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一章
どこにでもあった幸せ(8)
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「君も知っての通り、今の時代に恋愛の感情を持つ者は少ない。私もその例に漏れず、誰かを愛したことなどない人間だ。もちろんこれは恋愛感情に限った話であって、友達として好きな相手は沢山いる。君のことだって好ましく思っているしね」
……葵としてはフォローのつもりの言葉なんだろうけど俺は全く喜べない。分かっていたことだけど、実際に口に出されると堪えるものがあるな。
だけどそんな気持ちを表に出すわけにはいかないので、俺はポーカーフェイスが崩れないように努力しながら葵の話に耳を傾ける。
「私は恋愛を主体にした本も読むし、その物語に感動したりもするけれど、それは物語として楽しんでいるだけで、現実でも起こり得ることだとは考えられない。つまりはそういう事だ」
「でも、感動できるってことは感情移入してるって事だろ? だったら葵の中にもそういう感情があるってことなんじゃないか」
「感情移入といっても登場人物に自己を投影してるわけじゃないからね。あくまで第三者視点なんだ。誰かを愛する登場人物の心の動きを見て、喜んだり悲しんだりしてるだけさ。それに、その登場人物たちの心の動きもちゃんと理解してるわけではない。それらは全て実感が伴わないものでしかないからね、あくまで想像上のものなんだ。だから私は、愛を自分の中で軽々しく定義づけることは出来ないし、どこまでいっても愛は『分からないもの』でしかないんだよ」
そう考えると恋愛小説もファンタジー小説と同じ括りなのかもしれないね、と葵は嬉しそうに語る。多分新たな発見だ、とでも思っているのだろう。
ああ、聞けば聞くほど絶望的になってくる。もう昼休みも終わりが近づいてきているし、こんな話は終わりにして授業のことでも考えればいいんだけど、諦めの悪い俺の口はまだ葵から話を聞こうと勝手に動いてしまう。
「じゃあさ想像でいいんだけど、さっきの愛の六つの型、あの中だと葵はどのタイプだと思う?」
「私が、かい?」
「そうそう。葵の性格的にはどれが当てはまりそうとか……、簡単な自己分析みたいなものだと思って」
「うーん、そうだねぇ……。恋愛の時には性格が豹変する人もいるらしいから、あまり普段の性格はあてにならない気もするんだけど……。うん、とりあえずプラグマとアガペー以外ならどれが当てはまっても不思議ではないかな」
葵は一つ頷き、そう結論付けた。
なんかこう、あれだな、また玉虫色の答えというか……。出来ればどれか一つに絞ってほしかった。
「納得がいかなかったかい?」
「いやまあ、どうしてその答えになったのか何となく想像はつくんだけどさ……」
想像がつくから駄目なんだ、とは言えない。
想像出来た答えを引き出したところで今までと何も変わりはしない、俺が知らなかった葵を引き出さないと一歩も前に進めない。
そのためにはどんな手を使えばいいんだろうと考え始めようとしたが、葵が挑戦的な笑みを向けてきているのを見て、意識が現実に引き戻された。
「どうしたんだ?」
「いやね、想像がつくというのなら、何故私が今の四つの型を選んだのか当てて貰おうかと思って」
葵は本当に分かっているのか、とでも言いたげだが、こんなの俺には問題にもならない。
「まず、エロスは一番恋愛らしい恋愛だから自分にも当てはまる可能性が高いと思ったから。ストルゲは友情しか知らない今の葵が一番身近に感じられる恋愛だったから。マニアは本に熱中してることからそれが恋愛にも当てはまるのではと思ったから。ルダスは好奇心旺盛な自分は恋愛でも色んな相手に興味を持つのではと思ったから。……細部は違うかもしれないけど大体こんな感じじゃないか」
「…………驚いた、まさかここまで言い当てられるとは。心でも読まれている気分だよ」
葵は目を見開いて驚いているが、それほど驚くようなことでもない。
なんたって俺は十七年間ずっと葵の事を見続けていたんだから。これくらい見抜けるのは当然だ。
――――俺は葵の事が好きだ。友達としてではなく、異性として。
自分の感情に初めて気づいたのは七歳の時。葵に対する感情が他の友達に対するものとは何か違うな、と思って親に聞いてみたらそれは恋だと教えて貰った。
それから十年経つが、この気持ちを葵に伝えたことは一度も無い。
言ったところで伝わるかは分からないし、伝わったとしても今の状態では成就する希望は無いと思ったからだ。
いっそのこと、この気持ちは墓場まで持っていき、葵とは一生友達のまま楽しく過ごすことも考えたことはあるが、恋心は日に日に増していくものらしく、そんな我慢は出来そうにも無かった。
葵に恋心が備わっていないことなんて重々承知しているが、それでもほんの少しの希望を持って、愛の話なんか振ってみたけどどうやら効果もなさそうだ。
昔なら、同い年の異性と恋人同士になるなんてどこにでもあるような幸せの形の一つでしかなかったはずなのに、今ではそれがどれだけ手を伸ばしても届かないものになっている。
……こんなにも葵を想ってしまうのは十七歳という年齢故なのだろうか。年をとっていけばいずれ薄れていくものなのだろうか。
それとも葵と遠く離れてしまえば消えてしまう気持ちなのだろうか。
分からない。分かる気もしない。
分かる事と言えば、今の俺は葵を好きな気持ちが止められそうにないという事だけだ。
「で、君は結局なんでこんな話をしてきたんだ?」
「……今は言えない。話に付き合ってくれてありがとうな、そろそろ先生も来るだろうし授業の準備をしよう」
黙った俺を不思議そうに見ていた葵が話の根幹に触れてくるが、俺は曖昧に笑ってごまかすことしか出来なかった。
……葵としてはフォローのつもりの言葉なんだろうけど俺は全く喜べない。分かっていたことだけど、実際に口に出されると堪えるものがあるな。
だけどそんな気持ちを表に出すわけにはいかないので、俺はポーカーフェイスが崩れないように努力しながら葵の話に耳を傾ける。
「私は恋愛を主体にした本も読むし、その物語に感動したりもするけれど、それは物語として楽しんでいるだけで、現実でも起こり得ることだとは考えられない。つまりはそういう事だ」
「でも、感動できるってことは感情移入してるって事だろ? だったら葵の中にもそういう感情があるってことなんじゃないか」
「感情移入といっても登場人物に自己を投影してるわけじゃないからね。あくまで第三者視点なんだ。誰かを愛する登場人物の心の動きを見て、喜んだり悲しんだりしてるだけさ。それに、その登場人物たちの心の動きもちゃんと理解してるわけではない。それらは全て実感が伴わないものでしかないからね、あくまで想像上のものなんだ。だから私は、愛を自分の中で軽々しく定義づけることは出来ないし、どこまでいっても愛は『分からないもの』でしかないんだよ」
そう考えると恋愛小説もファンタジー小説と同じ括りなのかもしれないね、と葵は嬉しそうに語る。多分新たな発見だ、とでも思っているのだろう。
ああ、聞けば聞くほど絶望的になってくる。もう昼休みも終わりが近づいてきているし、こんな話は終わりにして授業のことでも考えればいいんだけど、諦めの悪い俺の口はまだ葵から話を聞こうと勝手に動いてしまう。
「じゃあさ想像でいいんだけど、さっきの愛の六つの型、あの中だと葵はどのタイプだと思う?」
「私が、かい?」
「そうそう。葵の性格的にはどれが当てはまりそうとか……、簡単な自己分析みたいなものだと思って」
「うーん、そうだねぇ……。恋愛の時には性格が豹変する人もいるらしいから、あまり普段の性格はあてにならない気もするんだけど……。うん、とりあえずプラグマとアガペー以外ならどれが当てはまっても不思議ではないかな」
葵は一つ頷き、そう結論付けた。
なんかこう、あれだな、また玉虫色の答えというか……。出来ればどれか一つに絞ってほしかった。
「納得がいかなかったかい?」
「いやまあ、どうしてその答えになったのか何となく想像はつくんだけどさ……」
想像がつくから駄目なんだ、とは言えない。
想像出来た答えを引き出したところで今までと何も変わりはしない、俺が知らなかった葵を引き出さないと一歩も前に進めない。
そのためにはどんな手を使えばいいんだろうと考え始めようとしたが、葵が挑戦的な笑みを向けてきているのを見て、意識が現実に引き戻された。
「どうしたんだ?」
「いやね、想像がつくというのなら、何故私が今の四つの型を選んだのか当てて貰おうかと思って」
葵は本当に分かっているのか、とでも言いたげだが、こんなの俺には問題にもならない。
「まず、エロスは一番恋愛らしい恋愛だから自分にも当てはまる可能性が高いと思ったから。ストルゲは友情しか知らない今の葵が一番身近に感じられる恋愛だったから。マニアは本に熱中してることからそれが恋愛にも当てはまるのではと思ったから。ルダスは好奇心旺盛な自分は恋愛でも色んな相手に興味を持つのではと思ったから。……細部は違うかもしれないけど大体こんな感じじゃないか」
「…………驚いた、まさかここまで言い当てられるとは。心でも読まれている気分だよ」
葵は目を見開いて驚いているが、それほど驚くようなことでもない。
なんたって俺は十七年間ずっと葵の事を見続けていたんだから。これくらい見抜けるのは当然だ。
――――俺は葵の事が好きだ。友達としてではなく、異性として。
自分の感情に初めて気づいたのは七歳の時。葵に対する感情が他の友達に対するものとは何か違うな、と思って親に聞いてみたらそれは恋だと教えて貰った。
それから十年経つが、この気持ちを葵に伝えたことは一度も無い。
言ったところで伝わるかは分からないし、伝わったとしても今の状態では成就する希望は無いと思ったからだ。
いっそのこと、この気持ちは墓場まで持っていき、葵とは一生友達のまま楽しく過ごすことも考えたことはあるが、恋心は日に日に増していくものらしく、そんな我慢は出来そうにも無かった。
葵に恋心が備わっていないことなんて重々承知しているが、それでもほんの少しの希望を持って、愛の話なんか振ってみたけどどうやら効果もなさそうだ。
昔なら、同い年の異性と恋人同士になるなんてどこにでもあるような幸せの形の一つでしかなかったはずなのに、今ではそれがどれだけ手を伸ばしても届かないものになっている。
……こんなにも葵を想ってしまうのは十七歳という年齢故なのだろうか。年をとっていけばいずれ薄れていくものなのだろうか。
それとも葵と遠く離れてしまえば消えてしまう気持ちなのだろうか。
分からない。分かる気もしない。
分かる事と言えば、今の俺は葵を好きな気持ちが止められそうにないという事だけだ。
「で、君は結局なんでこんな話をしてきたんだ?」
「……今は言えない。話に付き合ってくれてありがとうな、そろそろ先生も来るだろうし授業の準備をしよう」
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