九尾の狐、監禁しました

八神響

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二章 混ざり怪編

四十四話

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 大黒が藤の体から手を引き抜くと、支えを失った藤の体はそのまま地面に倒れ込む。

 それでもまだ意識を残していた藤は仰向けになって口を開く。

「……どうにも、勝てる気がしなかったよ。やっぱり君は強いね」
「……嘘つけ、呪具で俺を刺した時は勝ち誇ってただろ」

 言いながら大黒は、野槌が破裂した場所に落ちてあった刀を拾いに行く。

「嘘じゃないさ。真正面から君に喧嘩を売りたくないから不意打ちを狙ってたんじゃないか。……結局は裏目に出たけどね」
「……まあ、どうでもいい。それより、これが飽食ノ剣か?」

 問われた藤は大黒が手に持っている刀を横目で確認すると、微かに頷いた。

「うん、それで斬られた箇所をなぞると霊力の流出は止まるよ」
「…………」

 藤からの答えを聞くと、大黒は刀を鞘から抜いて特に迷うこともなく自分に向けた。

「ああ、確かに止まったな」
「……少しは疑われるかと思ったんだけどね」
「人間性はともかく、俺を殺す気はないって点だけは信用してるからな」
「それは光栄だ。……多分、君は飢餓も飽食も持っていくと思うから注意しておくけど、飽食も扱いには注意が必要だ。飽食は霊力を体から逃さないようにする呪具、飢餓で傷を負ってない時に飽食を刺すと一切の術が使えなくなる。そのことを忘れずに精々有効活用してほしい」
「……分かった」

 大黒は藤の忠告を素直に聞き入れ、刀を鞘へと戻す。

 藤の声はもう掠れていて、終わりが近いことは本人も大黒も分かっていた。

 その残り少ない時間を、藤は大黒のためだけに使おうとしていた。

「……最期にもう一つだけ。出来ることなら君は今すぐにでも京都を出て、人里離れた山奥に移り住んだほうがいい」
「……理由は」
「さっき陰陽師の間で二つの話題があると言ったろう? 一つは君と九尾のこと、そしてもう一つは半妖と九尾の話なんだ……こほっ」
「半妖だと……?」
「うん……、色々教えてあげたいけど詳しく話す時間は残ってなさそうだ……。とにかく今、陰陽師の間で九尾はトレンドだ。君が九尾と離れる気がないなら京都なんて危ない所にいるべきじゃない」

 藤の目はどんどん虚ろになっていく。

 それでも表情に苦しみはなく、いつもどおり薄い笑みを浮かべている。

「……情報が欲しいなら君の大学をよく調べるといい。隠してはいるけど僕の研究室があるから……」
「……本当にお前はどこにでも入り込むな」
「……ふふっ、それが僕の取り柄だからね。……ああ、眠くなってきた。……とうとう、お別れかな」
「……何か、言い遺したことがあるなら遺言くらいは聞いてやる」
「…………じゃあ、お言葉に甘えて。……乙哉、僕は君のことがずっと昔から…………」

 最後まで言い切ることが出来ず藤は息絶える。

 しかし満足そうな顔で横たわっている藤は、まるで伝えたいことは全て伝えられたと言っているかのようだった。

 実際に、大黒は藤が何を言おうとしていたのかきちんと分かっていた。

「……ああ、俺も嫌いじゃなかった」

 親友だった者の亡骸を前に、大黒は静かに目を伏せる。

 そして、その亡骸を処理するために大黒は火行符を手に持った。

 妖怪と違い、人間はたとえ死んでも自然消滅はしない。だからと言って、死体をそのまま放置することも、近くに埋めることも一般社会では許されていない。

 だから大黒には遺体が灰になるまで燃やし尽くす以外に道が残されていなかった。

「火行符」

 元々大黒が持っている力だけでは術を使おうと人を灰にするのは時間がかかるが、まだ妖怪の力が残っている今の大黒が藤を燃やし尽くすのには、そう時間がかからなかった。

 藤は殺した、藤の使っていた式神も全て殺した。それでも大黒にはまだやらなければならない後始末が一つだけ残っていた。

「…………」

 二本の呪具だけ回収し、大黒は最後の後始末、磨の火葬をするため磨の遺体の前まで足を運んだ。

 磨を囲んでいた結界を解除し、呪具を足元において藤の時と同じように火行符を手に取った。

「………………火、行符」

 震える手で大黒は術を放つ。

 見た目には生きていた頃と変わらない磨の姿。その体が自分の手によって崩れていくのを見て、大黒は膝をつく。

「ぁあ……、くそっ……! なんで俺は……! くそっ……」

 燃えていく磨の前で大黒は頭を抱えて涙を流す。

 九尾の狐と一緒になることを決意した時、大黒はいくつもの覚悟も一緒に決めてきた。

 家族を裏切る覚悟、友を裏切る覚悟、人妖問わず全てを敵に回す覚悟、そして、それらを全て殺す覚悟。

 出来るだけ殺したくない相手こそいるものの、その時が来れば大黒は純だって殺す覚悟を決めている。

 だがそれでも、子供を犠牲にする大黒秋人と同じことをする覚悟だけは最後までしてこなかった。

 自分のせいで子供が死んだ。このことは大黒の心に深い傷を残した。
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