終わる世界で恋を探す

八神響

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七章

これからも生きていく(3)

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「ぐ、ぐぐ……」

 両手に力を入れてベッドから起き上がろうとするが中々上手くいかない。怪我以上に、二か月も寝たきりだったというのが俺の体を堕落させてしまったのだろう。
 それでもどうにか動こうとしていたら、石山が手を差し伸べてきてくれた。

「ほら、掴まれ。松葉杖を持つとこまでは手助けしてやる。でもそこまでだ。それ以上の事は自分でやれよ」
「……ありがとう」

 本当、優しい奴だな石山は。もしもこいつに子どもがいたら、なんだかんだで甘やかしてしまってそうだ。
 俺は石山の手を借りてなんとか立ち上がる。自分の足だけじゃ支えきれないから、もちろん両手には松葉杖装備だ。

「もう大丈夫だな。じゃあ、あたしは帰る。また何回かは見舞に来てやるよ」

 石山は俺がちゃんと立ったのを見届けると、そう言って病室から出て行った。
 ……また、来てくれるんだな。その時は何かお礼でもしないと。
 それにしても本当に体が動かしづらいな。自分の体じゃないみたいだ。
 どう頑張ってもまともに歩けそうになかったため、足を引き摺りながら病室の外へと進む。
 ベッドから出口まで動くだけでも重労働、リハビリは覚悟しておこう。

 俺は病室から出ると、部屋からそう離れていないところにあったエレベーターに乗り込み、屋上に向かう。
 エレベーターがあって良かった。こんな状態で階段を上ることになったら死ぬつもりは無くても死んでしまう。
 そして、エレベーターに乗って一分もしない内に目的の階へとたどり着く。
 エレベーターから降りると、目の前に屋上に入るための扉がある。とても重く感じるその扉を、全身を使ってこじ開け、屋上へと足を踏み入れた。

 殺風景だった学校の屋上と違って、病院の屋上にはシーツ等が干されていて屋上全体が白く染め上げられていた。
 陽光が反射し眩しさに目を細める。
 そんな何も見えなくなりそうな輝きの中でも葵の姿を見つけることは簡単だった。
 俺はゆっくりと葵に近づき、背後から声をかけた。

「よお葵、なにそんな所で黄昏てるんだ」

 屋上の手すりに肘をついて空を見上げていた葵は、まさか俺が来るとは思っていなかったのか、驚いた顔で振り返った。
 だがその驚きはすぐに呆れに変わり、嘆息して手すりにもたれかかった。

「何をしてるんだい君は……。まだ動いていい怪我じゃないだろう」
「石山から葵がここにいるって聞いてな。いてもたってもいられなくなったんだ」
「全く……、怪我が長引いても知らないよ? とりあえずそこのベンチに座ろう。立っているよりかはましだろうからね」

 葵はそう言うと、俺の手を引いて入り口の横にあるベンチに座らせてくれた。

「……ありがとう。正直そろそろ倒れそうだったんだ」
「当たり前だろう。絶対安静って言葉を君の頭に叩き込んでやりたい気分だよ、こっちは。それで、君はそんな体を押して私の所に来てくれたわけだけど、なにか話したいことでもあったのかい?」

 隣に座った葵は、下から俺の顔を覗き込んでくる。
 葵の顔には笑顔が張り付けられていて、その表情からは葵が何を思っているのか読み取ることが出来ない。
 もう怒っていないということは無いだろうけど、先ほどよりかは少し落ち着いたのだろうか。

「まあ俺も話したいことはあるんだけど、先に葵の話から聞かせてくれないか。ほら、ここに来る前まだまだ俺に言いたいことがあるって言ってただろ? 俺の話はそれが終わってからにするよ」

 葵の話をちゃんと聞いて話し合うということを、飛び降りる前の俺はしなかった。あの時は自分で出した答えだけを信じて、他に正解は無いと思った。
 だからまず、そこから変えて行くことにした。
 だけど、どうしたのか。葵はこちらを見たまま固まってしまっていた。

「……葵? 話聞いてる?」
「あ、ああ。聞いてるよ。ごめん、普段の君が戻ってきたようで安心してたんだ。どうやらあの子にきついお灸を据えられたみたいだね」
「あー……、そうだな。色々身につまされる思いはしたよ。俺が変な方向に振り切ってしまってたんだなってことも自覚できた」

 葵を泣かせて、皆を不安にさせて、石山に諭されて、やっとそのことが分かった。
 そこまでされないと自分の間違いにも気づけない俺はどうしようもないダメ人間だ。
 自分で思っていた何倍も、俺は駄目な奴だった。

「私の言葉には耳を傾けなかったくせに、あの子の言うことだとこんなに素直に聞くんだね。君、本当は私よりもあの子の方が好きなんじゃないのかい」

 葵は笑っていたと思ったら、急に冷めた目つきになって俺を睨んできた。

「い、いやいや! 別に石山だからどうという訳では無く、タイミングの問題というか……。いや、そりゃ石山も人として好きだけど葵に対するそれとはまた違うし、まあ葵の話を聞いていなかったって言われたら言い訳のしようもなくそうなんだけど、でもそれは葵が嫌いだからって訳じゃなく!」

 しどろもどろになりながら弁解をしていたら、その途中で葵が笑いをこらえているのに気づいた。

「……葵」
「ふふっ、いや、ごめん。君の気持ちを疑っていた訳じゃないんだ。ただちょっと意地悪がしたくなってね。……こうしたやり取りも新鮮で楽しいものだ」

 ……まあ確かに葵は今までこんな冗談を言ったことは無い。だからこそ俺はそれを本気に受け取り、あそこまで焦ったのだ。

「君が私に告白してくれた時、私は本当に驚いたよ。ずっと近くにいた君がまさか、という気持ちになった。まあそれも、君が飛び降りた時の衝撃には敵わなかったけどね」

 葵はいたずらな笑みを浮かべながらあの時の事を語り始める。
 俺が本当に死んでいたらこの笑顔も無かったんだと思うと、自分の過ちの大きさも実感できる。

「……まあ、驚かせるためにやったことだからな」
「だとしてもあれはやり過ぎだよ。五月に絞られたようだから、そのことについては私もあえて言わないけど」
「なんか、意外だな。言いたいことって、てっきり俺が飛び降りたことに関することかと思ってたのに」
「君がまだ責め立てて欲しいならそうするけどね。でもそうしたら私は日が暮れるまでその話しかしないよ?」
「あー……、じゃあそれは別の機会にお願いしたいな」

 いや、逃げてる訳じゃない、いずれはちゃんとその話も聞く。ただ、今はそのタイミングではない。

「うん、そうするよ。正直、私も君に説教する気分では無いしね。いや、説教する気分ではなくなったっていうのが正しいね」
「最初は説教する気満々だったって事?」
「もちろんさ。君が目を覚ましたら絶対そうしてやろうって思ってた」
「普通、そうなるか……。だったら何で気分が変わったんだ?」

 そう聞くと、葵は左手を空にかざした。
 それにつられて俺も、雲一つない青空を見上げる。
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