終わる世界で恋を探す

八神響

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七章

これからも生きていく(1)

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『詩音! 詩音っ!』

 誰かがずっと俺の名前を叫んでいる。

『目を覚ましてくれ! 詩音!!』

 うるさいな……、やっと念願が叶ったんだ。そっとしておいてくれ……。

『死んだりなんかしたら一生、一生恨んでやるからな……!』

 呼びかけはいつしか怨嗟の声へと変わった。だけど不思議とそれを怖いとは思わず、むしろ喜びの感情が溢れてきた。
 何でだろう。恨まれて喜ぶなんて性癖、俺には無いのに。俺がそう感じるのは声の主と俺の関係性によるものなのだろうか。
 そうだとしても俺にはこの声の主が誰なのか分からない。
 誰だ、ずっと俺の傍に居てくれるお前は何者なんだ。
 ……………………、

「…………はっ、と、どこだここ?」

 目を開けたら、見知らぬ場所に寝ていた。
 何か、長い、長い夢を見ていた気がする。起きた今となっては思い出すことは出来ないが、良い夢だったことは覚えてる。
 いや、そんなことよりもここはどこだろう。自分が何をしていたかは思い出せないし、とりあえず場所の把握だけでもしないと。
 そして体を起こそうとしたが、どうにも体に力が入らない。仕方がないから、寝転んだまま首だけ動かして周りを観察する。
 白い天井、清潔なベッド、水色の病衣、腕から伸びる管を辿った先には点滴。
 ここまで見たら、寝起きの頭でもさすがにここがどこだか把握できた。

「病院、か。……何で俺はこんなところで寝ているんだ?」

 眠る前の事を思い出そうとしたが、その前に誰かが病室に入って来る音がした。
 相変わらず体は動かないので首だけそちらに向けると、扉が開かれた先には俺の幼馴染、野依葵が立っていた。
 葵はそのままこちらに走り寄って来ると、俺の顔をペタペタ触ってきた。

「詩音……、目が覚めたのか」
「いや、うん。目が覚めたのには違いないんだけど、状況が全く理解できない。出来れば俺に何があったか教えてくれないか?」

 自分で思い出そうとするよりも聞いた方が早いと思い、葵に質問したのだがそれを聞いた途端、葵は怒りと困惑がない交ぜになったような表情になった。

「君は、何があったのか覚えていないと言いたいのか?」
「あ、うん。なんか頭がぼーっとしてるし、体も動かないから結構長い間寝てたってことは分かるんだけど……」

 葵の迫力に耐えれず、目を逸らしながら答える。だが、顔を掴まれて強制的に目を合わせられた。

「目を逸らすな。ちゃんと私の目を見て答えるんだ。本当に? 私の顔を見ても何も思い出せないか?」

 ……こんなにも怒っている葵は初めて見る。俺は一体、何をやらかしたんだろう。
 どうにかして思い出さないと葵の機嫌がますます悪くなっていきそうだったので、俺は必死に記憶を巡らせる。
 えーっと……、葵がこんなに怒っているということは葵に関係した何かをしたってことだよな……。でも俺がそんなこと葵にするわけもないし、俺がやろうとしていたことと言えば葵に告白…………、

「あ、」
「……どうやら思い出せたようだね」

 葵は俺の表情を見て記憶が戻ったことを察すると、俺の顔から手を離しベッドの傍にある椅子に座った。
 そうだ、思い出した。俺はあの日、学校の屋上で葵に告白をしてその場から飛び降りた。目の前で自殺をして、葵の心に居座るために。
 葵が怒るのも当然だ。というか葵を怒らすためにやったんだから、ある意味予想通りと言える。
 予想外だったのは俺がこうして生きていることだ。確実に死のうとしていたのにどうして俺は生きているのだろう?

「何故無事だったかが不思議かい?」

 葵が質問を先回りしてくる。そんなに分かりやすい顔をしていたのだろうか。

「ああ、落ちた瞬間はもう絶対に死んだって思ったんだけどな……」
「そうだね、普通なら死んでいたと思うよ。だけど幸い、足から落ちたようで奇跡的に一命をとりとめたんだ。後、落ちた先がコンクリートじゃなくて植え込みだったことも助かった要因だね。土がクッションの役割をしてくれたようだ。それでも生死をさまよう重体だったことには違いないけどね。今はシーツの下に隠れているが、君の足は目を背けたくなるくらいにボロボロだったよ」

 葵は丁寧にここまでの経緯を説明してくれる。
 しかし成程、どうりで体がいう事を聞かない訳だ。この分だと下半身不随とかになっていてもおかしくない。

「救急車を呼んだのは葵か?」
「もちろんだよ。私は君が空に身を投げてすぐに病院に連絡をした。その迅速な対応のかいもあって後遺症は無いそうだ。傷は残るけどね、それは甘んじて受け入れてもらいたい。まあつまり、君がここでこうしていられるのは私のおかげということだよ。そのことは肝に銘じておいてくれ」

 君からしたら有難迷惑だったかもしれないけどね、と葵は俺の額に指を突き付けながら言う。
 ……こんな風に恩を着せてきたり、皮肉を言ってくる葵は本当に珍しい。それほど腹に据えかねているという事なのだろう。

「あ、そういえば俺って結局どれくらい寝てたんだ? そんな怪我をしたわりに痛みは感じないから、一、二週間くらいは寝ててもおかしくないけど」
「そうだね、教えておこうか。君は丸々二か月寝ていたよ。今はもう九月、君が寝ている間に夏休みは過ぎ去ったね」
「二か月……!?」

 そんなにも俺は意識を失ってたのか。病室の中は適温に保たれているから、季節が変わっていたことにすら気付かなかった。
 でも本当は一生の眠りにつくつもりだったから、思ったよりも早く目覚めたともいえるのか。

「驚いたかい? 私たちも不思議に思ったよ。君は頭にも怪我をしていたが、それでも数週間で目を覚ますと診断されていたからね。だけど君は一か月たっても目を覚まさなかった、まるで本人が目覚めたくないと言っているようにも見えたよ。だけどいつかは目を覚ますだろうと信じて病院に通い続け、ようやく今日、起きている状態の君と対面できたというわけさ」
「……もしかして毎日お見舞いに来てくれていたのか?」
「ああ、そうだよ。二か月の間、毎日毎日、目を閉じたままの君の近くにいた私の気持ちが分かるか? 自分のせいで親しい者を死の淵に立たせた私の気持ちが君に分かるか?」

 葵はズボンを皺が出来るほど握りしめて問い詰めて来る。俺に飛びかかりたい気持ちをそうやって抑えているのかもしれない。
 こんなに俺に怒りながらも、毎日お見舞いに来てくれていたなんて義理堅い。
 ……俺は、葵に俺の事で思い詰めてほしかった。今の葵の状態は俺が望んだものだ。だけど、いざ目の当たりにすると、手放しで喜べるような気持にはなれないな。
 何とも言えない気持ちになって押し黙っていると、葵は詰問を止めて椅子から立ち上がった。

「……私はまだまだ君に言いたいことがある。だけど、それは私だけじゃない。さっき連絡したあの子もそろそろ着く頃だからね、私はいったん席を外すよ。私はあの子の話が終わった後にまた顔を出す、その時は中断なんてしないから覚悟しておくといい」

 葵は空恐ろしいほどの無表情でそう告げると、静かに病室から出て行った。
 一瞬あの子とは誰の事だろうと思ったが、葵があの子と呼ぶのは一人しかいない。
 そうだな、あいつは下手したら葵よりも怒っているかもしれない。
 逃げ出したい気持ちにかられながらも、体が動かなくてはそれも叶わない。
 そう考えている内に廊下から荒々しい足音が聞こえてきて、件の人物が来訪したのだと分かった。
 そしてその人物は壊れそうなほどの力で扉を開け、怒号と共に病室に飛び込んできた。
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