終わる世界で恋を探す

八神響

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八章

エピローグ(1)

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 目を覚ました翌日、葵が連絡してくれたのだろう、昼を過ぎたくらいから次々と病室に人が訪れた。
 最初にやってきたのは隼人、険しい顔で病室に入ってきたそいつを見て、俺は『ああ……、また怒られるんだな』と悟った。

「ひ、久しぶりだな隼人。校庭でキャッチボールをした日以来か?」
「お前にとってはそうでも、俺はつい一昨日もお前に会いにきてたんだよ」

 軽快に挨拶しても隼人の顔から険は取れない。
 ……まあ、石山の話を聞いた限り隼人にも余計な考え事をさせてしまってたみたいだしな。
 隼人はどかっと椅子に座ると早速その話を切り出してきた。

「とにかく、まずは生きてて良かった。意識が戻らないって聞いた時はどうしようかと思ったけど、またこうしてお前と話せるのは素直に嬉しい。お前に聞きてぇこともあったしな」
「……その、聞きたいこととは」

 そう問い返すと隼人は言いづらそうにして、後頭部を掻く。

「あー……、あれだよ。……やっぱ、お前が飛び降りたのって俺が余計なこと言ったからなのか?」

 ……やっぱりあのタイミングであんなことをすると隼人は気にしてしまうよな。
 だが、もちろん隼人のせいな訳がない。きっかけは隼人のアドバイスではあったが、ああなるのに至った全責任は俺にある。
 俺はそれをどう伝えれば隼人が気に病まなくなるかを考え、言葉を選びながら話す。

「いや……、違う。確かに隼人の言葉から着想は得たけど、それは隼人が気にすることじゃない。全部俺の考えすぎ……、いや、考えなさすぎのせいだ」
「……お前は、あれは全部自分のせいだって思ってるのか?」
「思ってるっていうか、事実そうなんだ。他の人から色んな影響を受けたっていうのはそうなんだけど、ああすることを考えて実行したのは俺なんだし」
「そうか……」

 俺の返答を聞いた隼人は小さく呟くと、そのまま俯いてしまった。
 あれで納得してくれただろうか。そういう性分なのか、隼人は無駄に責任を負おうとするところがあるから心配だ。

「よし、そんじゃあ俺はお前を殴る」

 また考えすぎてやしないだろうかと顔を覗き込もうとしたが、隼人は急に顔を上げてそんなことを言い出した。
 待ってほしい。話の流れが理解できない。

「あの……、隼人。なんでそうなったのか説明してほしいんだけど……いや、ちょっと、拳を振り上げないでくれ。殴るにしてもまずは説明からだな」

 隼人はこちらの話の途中で腕を振りかぶり、殴る準備を整えていた。
 体育会系ではある隼人だが、こんな暴力に訴えて来ることなんて今まで無かった。殴られてもしょうがないことはしたんだけども。

「なんだよ。俺はお前の意を汲んでこうしてんだぞ」
「殴って欲しいなんて意を込めたつもりはない。ていうか、見て分かるように俺怪我人なんですけど……」
「だからお前はその怪我を全部自分の責任だって言ったんだろ? じゃあ俺が遠慮する必要なねぇ。俺は勝手に自殺なんかしようとしたお前がむかつくっていう自分の感情に従う。後、殴ったらお前の妙な思考回路も治るかと思ってな」

 隼人は自分の両拳同士を打ち付けながら言う。

「ええー……、まあ、そうだな。隼人の気が済むようにしてくれ」

 どうせ石山にも予約を入れられてるんだ。殴られる回数が一回や二回増えるくらいどうということは無い。
 俺は目を瞑って直後に来るであろう衝撃に備える。

「おう、じゃあ遠慮なくっ」

 ごんっと鈍い音が鳴り、頭に痛みが走る。
 いってぇー……。こいつ本当に遠慮なく殴ってきたな……。

「頭がふらふらする……」
「どうだ? 少しは馬鹿が治ったか?」
「余計馬鹿になった気がするよ……」

 今ので結構な数の脳細胞が死滅したんじゃないだろうか。
 そんな俺の抗議は聞こえてないようで隼人はにかっと笑うと椅子から立ち上がった。 

「あんま長居してもあれだし俺は帰るな。これに懲りたらもうこんなことはすんなよ? もし次同じことしたら今度はお前の顔面にボールをぶち込んでやるからな」
「……それが死因になりそうだな」

 そう言うと隼人は声を上げて笑い、病室から出て行った。
 
 隼人の次に来たのは桜井先生だった。
 桜井先生は手土産に持ってきてくれたのであろう果物かごを横に置くと、挨拶もそこそこに説教を始めた。

「いいですか、宇野君。人の命というものは一つしか無いんです。それを自ら投げ捨てるなんてあってはならないことです。宇野君にも色々思うところはあったのでしょうがまずは先生に相談してください。私はいつでも話を聞きますから。それにですね…………」

 延々と命の大切さについて説かれ俺は、はい……、はい……、と力なく相槌を打つことしか出来なかった。
 お説教が始まって一時間もした頃だろうか、先生は饒舌だった口を止め、泣き笑いの表情でこちらを見ていた。
 そして、何も言わずに俺の頭を抱きしめた。

「…………本当に、命があって良かった」
「……心配かけてすみませんでした」

 先生は生徒の事を自分の子供のようと言っていた。ならばきっと、俺が飛び降りた時も相応の心労をかけてしまっていた事だろう。
 子供は親より長生きしろとは実の両親からもよく言われていたが、恐らく先生もそれと同じ気持ちを持っているのだと思う。
 それからは先生も落ち着いたみたいで、他の人が来るまで世間話でもしましょうと言われた。
 じゃあ俺も普段通りにしようと思って、純粋に気になったことを質問してみることにした。

「先生の生徒で今まで自殺したことある奴っていなかったんですか?」
「いなかったですねぇ……。私の生徒と言っても、私が見てきたのは貴方たちを含めて二十人にも満たないくらいしかいませんでしたし、たまたまその中にはそういう思考になる人がいなかっただけなんでしょうけど」

 先生は持ってきてくれた林檎を剥きながら答えてくれる。
 まあ、これはそうなんだろうなとは思っていた。もし先生の教え子で自殺なんてしたやつがいたら、この人が学校の屋上なんて危険な場所を開放したままにしておくはずがない。
 俺が飛び降りたことで、今頃あそこは封鎖されているだろうし。

「そんなに少なかったんですね。十五年で二十人ってことは、一人も生徒がいなかった時期もあったんじゃあ……」
「ありましたね、その時は寂しかったです……。ですから貴方たちの代で一気に生徒が増えてくれた時はとても嬉しかったんです。最後に賑やかな学校生活を送れるな、って」
「……すいません。それなのに水を差すようなことしちゃって」

 最後の学校生活にこんな問題児がいたのでは先生も報われないなと思い、謝罪する。
 俺がいなかったらもっと清々しい気持ちで過ごせたはずだ。

「いえ、こうして生きてくれていたことですしそれはいいんです。私も自分の甘さに気が付けましたし、これからは今まで以上に気を付けていこうとも思えました。ええ、私の生徒で自殺者なんか出させません。皆には一層健やかに生きてもらいます!」

 しかし俺の行動は先生の教師魂に火をつけたようで、そこはあまり気にしていないようだった。この人も大概変な人だと思う。
 それから少しすると、病室に来客を知らせるノックの音が響いた。 

「次の方が来たようですね。それでは私は帰らせてもらいます。早く元気になって、また学校に来てくださいね」

 そう言うと先生は林檎が乗った皿を俺の近くに置いて病室から出て行った。
帰り際、『道徳の授業も導入した方が良いのでしょうか……』と独りごちていたような気もする。
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