終わる世界で恋を探す

八神響

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五章

独白

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 葵の話、石山の話、隼人の話、桜井先生の話、そして葵の願い。
 それらを聞いた日から頭の中を思考がぐるぐる巡って、何日か学校を休んでしまった。
 色々なことを話してくれて、色々な考え方があることが分かった。
 その上でもう一度考えたが、俺が葵に抱く感情はやっぱり恋なんだと思う。
 葵の事を想うと胸が高鳴るし、葵と少しでも一緒にいたいと思う。それに近くにいたらどうしようもなく葵に触れたくなる。
 そうなるとやっぱり葵と付き合いたいって思うけど、それは俺が葵を好きなだけじゃ足りなくて、葵にも俺と同じ感情が無いと成り立たない。
 しかし、恋愛感情と言うものが無いあの幼馴染にどうやったら恋心を芽生えさせることが出来るのだろうかという話だ。

 俺は葵に嫌われていない、それは間違いない。むしろ好かれていると思う。
 そもそも葵は他人を嫌う性格じゃない。クラスにいる奴らどころか、今まで関わってきた人間で葵が嫌っている奴なんて一人もいないだろう。どんな性格の相手だろうと、相手の考えを尊重してそれを良しとするような人間だ。
 でも、その中でも俺は一、二を争うほど好かれている。わざわざ卒業後の旅に誘ってくるぐらいなんだからそれは間違いない。

 だけどそれがどうしたというんだろう。

 俺は葵の特別になりたい。『友達の中でも特別』なんかじゃなく、誰よりも何よりも特別に想ってもらいたい。それが改めてこの前分かった。
 そんな中で友達として好かれているのはそれほど喜べる状況か?
 嫌われてるよりかはいいかもしれない。……いや、どうかな。嫌われて離れていかれる方が、一時はしんどくてもその後の事を思うと良いのかとさえ思える。桜井先生も似たようなことを言っていた。
 自分に対して恋愛感情が無いとは分かっているものの、ずっと近くにいてしまったら諦めることさえできやしない。
 別にこれは葵が悪いわけじゃない。俺はお前を好きなのにどうしてお前は俺を好きになってくれないんだ、なんて言えるはずもない。
 恋愛感情なんて持ってない人間の方が多いんだ。それなのに未だそんなものにしがみついてる俺の脳がおかしいだけで葵に一切の責任は無い。

 ああ、どうして俺の遺伝子はみんなと同じように俺から恋愛感情を奪っていってくれなかったんだろう。どうせなら恋愛感情を持っている者同士でしか恋愛できないようにしてほしかった……。
 俺に恋愛感情さえなかったらこんな気持ちにならず、葵ともただの幼馴染で幸せなまま死ねたはずなのに。
 まあ無いものねだり……、いや持ってるものを捨てたいんだから無いものねだりとは違うんだろうか? ……どうでもいい、とにかく嘆くのは止めて、今を変える方法を考えないといけないんだ。
 きっと葵を諦めるのが一番手っ取り早い方法なんだろうけど、それが出来ていたらとっくにしている。葵への気持ちを自覚してから十年、いつかは消えると思ってたのに、この年になるまで持ち続けるほどしつこい想いだ。この先も諦めるなんてできやしないだろう、同じ理由で葵に嫌われるというのも却下だ。

 ていうか葵に嫌われる方法が分からない。今まであいつが怒った所を見たことがないし。
 周りにしょうもないことをする人間が少ないことも理由の一つなんだろうけど(俺だって滅多に怒ることは無い)、それにしても葵は異常だと思う。
 多分あいつはいきなり殴られたとしても、怒りよりも疑問が勝って、立ち上がった瞬間に相手になんで殴ってきたのかを聞くだけだ。その理由に納得したらそこで終わるし、納得できない理由でも、そんな人間もいるのか、とむしろ新しい考えを知れて喜ぶだけだろう。変態みたいだな。
 そんなあいつから怒りの感情を引き出すなんて、俺を異性として見てもらうことと同じ難易度だ。それなら俺を好きになってもらう方が建設的と言える。……どっちも不可能って意味だからやっぱり建設的じゃないかもしれない。
 いや、努力できる内は努力するべきだ。思考を止めてはいけない。
 俺が考えるべきなのは何だろう。……まず友情と恋愛の違いかな、それが分からないと葵にどんなアプローチをしたらいいのか分からない。

 まず、相手に性的魅力を感じるのは恋愛の要素の一つだろう。自制はしているが俺も葵にそういう気持ちを抱くこともある。だからこそ平野兄妹だって人目を憚らずキスをしてしまう。あれは欲求に忠実過ぎると思うけど。
 後、葵が話してくれた愛の形の中にもあったけど、独占欲が出てきてしまうのも恋愛特有のものか。独占欲の程度に差はあれど、独占欲が生まれるのは止めることが出来ない。
 友達相手なら、自分以外の異性と話さないでほしいなんて嫉妬することはない。だけど好きな相手だったら平野妹しかり、堀しかり、俺しかり、どうしても嫉妬をしてしまう。
 そして、今みたいに好きな相手のことばかり考えてしまうのも恋愛でしかありえない。
 と、まあ思いつくのはこんなところだけど、現時点では葵は俺相手にこんなことを思っていない。
 一緒に風呂に入っても特に反応しないだろうし、嫉妬なんてもっての外。永年桜を見に行ってから連絡なしで学校を休んでいるから、いつもよりは俺のことを考えてる、というか心配してくれてるとは思う。あんな話をした後に何も言わず休んでいるんだから、何かしら責任を感じている可能性だってある。だけどそれも友達としての心配の枠を出ないだろう。

 ……この壁を壊すにはやっぱり隼人の案に乗っかるのが一番か。葵の人生観が変わるくらい、男としてインパクトのある事をする。
 だけど結局、考えても考えてもその答えは出ないままなんだ。
 何をしても葵が俺のことを好きになる未来が見えない。堀と桜井先生の関係と一緒だ、先生の言葉は全て俺にも突き刺さっていた。
 いったん違う方向から考えてみよう。桜井先生、そう桜井先生だ。あの人は生徒の中に自分が息づいてくれればと言っていた。
 俺も葵にそうなって欲しいんだと思う。葵の中には常に俺がいてほしい。何をしている時でも頭の端でいいから俺のことを考えていてほしい。ずっと傍にいたいとは思うけど、お互いがずっとお互いのことを想い合っているのなら少しくらい離れていたっていい。
 離れていても人は人のことを覚えていられる、というのは石山が証明してくれている。あいつは、もうこの世にいなくなった人間のことすらも背負って生きて、い……。

 その瞬間、俺は天啓に打たれた。

 そうだ、方法はあるじゃないか。なんで今までこんな簡単なことに気付かなかったのだろう。
 葵とずっと一緒にいた俺だからこそ使える方法。成功率の低い賭けなんかじゃなく、ほぼ確実に葵の心を打ち抜ける方法。
 多分これは俺がずっと一人で悩んでいても思いつかなかっただろう。
 葵の話を聞いて、石山の人生観を理解して、隼人に助言をもらって、桜井先生に過去を語ってもらえたからこそ辿り着けた答え。いや、きっと平野兄妹や堀の影響もあるんだろう。人間とは影響し合う生き物だ。
 なんだか昔、葵に勧められた本を思い出す。そうだ、これが俺にとってはたった一つの冴えたやり方。
 寂れた世界で一世一代の大勝負の舞台に立てる俺はなんて幸せ者なのだろうか。さっきまではなんで自分に恋愛感情なんてものがあるのか、みたいに思っていたのに、今では恋愛感情を持って生まれてこれて心から良かったと思える。

 時刻は十六時を過ぎた頃、ちょうど授業も終わって葵も帰路についていることだろう。葵には手間を取らせてしまうが、もう一度学校に来てもらうように連絡しないと。どうせなら慣れ親しんだ校舎で告白した方が俺の気持ちも盛り上がる。

 さあ行こう、この胸に燃え上がる気持ちが冷めない内に。
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