九尾の狐、監禁しました

八神響

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三章 壊れゆく日常編

五話

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「それで、お前は結局何なんだ」

 大学を出た二人はしばらく無言のまま歩き、近くの喫茶店へと入った。

 そこで注文を済まし、人心地ついた所でやっと大黒は口を開いた。

「そう急かすなよ。本題に入るのは飲みもんが来てからでもいいじゃあねぇか。時間は山程あるんだ」
「そっちにはあってもこっちにはない。仮に俺に時間があったとして、お前に割く理由は微塵もないしな」
「冷てぇなぁ。最近の若者ってやつか? 年長者の話には多少時間を使っても耳を傾けるのが上手い世渡りってもんだぜ?」
「そうやって自分の意見が正しいと思いこんで、自分より若い奴にマウントをとるのは老害って呼ばれるんだよ。御老人の話なら俺もちゃんと聞くさ」
「か、か、か」

 大黒の憎まれ口を男は笑って受け流す。

 その余裕ぶりにむしろ大黒の方が余裕を失っていってしまう。

(……多分、こいつは力任せに暴れるだけのタイプじゃない。自分の力が強いことを理解しながらも、頭は常に冷静で、押すだけじゃなく引くことも出来るタイプ……。出来ることなら戦いたくはないな)

 いくら力が強い相手だろうと、力押ししかしてこないようなら大黒は勝てる自信があった。

 もしくは勝てないまでも、結界を駆使して相手をいなした上で、生きて帰ることは出来るだろうと踏んでいた、

 しかしここに来てその自信はほとんど無くなっており、このまま何事もなく時が過ぎ去ってほしいと心から願うばかりだった。

「お、きたみたいだぜ。お前の言う通りここは奢ってやっから好きに寛いでけ」
「……まあ、奢ってくれるのはありがたいが」

 大黒は注文した紅茶を飲みながら少し心を落ち着かせる。

 そして、カップをソーサーに置いて先ほどと同じ質問を繰り返す。

「ふぅ……。注文も来た所でもう一度聞くけど、お前は何なんだ? 妖怪ではあるんだろうが」
「…………」

 男もコーヒーを一口飲みカップを置くと、大黒の左袖を見ながら話し始めた。

「……その腕を見てると懐かしくなるな。かつて俺も一人の男に腕を斬られたことがある」
「え……」
「しかも奇遇なことに同じ左腕だ。ま、俺の場合は後で取り戻したから今は両腕とも健在だけどな。……だがお前はそうもいかないよなぁ、なんせお前の腕は兄貴に喰われちまったんだから」
「お前……! まさか茨木童子いばらきどうじか……!」

 大黒の言葉を男は笑うことで肯定する。

 茨木童子。

 かつて酒天童子と手を組んで、平安時代の京を荒らし回った鬼の一人。

 元は、今で言うところの軽井沢で生まれたただの人間であった彼は、しかし生まれながらにして人とは違う姿をしていた。

 生まれた時から髪は長く、牙は生え、成人をも超える力を持っていた。

 だが彼は成長と共に絶世の美男子へと姿を変えていき、女性から絶え間なく恋文が送られるようになる。

 茨木童子に送られた大量の恋文、その中でも彼が興味を持ったのは、茨木童子に恋い焦がれた女性の怨念が文字を血潮に変えた『血塗れの恋文』であった。

 本能の赴くままにその血を舐めた茨木童子は、姿を美男子から鬼の物へと変貌させた。

 そして京に移り住んだ彼は、無事鬼の仲間入りを果たすこととなる。

 大黒はそんな茨木童子の数々の逸話を思い出しながら、いつでも逃げられるように椅子を後ろに引く。

「何で平安時代の鬼がこんなタイミングよく現代に転生してきてるんだ。同窓会でもしてたのか?」
「転生? ……ああ、違う違う。俺はまだ生まれてこの方死んだことがねぇのが自慢なんだ」
「は!? 嘘だろ!? 生まれてからってことはお前千年以上……!」
「正確には千と二百年だな」

 大黒の驚愕ぶりを見て、茨木童子は満足気な顔をする。

 通常、人間も妖怪も霊力が高い程寿命も長くなる。

 それこそ酒呑童子や九尾の狐といった高名な妖怪は、何事も無ければ千年以上生きるのにも不思議はない。

 だが、霊力が高く、広く名前が知られている生物が平穏無事に過ごすことなど不可能だ。 

 人間からも妖怪からも、時には身の安全のため、時には名誉のため、はたまた時には力を手に入れるため、その命は狙われやすくなる。

 神の如き力を持っていても、狙われ続ければいずれは命を落とす。

 だからこそ大黒は今まで生き続けているという茨木童子に驚きを隠せなかった。
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