。
知らない場所を知る。
知らない物を知る。
知らない事を知る喜びを知る。
エルダスト大陸に来てから、自分が知らない事だらけだという事を思い知った。でも、それが悪い事だとは思わない。
そのお陰で、アース大陸での生活に満足していた時と違い、今は毎日が刺激的で充実しているとさえ思えるのだから。
カミンという閉鎖された場所での生活が長かった為、イダンセでの生活、といってもまだ半年に届かないくらいだけど。は、実に新鮮で充実したものだった。冒険者になってからはワクワクの連続だったと言ってもいい。そして、エルダスト大陸に来てからは、更に世界の広さを知り、自分にまだ知らない事があるという事に喜びさえ感じるのだ。
誰も知らないダンジョンを見つけた時の喜びが、あの体を突き抜けるような興奮がそれだ。
ともすれば、世界に何人か入るという偉大な賢者達は、何でも知っている為にワクワクしないのではないだろうか? それとも貪欲に未知を追う賢者はそれだけでワクワクする?
などと頭の中で話しがそれていきそうになった頃、前方で何やら半分ほど道を塞いで止まる馬車に気付いた。
貴族の馬車のように豪華な装飾はないけど、馬車のつくりからそれなりの身分の者が乗っていると分かる。一生懸命馬車の車輪部分を確認している従者、その服装を見ても平民のものでは無いようだ。
いくつかの商隊がすれ違うのに列を作っているので、私達も最後尾にならぶ。東側の平原側に街道を逸れて追い抜いていく事も出来たけど、グランツがマナー違反はだめだと首を横に振った。
そんなに待たされる事なく渋滞はどんどん掃けていく。そして、もうじき馬車の後部に達するかという時、馬車の乗車口が開いて、まだ二十代だろう若い女が降りてきた。
一体どうしたのか、その女の姿を見たグランツは、スススッっと気付かれないように私と場所を入れ替わった。
徒歩なら二週間以上かかる道程も、馬でゆっくりめな旅でも三分の一の日数で済んでしまう。
来る時はラタ大森林を抜けて来た為に通らなかったけど、ハーゲンが職人と商人の街として有名なのは私も知っている。
西のラタ大森林と東のヘーゼ大平原、南の海底ダンジョンに挟まれ、あらゆるモンスター素材が集まる事でも知られ、冒険者が最も活発に活動している都市らしい。そんな場所に所在する冒険者ギルドが、未踏のダンジョンが発見されたとなれば、どれだけ大騒ぎになる事か。
ダンジョンまでの経路確保と現地民との調整、新たなモンスター素材の流通整備、多くの冒険者が流入して来る事が予想される為その対策、今まで以上に商隊の護衛を強化する等、多くの人と金が動く事になるのだろう。
馬車が一台通れる道幅で、終わりの見えない単調な直線が延々と続く。
それに加えて道があまりよい状態とはいえないし、借りた馬を怪我させたり酷使しすぎないように気を付けないといけない。
グランツとティアは馬に単身で乗り、馬に乗る事が出来ないウルは、私と一緒に簡易着脱式ベルトで繋ぎ止められて乗っている。
グランツが発散する威圧が効いているのもあると思うけど、広い街道に出るまでの三日間はモンスターに襲われる事がなかった。ゴブリンや一部のモンスターを除けば、日中はラタ大森林から外に出てくる事があまりないらしい。
西のタキア、南のハーゲンとの分岐路へ至ると道幅は更に広くなり、そこからは一気に商隊や冒険者の姿が多くなる。そのまま半日進んだ所で野営になったけど、中継地や整備された野営地のような気の利いた場所はない。
盗賊やモンスターに襲われた場合の対処を容易にする為、今日は護衛を十人も連れた大きな商隊と、冒険者パーティーが二組ほどが同じ場所で野営する事になった。
特に野営で用意する物はないけれど、木に馬を繋ぎ止めていると、他のパーティーが夕飯でも一緒にどうかと誘いに来た。
「俺はパーティー『紅蓮の槍』リーダーのバックスだ。あんたらも冒険者だろ? 一緒に夕飯でも……って、ぬおおおおっ!! こいつは驚いた。女ばかり連れてるのはどんな奴かと見に来たら、それがS級冒険者様だったかよ」
「『紅蓮の槍』はB級パーティーだったか? 直接面識はないが知っている。リーダーは炎の魔槍使いでなかなか強いらしいじゃないか?」
「S級冒険者が覚えてくれてるなんて嬉しいぜ」
「お前達どうする?」
「私は別に構わないわ」
ティアとウルもグランツを見て首肯する。
「他にもう一つ『清風の調』ってパーティーも来る。まあ、あんたら別嬪さんが三人も入ってくれりゃ酒も美味くなるってもんだ。それじゃ向こうで待ってるぜ」
バックスが居なくなると、盗まれてまずい物はスキルで格納し、出発前にウルが作成した荷物番用の小型ガーディアンを三体出す。起動だけしてウルに制御してもらい、それを馬番として残す。
確認が終わると、手土産の酒を数本とつまみになりそうな物を出し、『紅蓮の槍』が居る場所へ向かう。そこには既に二つのパーティーがいて、リーダー同士だけ挨拶を交わし、簡単な夕食兼夜の宴が始まった。
「こんな所でS級冒険者と出会すとは思わなかったな」
『清風の調』リーダーのマッシュは、悪党のような強面ではあるけど、話し方や立ち居振る舞いは騎士のように洗練されたものを感じさせる。冒険者になる前は騎士だったか、良い所の坊っちゃんだったのかもしれない。
六人パーティーで女神官を二人も連れているのは、農村の流行り病を治療し戻って来た所だかららしい。
『紅蓮の槍』の方は五人パーティーで、普通にラタ大森林でモンスター討伐依頼を熟してきたのだとか。
「俺はアイシャとティアルカを鍛える為、ラカルンからラタ大森林を抜け、ヴィラ・ププリまで行ってきた所だ。こっちにいる小さいのはウル。冒険者じゃないが大事な仲間だ」
ウルは大事な仲間と言われたのが嬉しかったのか、ニコリと笑うと立ち上がって優雅な礼をした。カワイイ!
「ははは……別嬪さん達を大森林内で連れまわすとは、S級冒険者が鍛えるとなると女だろうがスパルタだな。今のランクは?」
「C級よ」
「アイシャと同じ」
私とティアが質問に答えると、バックスは大袈裟に両手を広げてから口を開く。
「どうだよ、修行終わったらうちに来ねぇか?」
「誘ってもらって悪いけど、私やティアは姉と一緒にパーティー登録してるの」
「そうか、そりゃ残念だ」
バックスは本当に残念そうにすると酒を煽るように飲み干した。
男はリーダーを除けば若手の冒険者が多く、どちらのパーティーの男達も遠慮なしに女達の肢体に目を這わせる。その中でもやはり私は必要以上に多く見られてる……気がする。やだやだ……。
神官二人も見られるのが嫌そうな顔を隠そうとせず、酒の勢いで口説きに来た者を無言のプレッシャーで撃退している。
私も冒険者になりたての頃に比べれば気にしなくなっているけれど、それでもジロジロ見られるのはあまり良いものではない。
「そっちの魔族のお姉ちゃんはいいとして、隣りのカワイイお嬢ちゃん……ウルだったか? 冒険者じゃないのになぜ一緒にいるんだい?」
冒険者と話すのはある程度満足したのか、バックスの話しの矛先はウルに向く。
「僕かい? 僕は……そうだなぁ、アイシャ達と一緒にいたいからだよ」
「ほほう? それなら冒険者にでもなったらいいんじゃないか?」
「冒険者かぁ~。そんなの考えもしなかった。簡単になれるの?」
「そうねぇ……グランツとも話したんだけど、もしウルがなりたいって言うなら反対はしないわよ?」
「ふぅ~ん……考えてみる」
ウルはまだ冒険者の事がわかってないと思うし、後できちんと教えてあげよう。
それにしてもさっきから私に酒を注ぎに来まくってる人、下心見え見えなんだけど、実は私っていくら飲んでも酔わないのよね。正確には酔っても傷の再生みたいに酔いが回復してしまうみたい。
「君すごくお酒強いんだね?」
「まぁそれなりに……」
「いやいや俺の三倍は飲んでるよね?」
こいつ、自分で私に三倍飲ませたって言った。そういえばティアも同じくらい飲んでるのに普通にしてる。
「そうだっけ?」
なんて恍けておいた。
「そ、そ、それに凄く綺麗だ。冒険者にしとくのが勿体ないくらいだよ」
とにかくしつこい……。っていうか少しずつ近付いてきてるし、目だって怖いし手がこっちに伸びてきてない?
いい加減殴ってしまおうかなんて考えていると、マッシュが音も無く男の後ろに近付いてきた。『ドスッ』と容赦なく剣の柄で腹を突き気絶させてしまい、そのまま『スマンな』とだけ謝まり引きずっていった。
ありがとう。助かりました。
その後は口説かれたりする事もなく、二人の女神官エラとマリーと話したりして楽しく交流する事が出来た。特にエラは私と一緒でカワイイものに目が無いらしく、ウルを抱っこしてなかなか離してくれなかった。こ、これは一大事よ。取られないようにしなくちゃ!
夜が明けて目が覚めると、私の隣りに寝ていたはずのウルだけ姿が見当たらなかった。本当にエラに取られた? なんて少し心配になり、起きて見渡してみたら、離れた木の下で何かをいじっているのがみえた。
私、何焦ってるんだろう。
理由は分かってる。あんなカワイイのがいなくなったら嫌だもん。私がゆっくり近付いていくと、ウルも気付いて手を振ってよこした。
いじっている物の形状は、細長い筒状で握る為の取っ手のようなものが二箇所ついているだけ。まあ、ウルが作ったものだろうけど、私には見ただけで何の道具か分からない。
「それって?」
「これはガーディアンに持たせる為の武器だよ」
「これが武器なの?」
「うん。魔砲っていうんだけど、魔力の弾を飛ばす為の道具なんだ。僕達が武器として使う事だって出来るよ」
ウルは凄いだろうと胸を反らす。
この子、やっぱり胸が……。
気付くと無意識に両手を伸ばして触ってた。そして、何度か揉んでみる。
「えぇ? うきゃああああっ!?」
「あっ! ごめん……気になっちゃってつい……」
小さな体に不釣り合いな少し大きめの胸。そして、柔らかくて弾力がある。だから寝てる時に抱きつかれてた間、すっごく気持ちよかったのよね。
「ア、アイシャもティアみたいに何かの確認なの?」
「えっと……えへへっ」
とりあえず笑って誤魔化しておく。
「僕のおっぱいは玩具じゃないんだからね?」
「わかってるわよ」
といいながらギュっとウルを抱きしめる。なぜかそうしたほうがいいような気がしたから。
「アイシャ?」
「ずっと一人で寂しかったでしょ……。私とティアにたくさん甘えていいんだから」
「……うん。本当、すごく寂しかったんだ。いっぱいあまえさせてね……」
ウルも私に力強く抱きついてきた。
エリーゼとティアと、皆で一緒に守ってあげなくちゃ。
軽めの朝食を摂った後、出発準備を終えた私達は、昨日交流したパーティーに挨拶して野営場所を出発した。
何も邪魔が入らなければ、昼過ぎにはハーゲンに着くみたいだけど、大きな隊商がいた場合は街に入る時に足止めされる事もあるらしい。
グランツはそうなった場合は奥の手を使うから問題無いって言ってるけど、どうせS級冒険者の肩書きを使った力技に違いない。
そういえば、冒険者パーティーや商隊とすれ違いながら気付いた事が一つある。こちらはアース大陸と違いすごく亜人種が多いのだ。魔族だって普通に見かけてる。ただ魔族達は少し様子が違い、ティアの姿を見ると驚いた顔をする。なんなんだろう?
ハーゲンに着けば、そこらへんの事も聞けるかもしれない。
馬に乗っている私達は徒歩に比べて圧倒的に速い。旅といえばほとんどが徒歩であり、高価な馬を個人的に持っている者は少ない。厩舎と飼葉という維持にかかる費用は平民に負担出来るものでは無いからだ。では冒険者はといえば、維持できる者は多いけど、森林やダンジョンなど、活動の自由を優先するので徒歩が多い。
そういった理由もあり、普段から馬を常用するのは、兵馬を除けば貴族の馬車か商人の荷馬車、あとは大きな都市であれば乗り合い馬車くらいだろう。なので街道を馬に乗って移動する冒険者は滅多に居ない。そのせいで随分と目立っているけど、グランツの事を知っている冒険者が多いようで、よく手を振ってよこされては応えている。
ハーゲンにはS級冒険者になるまで長期間いたらしいから、知り合いの冒険者も多いのだろう。
私達は徒歩の者をどんどん追い越しては進んでいく。街道は丁度ラタ大森林とヘーゼ大平原の境目を南北に走っている為、代り映えのしない風景がいつまでも続く。流石にウルは飽きてしまったのか、私の背中でウトウトしだした。
「さて、そろそろ休憩するか? それともこのままハーゲンまで行くか?」
「私は大丈夫だけど、ティアはどう?」
「大丈夫」
「ウ、ウルは眠いだけだろうし、このまま行きましょ」
本当はウルに抱きつかれてる時のポニュポニュ感が気持ちいいんだけど、何を言われるか分からないから言わないでおく。
「まあいいだろう。ではこのまま行くとしよう」
あと数時間もすればハーゲンに着く。街道は人や荷馬車の往来が更に増え、ここから馬車等は道幅の左半分を走れという看板の指示に従い、安全に馬を走らせる。
知らない場所を知る。
知らない物を知る。
知らない事を知る喜びを知る。
エルダスト大陸に来てから、自分が知らない事だらけだという事を思い知った。でも、それが悪い事だとは思わない。
そのお陰で、アース大陸での生活に満足していた時と違い、今は毎日が刺激的で充実しているとさえ思えるのだから。
カミンという閉鎖された場所での生活が長かった為、イダンセでの生活、といってもまだ半年に届かないくらいだけど。は、実に新鮮で充実したものだった。冒険者になってからはワクワクの連続だったと言ってもいい。そして、エルダスト大陸に来てからは、更に世界の広さを知り、自分にまだ知らない事があるという事に喜びさえ感じるのだ。
誰も知らないダンジョンを見つけた時の喜びが、あの体を突き抜けるような興奮がそれだ。
ともすれば、世界に何人か入るという偉大な賢者達は、何でも知っている為にワクワクしないのではないだろうか? それとも貪欲に未知を追う賢者はそれだけでワクワクする?
などと頭の中で話しがそれていきそうになった頃、前方で何やら半分ほど道を塞いで止まる馬車に気付いた。
貴族の馬車のように豪華な装飾はないけど、馬車のつくりからそれなりの身分の者が乗っていると分かる。一生懸命馬車の車輪部分を確認している従者、その服装を見ても平民のものでは無いようだ。
いくつかの商隊がすれ違うのに列を作っているので、私達も最後尾にならぶ。東側の平原側に街道を逸れて追い抜いていく事も出来たけど、グランツがマナー違反はだめだと首を横に振った。
そんなに待たされる事なく渋滞はどんどん掃けていく。そして、もうじき馬車の後部に達するかという時、馬車の乗車口が開いて、まだ二十代だろう若い女が降りてきた。
一体どうしたのか、その女の姿を見たグランツは、スススッっと気付かれないように私と場所を入れ替わった。
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