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二章
生と死の狭間の世界(2)
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「よお、石山。奇遇だな」
後ろから早足で近づき、横に並ぶくらいの距離まで近づいた所で声をかける。
「げ」
俺としては不快感を与えないように爽やかな挨拶をしたつもりだったが、石山は俺の顔を確認した瞬間、酷くしかめ面になった。
「げ、とはなんだ。学校の先輩が話しかけてやったんだぞ、後輩としては『こんにちは!』とか元気に挨拶を返すべきだろ」
「なんで急に先輩面してくんだよ、そんなん気にするタマじゃねぇだろあんた」
石山は嫌そうな顔をしながらもちゃんと会話に応じてくれる。
本当見た目と違って礼儀正しいやつだ。
「石山はたった一人の後輩だからな、たまには先輩として扱ってほしいんだよ」
「堀や平野がいるだろ」
「あそこら辺は後輩っていう感じがしないんだよ」
石山以外の生徒は小学生の頃からの付き合いだし、ずっと同じ教室で授業を受けてるから後輩と言うより幼馴染に近い。一番付き合いが長いのは家が隣で生まれた時から知り合いだった葵だが、他の奴らだってもう十年を超える付き合いだ。
そんな奴らにいきなり敬語とかでも使われたら困惑するしかない。平野妹は敬語以前に話もしないんだけど。
「まあ、どうでもいいか。石山は外に出て何やってたんだ? 飯の買い出しか?」
「そんなんじゃねぇよ、……ただの日課だ」
「日課?」
それ以上説明する気が無いのか石山はふいっと顔を背け、そのまま歩いていく。
俺も頭の後ろで手を組み、たらたらと同じ道筋を辿る。
「…………何でついてくるんだよ」
「いやほら、暇つぶし?」
「あたしで暇をつぶそうとすんな、暇なら今村さんとキャッチボールでもしとけばいいじゃねぇか」
「そこまで体を動かす気分でもないんだよ。後、前々から聞きたかったんだけどさ、お前どんな基準でさん付けするかしないか分けてるんだ?」
石山は相手によって大きく態度を変えるが、それはそれぞれの呼び名にまで影響している。
学校の人間の内、石山が敬称をつけて呼ぶのは桜井先生と隼人、葵と平野兄の四人で他の三人は呼び捨てだ。
転校したての内はそんなことも無かったのだが、学校に来てしばらくすると今の呼び方に固定された。
俺だって年上の隼人を呼び捨てにしてるしそれを気にしているわけじゃないが、単純に理由が気になる。知らない間に石山の気分を害することをしてしまってたのだとしたら謝っときたいしな。全く身に覚えはないけど。
「……あんたにわざわざ言うことでも無いだろ」
「呼び捨てにされてる当事者なんだから聞く権利はあるはずだと思うけどな……、そんなに言いづらい理由なのか? ていうかもうストレートに聞くけど俺、石山になんかしたっけ?」
「そういうわけじゃない。ただ、あんたらはあたしにとって許せない人種ってだけだ」
石山は吐き捨てるように言う。
人種ねぇ……、俺は石山と同じ日本人なんだけどそういうことじゃないんだろうな。そういう意味での人種差別はしなさそうだし。
「許せないってのは穏やかじゃないな。あんたらってのには俺と堀と平野妹が含まれてるんだろうけど、俺たちの共通点とか思いつかないぞ。参考までにどういう点が許せないのか教えて貰えないか?」
「…………あんたらは、っ!」
重い口を開こうとしていた石山だったが、その途中で何か気になるものでも見つけたのか急に駆けだしていった。
走り出した石山が前方の角を右に曲がったのでそれを追いかけ俺も角を曲がると、その道の数メートル先には二週間ぶりに見るモノが転がっていた。
中身が見えている頭部、不自然な方向に曲がった手、ソレを中心に広がっている血。
特段珍しくもないが、好き好んで見たくもない、そういうモノ。
俺達の目の前に、人間の死体が落ちていた。
死体はたった今落ちてきたのだろう。そこら中に広がっている血はまだ新しく、踏んでしまうと靴の跡が残りそうだった。きっと石山はこれが落ちる瞬間を見てここに駆けつけた。
しかし、こんなに生々しい死体は久しぶりに見るな。どうしてこう、死体というのは見ていると気分が悪くなってくるのだろう。
やっぱあれか、いつもは動いているものがもう動かないという不自然さが気に入らないんだろうか。それか単純に死体が纏う異様な空気を気持ち悪く感じているのかもしれない。
……とりあえずいつも通り救急車呼んで処理してもらうか。
と、携帯を取り出したところで石山の様子がおかしいことに気付いた。
石山は呆然と死体を見ていたかと思うと、急に死体に近づいてその顔を自分の方へと向けた。
「? おい、どうした。もしかして知り合いだったりしたか?」
死体の顔は潰れている。それが直視しがたいモノであるのは確かなはずなのに、石山は何かを確認するように死体の顔をペタペタ触る。そして服に血が付くのも構わず、そいつの心臓に耳を当てた。
……あれはもしかして本当に死んでいるかを確認しているつもりなのか? 誰が見たってそんなのは明らかなのに?
石山はそれからも死体のあちこちに触れると、ようやく満足したのかさっきの俺の質問に答えてくれた。死体からは、目を逸らさずに。
「……知り合いと言えば知り合いだ」
答える声はいつもよりもトーンが低い。
後姿からでは表情は分からないが、喜んでいないことは確かだ。
人が死んでいるのを見て喜ぶのは少数派に違いないが、それでも石山の落胆具合は異常だった。
「パッと見、結構なおじさんに見えるけど親経由とかの知り合いか?」
身なりや雰囲気から死体の年齢に当たりを付け石山との関係を想像してみたが、どうやら間違っていたらしく石山はゆるゆると首を振った。
「違う、個人的なもんだ」
どこでこんなおじさんと個人的な知り合いになったのか気になったが、それを聞く前に石山は立ち上がり、硬い声で問いかけてきた。
「もう救急車は呼んだんだよな」
「ああ、とっくに済ませてるよ」
「そうか……」
石山はそれだけ呟くと、死体の近くにあるビルに背中を当てそのまま腰を下ろした。
「……まさか救急車を待つ気なのか?」
「んだよ、悪いか」
「待ってどうするんだ」
「一緒に病院まで行くんだよ。それ以外に何がある」
石山はまるでそうするのが当たり前だろ、と言いたげな顔だった。
石山の行動は悪いわけでは無い。だが、異質だ。
死人も怪我人も病人も、病院に位置情報さえ送れば後はロボットが救急車で運んで行ってくれる。
死人なら体を綺麗に整えてくれるし、怪我人や病人も病院で適切な処置が受けられる。
目の前の死体は損傷が激しいため、綺麗にするには恐らく数日かかるだろう。それの経過情報は本人の携帯の緊急連絡先フォルダに入っている相手と病院に連絡した人間の元へと送られてくる。
つまり、この死体がどうなったか知りたかったら月曜日にでも俺に聞けばいい。
病人や怪我人なら付き添って励ますことも必要かもしれないが、死体に付き添ったところでどうしようもない。
ソレが目を覚ますことなんて二度とない。死者蘇生は人類が達成できなかった課題の一つだ。
だから死体を見つけた時は連絡だけして、その場からはすぐにおさらばするのが普通だ。ロボットは確実に仕事をこなしてくれるから死体が放置されたままになるかもなんて不安も無い。
それなのに石山はここで救急車を待つという。……その理由が知りたい。
そう思って俺も石山の隣に腰を下ろしたが、石山はあからさまに嫌そうな顔をした。
後ろから早足で近づき、横に並ぶくらいの距離まで近づいた所で声をかける。
「げ」
俺としては不快感を与えないように爽やかな挨拶をしたつもりだったが、石山は俺の顔を確認した瞬間、酷くしかめ面になった。
「げ、とはなんだ。学校の先輩が話しかけてやったんだぞ、後輩としては『こんにちは!』とか元気に挨拶を返すべきだろ」
「なんで急に先輩面してくんだよ、そんなん気にするタマじゃねぇだろあんた」
石山は嫌そうな顔をしながらもちゃんと会話に応じてくれる。
本当見た目と違って礼儀正しいやつだ。
「石山はたった一人の後輩だからな、たまには先輩として扱ってほしいんだよ」
「堀や平野がいるだろ」
「あそこら辺は後輩っていう感じがしないんだよ」
石山以外の生徒は小学生の頃からの付き合いだし、ずっと同じ教室で授業を受けてるから後輩と言うより幼馴染に近い。一番付き合いが長いのは家が隣で生まれた時から知り合いだった葵だが、他の奴らだってもう十年を超える付き合いだ。
そんな奴らにいきなり敬語とかでも使われたら困惑するしかない。平野妹は敬語以前に話もしないんだけど。
「まあ、どうでもいいか。石山は外に出て何やってたんだ? 飯の買い出しか?」
「そんなんじゃねぇよ、……ただの日課だ」
「日課?」
それ以上説明する気が無いのか石山はふいっと顔を背け、そのまま歩いていく。
俺も頭の後ろで手を組み、たらたらと同じ道筋を辿る。
「…………何でついてくるんだよ」
「いやほら、暇つぶし?」
「あたしで暇をつぶそうとすんな、暇なら今村さんとキャッチボールでもしとけばいいじゃねぇか」
「そこまで体を動かす気分でもないんだよ。後、前々から聞きたかったんだけどさ、お前どんな基準でさん付けするかしないか分けてるんだ?」
石山は相手によって大きく態度を変えるが、それはそれぞれの呼び名にまで影響している。
学校の人間の内、石山が敬称をつけて呼ぶのは桜井先生と隼人、葵と平野兄の四人で他の三人は呼び捨てだ。
転校したての内はそんなことも無かったのだが、学校に来てしばらくすると今の呼び方に固定された。
俺だって年上の隼人を呼び捨てにしてるしそれを気にしているわけじゃないが、単純に理由が気になる。知らない間に石山の気分を害することをしてしまってたのだとしたら謝っときたいしな。全く身に覚えはないけど。
「……あんたにわざわざ言うことでも無いだろ」
「呼び捨てにされてる当事者なんだから聞く権利はあるはずだと思うけどな……、そんなに言いづらい理由なのか? ていうかもうストレートに聞くけど俺、石山になんかしたっけ?」
「そういうわけじゃない。ただ、あんたらはあたしにとって許せない人種ってだけだ」
石山は吐き捨てるように言う。
人種ねぇ……、俺は石山と同じ日本人なんだけどそういうことじゃないんだろうな。そういう意味での人種差別はしなさそうだし。
「許せないってのは穏やかじゃないな。あんたらってのには俺と堀と平野妹が含まれてるんだろうけど、俺たちの共通点とか思いつかないぞ。参考までにどういう点が許せないのか教えて貰えないか?」
「…………あんたらは、っ!」
重い口を開こうとしていた石山だったが、その途中で何か気になるものでも見つけたのか急に駆けだしていった。
走り出した石山が前方の角を右に曲がったのでそれを追いかけ俺も角を曲がると、その道の数メートル先には二週間ぶりに見るモノが転がっていた。
中身が見えている頭部、不自然な方向に曲がった手、ソレを中心に広がっている血。
特段珍しくもないが、好き好んで見たくもない、そういうモノ。
俺達の目の前に、人間の死体が落ちていた。
死体はたった今落ちてきたのだろう。そこら中に広がっている血はまだ新しく、踏んでしまうと靴の跡が残りそうだった。きっと石山はこれが落ちる瞬間を見てここに駆けつけた。
しかし、こんなに生々しい死体は久しぶりに見るな。どうしてこう、死体というのは見ていると気分が悪くなってくるのだろう。
やっぱあれか、いつもは動いているものがもう動かないという不自然さが気に入らないんだろうか。それか単純に死体が纏う異様な空気を気持ち悪く感じているのかもしれない。
……とりあえずいつも通り救急車呼んで処理してもらうか。
と、携帯を取り出したところで石山の様子がおかしいことに気付いた。
石山は呆然と死体を見ていたかと思うと、急に死体に近づいてその顔を自分の方へと向けた。
「? おい、どうした。もしかして知り合いだったりしたか?」
死体の顔は潰れている。それが直視しがたいモノであるのは確かなはずなのに、石山は何かを確認するように死体の顔をペタペタ触る。そして服に血が付くのも構わず、そいつの心臓に耳を当てた。
……あれはもしかして本当に死んでいるかを確認しているつもりなのか? 誰が見たってそんなのは明らかなのに?
石山はそれからも死体のあちこちに触れると、ようやく満足したのかさっきの俺の質問に答えてくれた。死体からは、目を逸らさずに。
「……知り合いと言えば知り合いだ」
答える声はいつもよりもトーンが低い。
後姿からでは表情は分からないが、喜んでいないことは確かだ。
人が死んでいるのを見て喜ぶのは少数派に違いないが、それでも石山の落胆具合は異常だった。
「パッと見、結構なおじさんに見えるけど親経由とかの知り合いか?」
身なりや雰囲気から死体の年齢に当たりを付け石山との関係を想像してみたが、どうやら間違っていたらしく石山はゆるゆると首を振った。
「違う、個人的なもんだ」
どこでこんなおじさんと個人的な知り合いになったのか気になったが、それを聞く前に石山は立ち上がり、硬い声で問いかけてきた。
「もう救急車は呼んだんだよな」
「ああ、とっくに済ませてるよ」
「そうか……」
石山はそれだけ呟くと、死体の近くにあるビルに背中を当てそのまま腰を下ろした。
「……まさか救急車を待つ気なのか?」
「んだよ、悪いか」
「待ってどうするんだ」
「一緒に病院まで行くんだよ。それ以外に何がある」
石山はまるでそうするのが当たり前だろ、と言いたげな顔だった。
石山の行動は悪いわけでは無い。だが、異質だ。
死人も怪我人も病人も、病院に位置情報さえ送れば後はロボットが救急車で運んで行ってくれる。
死人なら体を綺麗に整えてくれるし、怪我人や病人も病院で適切な処置が受けられる。
目の前の死体は損傷が激しいため、綺麗にするには恐らく数日かかるだろう。それの経過情報は本人の携帯の緊急連絡先フォルダに入っている相手と病院に連絡した人間の元へと送られてくる。
つまり、この死体がどうなったか知りたかったら月曜日にでも俺に聞けばいい。
病人や怪我人なら付き添って励ますことも必要かもしれないが、死体に付き添ったところでどうしようもない。
ソレが目を覚ますことなんて二度とない。死者蘇生は人類が達成できなかった課題の一つだ。
だから死体を見つけた時は連絡だけして、その場からはすぐにおさらばするのが普通だ。ロボットは確実に仕事をこなしてくれるから死体が放置されたままになるかもなんて不安も無い。
それなのに石山はここで救急車を待つという。……その理由が知りたい。
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