九尾の狐、監禁しました

八神響

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二章 混ざり怪編

三十七話

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京都駅から約三十分電車に乗り、到着した最寄り駅から約二キロ歩くとその公園、月光が丘はある。

 月光が丘の中は用途によっていくつかの区画があり、大黒と磨はその中でも大遊具があるアスレチックゾーンに足を踏み入れていた。

「さあ磨! 好きなように遊んでくれ! もしも怪我しそうになったら全力で助けに行くからそこもあんまり気にしなくていい」
「うん、ありがとう」

 大黒は腰に手を当てて目の前にある遊具を指差す。

 磨も大黒の言葉に頷いてたたっと足音を立てて遊具の方へと走り寄る。

 アスレチックゾーンには木と網で出来た遊具や、巨大な滑り台等があり、様々な年齢の子供が楽しめるようになっている。

 だが、その中には高所に作られているものもあり実際の対象年齢は小学生以上というのが正しいだろう。

 そのため、平日である今日は大黒たちがいる区画にはほとんど人気がなく、月光が丘に来ている数組の家族連れは芝生や迷路などの小さい子供が安全に遊べる場所に集まっていた。

 そんな周りの状況を確認して大黒は内心ホッとしていた。元々人が少ないであろうと予想して組んだ日程だったが、想定以上に人がいなかったのは大黒にとって僥倖であった。

(良かった……。近くにいる家族もそろそろここから離れそうな雰囲気だし、そうなると貸し切り状態だ。万が一のことがあってもどうとでもなる。まあ、万が一なんて無いに越したことは無いんだけど警戒だけはしとかないとな)

 そうして大黒が周りに目を光らせている内に、磨は手近な遊具に触れて首を傾げていた。

 磨が触れていたのは、一定の間隔を空けて地面に突き刺さっている支柱の上下に縄がはしごのようにして繋げられている、いわゆるロープ渡りと呼ばれる遊具だった。

 磨にとって自然での遊びと言ったら木登りやかけっこ等で、このような人の手が加えられた遊具は見たことがなかった。それ故に今、自分の目の前にあるそれがどのような用途で遊ばれるものか分からず、磨は頭を悩ませる。

 とりあえず自分が触っているのは木の幹に違いない、だったらきっと登るものなのだろう、と考えた磨は支柱に登り次は木と木の間にある縄に目を向ける。
 
 しばしば考え込んだ磨は、意を決したように頷いて一歩縄へと足を踏み出した。

 磨はそろ、そろ、と縄の上で交互に足を前に進め、見事なバランス感覚で次の支柱の上に辿り着いた。

 そして再び縄を渡って行こうとしたタイミングで、周囲の確認を終えた大黒が磨のやっていることに気づいた。

「え? …………? いやいやいや! 絶対に遊び方間違えてるってそれ!」
「……?」

 磨があまりに自然な動作で縄を渡っていたため一瞬混乱した大黒だったが、すぐにその異様性に気づき、磨を縄の上から降ろした。

 磨はどうして大黒が慌てているかも分からずキョトンとした顔で大黒を見上げる。 


「……何か変だった?」
「大体全部が変だったとすら言えるな。パフォーマンスとしては百点だったけど。……いや、これは遊び方も教えず磨から目を離した俺が悪いな」

 大黒は自嘲しながら、ロープ渡りの縄に足をかける。

「っと、さすがに俺じゃあ頭が出るな。……まあいいか。磨、これはな上の縄に乗るんじゃなくて、下の縄に足を乗せて縦になってる縄を掴みながら前に進んでいく遊具だよ。上に乗れるくらいのバランス感覚がある磨なら簡単だし、やってみな」
「分かった」

 磨は大黒を真似しながらその後ろをついていく。

 大黒はたまに後ろを振り返って磨がちゃんと来ているかを確認しながら、ゴールまで磨を先導する。

 そして最後までロープを渡りきって地面に足をつけた大黒は、磨が追いつくのを待ってから言う。

「ま、こんな感じだ。ここは磨が見慣れないものばっかりだろうし、しばらくの間は今みたいに俺が見本を見せながら遊ぶことにするか」
「……お願いします」
「……いつの間にか敬語まで覚えたのか。磨の学習スピードは凄いな。でもそんなに堅苦しくならないようにな、これは遊びなんだから楽しまなくちゃ損だぞ」

 大黒はにっと笑いながらそう言うと次の遊具に向けて走り出した。

「よっし! じゃあどんどん遊んでいこうか!」
「うん……!」

 表情こそ変わらないものの、大黒と一緒に走る磨の足取りは軽く、普段よりも気分が高揚しているのが見て取れる。

 そんな磨と一緒に、大黒も久々のアスレチックに童心に帰りながら次々と敷地内の遊具を遊び倒す。

 そうして二人が気付かない間に時間は正午をとっくに過ぎ、午後二時に差し掛かりそうになっていた。そのことに大黒が気付いたのは、何度目かの巨大滑り台を滑っている途中で自分の腹の音が鳴ってからのことだった。

「腹、減ったな……。そろそろご飯食べに行くか、せっかくだから芝生の方にでも移動して」
「分かったわ。取ってくる」

 磨はそう言うとベンチに置いていた鞄を取りに走っていった。

 鞄の中には家を出る前にハクが作った弁当が入ってある。自分がついていけないことに文句を言いながらも作ってくれたそれを磨は大事そうに肩に提げ、大黒の元に戻る。

 そして磨がそっと大黒の手を握ると、二人は揃って歩き出した。

「いやー、こんなに体を動かしたのは久々……でもないな」

 大黒は最近の戦いを思い出して渋い顔をする。

「でもこういう遊びをするのは本当に久々だ。童心にかえるのも楽しいもんだな。磨もちゃんと楽しめたか?」
「うん、楽しかった。……ううん、真の家に来てからずっと楽しいって言うのが正しいかもしれない」
「嬉しいことを、言ってくれるな?」

 大黒は急な褒め言葉に面食らいながら言葉を返す。

「私はね、幸せになれないと思っていたし、幸せになっちゃいけないとも思っていた。それなのに真とハクに会ってからその気持ちが少しずつ薄れていってるのを感じるの」
「良いことだと思うぞ。人間皆幸せになりたいって思うもんだし、その方が心の働きとしては健全だ」
「うん。きっとそうなんだ、って私もあなた達の所に来てから分かったの」

 磨は俯いて歩きながら、今まで秘していた心中を吐露し続ける。

「二人は私にとても良くしてくれてる。感じちゃいけない幸せを感じてしまうくらいに。だけど私は……」
「あー……、あのさ」

 大黒はその場で立ち止まり、磨の話を遮る。

「磨が前向きになってくれたっぽいのは嬉しいんだけどさ、俺は磨が幸せを感じるにはまだ早いと思う。俺もハクも磨に幸せになってもらいたいってのは確かだし、そのために動いてるのも確かだ。だけど、まだまだそんな改まって感謝されるレベルじゃあない」
「…………」
「いつか磨にもやりたいことが出来るかもしれない、好きな人が出来るかもしれい、欲しい物が出来るかもしれない。……そういったことが積み重なっていつか、心の底から笑える日がくるかもしれない」

 言いながら大黒はしゃがんで磨と視線を合わせる。

「磨の過去に何があったのかは知らない。でも多分、良いことじゃ無かったんだろう。それでもさ、ずっと前だけ見てればそんな過去も気にならなくなる日が来る。そうなって磨が自分は幸せなんだと確信できた時、それに相応しい笑顔を見せてくれれば俺もハクも十分だ。だからそんな、俺達に対して重く考えすぎなくてもいいよ」
「……………………」

 大黒から笑みを向けられた磨はするりと手を離して、何かをこらえるように口元を引き締める。

 そうして、

「……ありがとう、真と会えて良かった。……それと、ごめんなさい」

 感謝と謝罪の言葉を口にすると、両手で大黒を突き飛ばした。

 その瞬間、大黒の目には背中から鈍く光る刃に突き刺された磨の姿が飛び込んできた。
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